
ここ数年でブランド価値を急速に高めた企業と言えば、体脂肪計・体組成計メーカーのタニタ(東京都板橋区)の名を挙げる人は少なくないだろう。日経BPコンサルティング(東京都港区)が昨年11月から今年1月にかけて実施したブランド調査「ブランド・ジャパン2013」において、同社はビジネスパーソン対象の調査で8位にランクイン。1位のトヨタ自動車以下、アップル、グーグル、ホンダ、パナソニックといった顔ぶれが並ぶ中、年商百数十億円規模の中堅企業がグローバル大企業に伍して大躍進した。

一躍人気企業となったのは、2010年に発売したダイエットレシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』が続編と合わせて累計500万部に達するベストセラーになったことや、そこから実際に「丸の内タニタ食堂」を出店して話題になったことが影響しているのは言うまでもない。この2大プロジェクトをきっかけに、5~10年に一度程度しか買い換えない体脂肪計メーカーの名が、日常的に口の端に上るブランド名に化けた。
記者経験生かし広報力を高めた
書籍500万部のメガヒットに再現性があるかと言えば、それは難しいだろう。ただし一部に幸運の要素もあったにせよ、「ラッキーパンチが当たった」と解釈するのは誤りだ。メディア露出を積極的に増やす「攻め」の広報体制に2006年から転換したことが、実を結んだ。
「待ち」から攻めの広報への転換を主導したのが、2006年に新聞社から同社に転じて広報室室長に就いた猪野正浩氏(現ブランディング推進室室長 広報・新事業開拓統括)。「良いものをつくっていれば売れるという考えが底流にあり、実際1994年に発売した『家庭用体脂肪計付ヘルスメーター』の大ヒットという成功体験によって、ニュースリリースを出してあとは取材を待つという待ちの姿勢が定着してしまっていた」と猪野氏は着任当時を振り返る。
まず猪野氏が取り掛かったのが次の2つ。1つはメディアリストの整備と強化。リリース送付先はリスト化していたものの記者の異動などに伴う情報の更新が不十分だったため、適切な部署・人に届いていない可能性があった。猪野氏はPR代理店の協力を得つつメディアキャラバンを組んでリリース配信先のメディア、記者を精力的に回ってメディアリストの情報鮮度を高め、リリース送信後はフォローの電話をするなどしてメディアとの直接的なコミュニケーション機会を増やしていった。
もう1つが、リリースの見直し。まず冒頭にどんな新商品・サービスなのかを端的に数行で語り、続いてその事業を手がける時代背景あるいは自社が直面する課題を挙げ、新事業によって自社が目指す方向性や解決されることを示す。これを基本形とした。例えば今年4月11日に発表した会員制コミュニティ「タニタ健康くらぶ」のリリースも、冒頭のサービス概要に続いて、タニタはハード面の品揃えは充実しているがソフト面のソリューション提供は限定的だったことを挙げ、新サービスの提供で健康総合企業を目指す方向が示されている。
これは新聞記者の記事スタイルそのものであり、受け取った記者が一から文章の構成を考えなくてもザッと要約するだけでそのまま記事になる。重宝する記者は多いことだろう。元記者らしい心配りだ。
さらに新事業以外にもネタになりそうな話題やキャンペーンなどについて積極的にリリースを打ったことで、年間リリース本数は、2005年の年間8本から、書籍を発売した2010年には30本まで増えている。それに比例してメディア掲載件数も伸びた。ちなみに日本経済新聞と日経産業新聞、日経MJの3紙で「タニタ」の社名が登場する件数は、2006年の24件から2012年には85件にまで増えている。広報力が高まったのは明らかだ。
「話題を作って取材を呼び込み、報道されてそれが次の取材を呼び込む。そんなスパイラルをつくっていくことが広報の仕事」と猪野氏は言う。これは大ヒット書籍も同様だった。書籍は決して発売当初からバカ売れしていたわけではないという。「実際に社食メニューで痩せて健康になった社員がいる」というエピソードを積極的にPRして書評掲載が増えたことで、「試食させてほしい」というテレビの取材が入るようになり、放映が相次いだことで一気に部数が伸びた。
このレベルになると、多少メディア露出が減っても、人の会話やツイートに「タニタ」が登場するようになる。Yahoo!リアルタイム検索で「タニタ」のツイート数は1日1000件弱、多いときで2000件。一方、タニタの競合かつ計量機器以外にもたくさんの事業を持つ「オムロン」のツイート数は1日100件前後だ。広報力の向上は、ソーシャルメディア上の波及力にも好影響を与えている。
異業種とコラボし、市場創造型広報に挑む
猪野氏は今後の広報戦略について、「従来の商品広報と企業広報に加えて市場創造型の広報に取り組んでいく必要がある。広報部門をコストセンターからプロフィットセンターに変えたい」と語る。
その一端が、異業種とのコラボレーション企画だ。三越銀座店で丸の内タニタ食堂の特製ランチボックスを期間限定発売したところ好評を博し、常設販売へ、さらに他店舗でも販売へと、家電量販店などとは異なる新たな販路と顧客層の開拓が進んでいる。このほかリゾート施設「休暇村」で健康プログラムを体験する中高年向けのツアーを読売旅行(東京都中央区)と企画したり、森永乳業とのコラボで「100kcalデザート」を開発し、初年度からプリン市場でヒット商品の目安となる年商10億円をクリアするなど、異業種大手企業の商品・ブランド力やメディア露出を利用してタニタの健康の理念を啓蒙し拡散することに乗り出している。
猪野氏は言う。「上場企業だけでも3500社以上ある。その中で、メディアにタニタを取り上げてもらうには日ごろの地道なメディアコンタクトを継続的にやることが欠かせない」。ソーシャルメディアで話題拡散!と夢想する前にやるべきことが山積していそうだ。