カタログ通販のスクロールは、7月にもデジタルマーケティングの専門子会社を設立する。通販子会社AXES(東京都品川区)内にあるビジネス開発部N2Nユニットという部門を子会社として切り出す。社名はスクロールR&Dとなる予定だ。

 同ユニットは、大きいサイズ専門のアパレルEC(電子商取引)サイト「micosuper」などを立ち上げた実績があり、カタログを使わないネット通販事業のノウハウを持っている。これを生かしてスクロールやグループ会社の持つ顧客データベースなどをマーケティングに活用するための新しい施策を立案する。さらに、「顧客のニーズに基づいた商品開発や調達、そして当社が目指すマーケットイン型のビジネスモデルへの転換などを主導し、道筋をつけてもらう」。堀田守社長は、新会社の役割についてこう説明する。

 スクロールが新会社を設立し、ビジネスモデルの転換を急ぐ背景には、カタログ通販会社を取り巻く激しい環境変化がある。

 大手カタログ通販会社の多くはアパレル通販が主力事業だが、ファストファッションやアパレル専門ECサイトの台頭、大手ECモールによるアパレル強化などにより、競争が激化。再編が加速している。

 イマージュホールディングスは9月に衣料品通販事業をセシールに売却する。そのセシールも7月1日付けでディノスと合併して、ディノス・セシールとして生まれ変わる。ニッセンホールディングスは昨年、カタログ通販のシャディを子会社化した。若年層に強みを持つ自社の会員組織に加えて、シニア層に強みを持つシャディを取り込むことで補完関係を築き、伸び悩む通販事業のテコ入れを図っている。

ネット通販会社への転換は幻に

 こうした状況でもスクロールは2013年3月期、アパレル通販セグメントの売上高を241億4700万円となんとか微増させた(前期比0.8%増)。しかし堀田社長は「カタログ通販という事業そのものが、既に衰退期に入っている」と強い危機感を口にする。

 カタログ通販への危機意識は、ネット通販市場が広がり始めたころから、既に持っていた。そこでスクロールはカタログ通販からネット通販への業態転換を図り、現在、通販売り上げの8割はネット経由になっている。

 カタログを介さない“純粋な”ネット通販の比率が高まれば、カタログの発行部数を減らしたとしても、売り上げを維持できる可能性はある。そうした顧客をメールマガジンなどでリピーターに育て上げれば、カタログの発行コストなどが下がり、相対的に営業利益率の向上につながる。

 ネットからの受注割合が高まった2~3年ほど前には「これでカタログ通販という厳しい業態から脱して、ネット通販の会社に生まれ変われる」(堀田社長)と期待感を持ち、実際に、カタログの発行部数を減らしたこともあった。ところが「減らした分だけ、売り上げも下がった」(堀田社長)。同社のネット売り上げの大半は、カタログに起因したもので、純粋なネット通販利用者は、そう多くはなかったのだ。

 こうした経緯から、堀田社長は「カタログ通販はどこまでいってもカタログ通販。ネットやモバイルだけで商売する会社に変わるのは、片手間では難しい。会社や担当者を明確に分けるなどの改革が必要」と考えるようになる。デジタルマーケティングなどを担う新会社の設立は、そうした危機感に根ざしたものだ。

モバイルファーストのECサイト「スピージュ」

 昨年8月に、スマートフォンやソーシャルメディアを専門で担う社長直轄の組織「WEBマーケティング戦略室」を立ち上げたのも、同じ認識が元になっている。同室はこの4月、試験的な取り組みとして、モバイルファーストのECサイト「スピージュ」を始めた。同サイトはスマートフォンでの利用に特化しており、パソコン向けサイトなどはない。

 スピージュを立ち上げた狙いは、2つある。1つはスマートフォンに特化したサイトの運営によって、カタログ通販とは異なる新しい顧客を開拓し、事業化のメドをつけること。もう1つは、スマートフォンに即した販売促進策やサイトのインターフェースの開発、ソーシャルメディアを活用した波及効果や、クチコミの波及による集客効果の分析などだ。

 「今年度は7000万~8000万円の予算を与えた。この予算を使い、とにかく新しい販促手法にどんどん取り組んで知識を吸収させる。当面、利益は求めない」と堀田社長。その言葉通り、これまでスクロールでは取り組めなかったような新しい施策に取り組ませる。従来型の広告を使った集客策などは、スピージュでは原則実施しない。

デジタル活用の知見を社内に浸透

 KPI(重要業績評価指標)には送客数と、成約への転換率を設定している。どんな販促施策を展開すると、どれだけ送客でき、その結果何人が成約に転ずるのか。それを徹底的に分析し、得た知見を社内に浸透させる。

 例えば、スピージュでは現在、特定の商品に対するコメントを投稿すると、抽選でプレゼントがもらえるキャンペーンを実施している。コメントを投稿する際には、FacebookかTwitterにも同時に投稿することを条件にしている。これによって、クチコミがソーシャルメディアに波及したときの集客効果を分析する。新しい施策から得た知見は、既存事業の社員向けの社内セミナーなどで伝えていく。セミナーには、毎回50人前後が参加するという。

 様々な手を打つのは「過去の成功体験や目先の利益にとらわれてしまいがち」(堀田社長)という社員の意識、会社のあり方を根本から変えるためだ。

 「ネット通販が台頭し始めたときに、(多くの社員は)保存できるカタログの方が利便性が高いと言い、スマートフォンの利用者が広がり始めても、小さな画面では誰も買わないと言っていた。ところが現実は違う。社員が消費者のマインドについていけていないのが最大の問題だ」(堀田社長)。

 WEBマーケティング戦略室や新会社の設立は、こうした消費者と自社とのギャップを埋めることが最大の狙いと言える。新しいメディア、新しいツールの活用法、デジタルを活用した販促手法を生み出し、社内にフィードバックすることで、既存事業でも新しい施策に取り組める土台作りを進めていく。

スクロールが中期経営計画で掲げる売上高と経常利益の推移

 「2013年度は、中期経営計画で先行投資を進める年度と位置づけた。買収や新しい販促手法の知見をためるために投資する」(堀田社長)。

 スクロールは今年度の経常利益をゼロと見込んでいるというから驚きだ。上場企業とは思えないこの計画は、株主から猛反発を受けたという。それでも、既存事業をただ続けていては、先行きは暗い。「今年度に投資した種が、2014年度から2015年度にかけて花開くはずだ」と堀田社長は断言する。カタログ通販からの脱却なるか。社運をかけた挑戦が始まる。

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