※この記事は、「【特集】ネスレ日本、直販2割に挑む(前編)ニッチ商品ばかりのメーカー直販に限界、事業モデルの革新で売る」の続きです。
2.デジタルで価値創造:モノからコトへ
「きっと勝つと」
マーケティングに携わる人の中には、このフレーズを聞けば、すぐさまキットカットを思い浮かべる人も多いのではなかろうか。
ネスレは以前、きっと勝つとの語呂合わせで、受験生がげん担ぎのためにキットカットを試験会場に持ち込んでいることに目を付けて、受験生を応援するキャンペーンを仕掛けた。これが当たり、キットカットは今でも受験のお守りとして定番商品となっている。
商品の持つ価値を「ウエハースチョコ」というモノの価値から、「受験のお守りとして友人や子供を応援する」といったコトの価値へと変化させることで、大きな売り上げを生み出した成功例として知られる。
直販サイトで展開している「チョコラボ」は、キットカットが持つコトとしての価値をさらに広げる企画だ。商品パッケージの枠となるフレームを選んで、お気に入りの写真をキットカットのパッケージに印刷したり、メッセージを加えたりして、オリジナルのキットカットを作れる。受験のときにお守りとしてプレゼントするだけではなく、誕生日や結婚式といったイベントでも、プレゼントとしてキットカットを贈ってもらうことを狙う。
ネスレは受験シーズン、バレンタイン、ハロウィンなど、季節の限定フレームを提供することで、さらなる利用促進につなげている。
チョコラボで注文したキットカットの価格は3枚入りの商品が10個1セットで2310円と、同サイズのキットカットより2倍以上高い。しかし、ギフト商品と考えればさほど高いものではない。商品の価値基準を変えた結果、かなりの売れ行きを示しているという。
デジタルを活用することで、商品の新たな価値を創造する。これが、2つ目の成功のポイントとなる。
3.CRMサイトとの連携:直接、継続的な顧客接点にする
新たなビジネスモデルを作り出したとしても、それを消費者へ浸透させるには時間がかかるもの。その時間をグッと縮められる可能性を持つのが、直販サイトと連携したCRM(顧客関係管理)サイト「ネスレアミューズ」だ。エンタテインメントコンテンツを楽しんだり、仮想通貨「コイン」をためてキャンペーンに応募できたりするサイトで、現在の会員数は280万人。今年中には300万人に達する見込み。
「従来はブランドごとにサイトが独立していた。さらに、会員組織やドルチェ グストの購入者といった、消費者のデータもそれぞれ分かれていた」
石橋CMOは、以前のサイトが抱えていた課題をこう振り返る。
そこで、ブランドサイトや直販サイトを統合して作り上げたのがネスレアミューズだ。ネスレの消費者向けの総合サイトという位置付けとなる。テレビCMや商品パッケージから消費者をサイトへ誘導して、キャンペーンなどで会員登録を促している。
消費者が訪れるサイトをネスレアミューズに一本化することで、消費者のサイト上の行動履歴などに基づいた、より精度の高い販促施策の展開などを狙う。
ネスレアミューズはブランドサイトのほか、レシピやショートムービー、ゲームといったエンタテインメントコンテンツを充実させている。サイトの回遊性を高めて、より多くのコンテンツを利用してもらうために仮想通貨を用意。仮想通貨は、ネスレアミューズ上でブランドサイトの閲覧、商品ページでのクチコミ投稿などでたまり、ためたコインはキャンペーンの応募などに使える。
ネスレアミューズを楽しんでもらいながら、直販サイトへと橋渡しをしていく。そのための仕掛けが、随所に施されている。

例えば、ネスレアミューズのトップページなどを閲覧していると、突然ページの右下に「○分前に○○を購入した人がいます…」と情報がポップアップ表示される。実際に買われた商品を表示することで、ネスレアミューズ利用者にネット直販への興味喚起を図っているという。こうした機能を搭載し、積極的な販促を仕掛けるメーカー直販サイトは珍しいのではないだろうか。
また、ネスレアミューズの商品やサービスを紹介する漫画コンテンツにも、マウスのカーソルを合わせることで漫画に登場する商品の購入ページに誘導する画像を表示する機能がある。このように様々な手法を使って、280万会員の直販サイト利用を促進している。
一方、直販サイトではネスレアミューズと共通の会員IDを使用し、サイト上のバナー広告やメルマガからネスレアミューズに誘導する。相互誘導することで、それぞれのサイトの認知や会員のアクセスデータを蓄積していく。
4人に一人が直販サイトへ遷移
ネスレの狙い通りネスレアミューズが機能しつつあることは、第三者の調査からもうかがえる。本誌は、広告会社オプトの子会社で、企業からWebサイトのデータ解析を請け負うConsumer first(東京都千代田区)の協力を得て、ネスレアミューズの利用動向を調査した。サイトの利用状況を自動収集するツールをパソコンに入れることを承諾した約10万人の調査モニターの利用動向データを使い、1カ月間のデータを分析している。

その結果、ネスレアミューズ訪問者の25.9%が、その直後に直販サイトを訪れていたことが判明した。また、その逆に直販サイト訪問者の32.3%がネスレアミューズに遷移している。
こうした会員のサイト利用、購買、属性データを蓄積、活用することで、新たなマーケティングの可能性が広がるだろう。
会員の4割が飼い主、ペットの健康管理も提供へ
シンプルな例ではあるが、会員属性に基づいた販促は既に手掛けている。実はネスレは「モンプチ」などペットフードも扱っており、ネスレアミューズの会員登録時にはペットの有無を尋ねている。その結果、同社は会員の4割がペットを飼っていることを把握しており、その会員に対して、ペットフードの定期宅配サービスを告知して、顧客を獲得している。
石橋CMOはさらに、「単なる定期宅配サービスではなく、会員のニーズに沿った売り方を考えていく」ことが重要になると強調する。ペットフードというモノの販売だけでなく、ペットの健康管理サービスの提供も検討している。
ただ、ネスレアミューズの会員のうち、直販サイトで商品を購入したことのある人はまだ数パーセントにしか達していない。まずは、購入経験のない会員を直販サイトの利用者へと転換することから進めていく。
ネスレアミューズのようなCRMサイトは一つの形に過ぎないが、消費者と直接、継続的につながり、購買時以外もコミュニケーションをとれるプラットフォームを持つことが3つ目のポイントとなる。これら3つのポイントがメーカー直販を成功させるヒントになるのではなかろうか。