■特集「ネスレ日本、直販2割に挑む」
前編 ニッチ商品ばかりのメーカー直販に限界、事業モデルの革新で売る
中編 私だけのキットカット、価格2倍でも喜ばれる訳
後編 成長の起爆剤は、ビジネスモデルイノベーションとデジタルコミュニケーション

 創業100周年を迎えたネスレ日本は、新たな成長戦略とともに、1つの野心的な目標を掲げた。2020年までに、売り上げに占める直販比率を2割まで高めるというものだ。多くのメーカーが悩む直販サイト成功への道、ネスレはどこに解を見いだすのか――。

 「お電話ありがとうございます、ネスレ日本お客様相談室です。ご注文ですね、ありがとうございます」

 ネスレ日本のコールセンターはひっきりなしにかかってくる、電話の対応に追われていた。電話の要件の大半は、カプセルをセットして手軽にコーヒーを飲めるコーヒーメーカー「ネスカフェ ドルチェ グスト」の注文だ。それは2009年12月のことだった。

 ネスレは今、直販比率を2割まで高めることを目標としているが、その原点がここにある。

ネスレ日本の直販サイト

 当時、ドルチェ グストのような1杯抽出型のコーヒーメーカーの認知度はわずか1%にとどまっていた。その認知度を上げて、拡販につなげる。ネスレはそのための販促策として、2~3分間のテレビCM、いわゆるインフォマーシャルによる直販に取り組んだ。

 ドルチェ グストをデモンストレーションするBS・CS放送でのテレビCMや新聞広告を通じて、商品の特長を訴求しつつ、注文窓口の電話番号を案内した。これが大きな反響を呼んだのだ。

 そのころはまだ直販サイトは開設しておらず、試験的な取り組みのため、受注方法を電話のみにとどめた。ところが、テレビCMの初日は、20台を用意した電話が鳴りやむことはなかった。最終的に、テレビCMを放送した3週間で寄せられた電話の件数は、20万件以上に上った。石橋昌文チーフ・マーケティング・オフィサー(最高マーケティング責任者=CMO)は、「予想以上に売れてしまい、対応しきれなかった」と振り返る。

 この成功は、既存流通にも影響を及ぼした。テレビCMなどを見た消費者のうち、実物を見たいと考えた人、電話がつながらなくて購入できなかった人たちが販売店舗を訪れて商品を購入したのだ。その結果、既存の販路でもドルチェ グストの販売台数が2倍以上に跳ね上がったという。

 ネスレが直販を始めることに対して、難色を示していた流通企業も、自社の売り上げ増加に効果があると分かると、次第にネスレの進める直販サイトに対する態度を軟化させていった。「当社の直販の広告が、既存流通の売り上げにつながることをご理解いただけた。こうして共存共栄を図っていきたい」(石橋CMO)。

 この成果に手応えを感じたことをきっかけに、直販サイトに本腰を入れて投資することを決めた。

飽和市場で利益率の向上目指す

 今、メーカー各社は様々な課題を抱えるが、中でも大きなマーケティング上の課題は、流通企業によるプライベートブランド(PB)の勢力拡大だ。

 イオンは2013年度のPB「トップバリュ」の売上高の目標に1兆円を掲げる。セブン&アイ・ホールディングスも、2015年度にPB「セブンプレミアム」の売上高を1兆円まで引き上げることを目指す。それは花王(2012年度1兆126億円)、味の素(同1兆1724億円)といったナショナルブランド大手の連結売上高に並ぼうかという規模だ。

 こうした状況下、メーカーは既存流通とは異なる、新たな販路を開拓する必要に迫られている。直販に活路を見いだしてその強化にいち早く取り組んでいるのがネスレだ。

 ネスレは全世界において、為替変動や買収売却などの影響を除いた売上高と営業利益率の向上を目標に課している。しかし、国内は主事業であるコーヒー、チョコレートともに市場は横ばいだ。既存の事業をそのまま続けていても、目標の達成は難しい。

 そこで、直販の強化により利益率の向上を目指すことにした。同社は現在はわずか1%にとどまっている売上高に占める直販の比率を、2020年までに20%まで高めるという野心的な目標を立てた。既に直販比率向上のけん引役となるヒット商品も出始めた。その成功の秘訣を探ると、メーカー直販サイトが成功するための3つのポイントが浮かび上がる。順に紹介していこう。

1.定期宅配モデルの開発:機械の無償提供で“大使”を募集

 直販を強化する──。とは言うものの、以前から展開している商品をそのまま販売しては、既存流通から大きな反発を受ける可能性がある。また仮に販売したとしても、既存流通への配慮から定価販売となるだろう。これでは、消費者がわざわざメーカーの直販サイトで購入する意味は薄い。

 ネット限定商品を作ったり、地方限定商品などをネットで全国販売したりすることは、既存流通との差異化を図る1つの手だ。ネスレでもチョコレート菓子「キットカット」の20種類以上の地方限定商品などを「ネスレ通販オンラインショップ」で販売している。

 だが、「ニッチな商品しかない直販サイトでは、直販比率2割という数字はとてもではないが見えてこない」(マーケティング&コミュニケーションズ本部竹下佳孝事業開発・デジタルマーケティング統括部長)。ネスレはデジタルを活用した新しい事業モデルを構築して、直販の比率を高めていくことを狙っている。

バリスタの累計販売台数

 けん引役となるのが、コーヒーメーカーの「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」だ。バリスタは、ドルチェ グストと違いインスタントコーヒーを使う。水や牛乳と一緒に機械のタンクにセットすれば、ボタンを押すだけで通常のコーヒー、カフェラテ、カプチーノなどを作れる。手軽に様々な種類のコーヒーが楽しめるほか、一杯当たりの価格が十数円というお得感、機器本体のデザインなどが受けて、急速に販売台数を伸ばしている。

 家庭用の販売台数は2月に125万台を突破。4月の都内イベントでの講演において高岡浩三社長は、「昨年比で販売台数は2倍に増えており、(販売の勢いが)止まりません。今年中に間違いなく200万台に達するでしょう」と自信を見せた。

 その勢いをもって直販サイトの売り上げも伸ばしている。

 核となるのがネスレが昨年から展開している「ネスカフェアンバサダー」だ。オフィスでバリスタを利用したい会社をネットで募集する企画となる。

 バリスタを無償提供する代わりに、応募者をアンバサダー(大使)に任命する。既に家庭用で人気のバリスタを無償で配ることで、オフィスで使いたい消費者を引きつける。能動的にアンバサダーに申し込んでもらい、営業活動なしにオフィス需要を開拓する。ネスカフェアンバサダーを告知するテレビCMを放送するなどして、利用拡大を図っている。

 このアンバサダーは、ネスレにとってバリスタの保守もする外部の営業担当者と言える存在にもなる。機器を無償提供することで、営業、サポート費用を大幅に軽減する、画期的な取り組みとなっている。

クチコミ投稿も大使の条件

 例えば、アンバサダーの応募資格にこんな条件がある。

 「『ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ』到着後、1か月以内に『ネスレ通販オンラインショップ』で定期お届け便(3回以上のご継続がお約束となります。4回目以降のお届け分から解約が可能)をお申込みいただける方」

 つまり、アンバサダーが定期宅配を解約しない限り、インスタントコーヒーの定期宅配サービスの顧客であり続けるわけだ。直販サイト経由の申し込みのため、利益率も高い。安定した収益を稼ぐことが見込める。

 また、こんな条件もある。

 「職場で『ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ』を楽しんでいる様子を写真とコメントで『アンバサダーレポート』にご投稿いただける方」

 アンバサダーレポートは、ネスレのサイト内にあるクチコミコーナーだ。アンバサダーにバリスタを使った感想を投稿してもらうことで、販促に活用していく。

 人気機器だけに、アンバサダーに任命されてバリスタが届けば、ネスレのサイトだけではなく、自身のFacebookなどへの投稿も期待できる。それによって、さらなるアンバサダーの獲得につながる可能性がある。

新しいビジネスモデルでBtoB市場を開拓

 かねて江崎グリコは顧客企業のオフィスに設置した箱にお菓子を置いて、好きな時に購入してもらう事業「オフィスグリコ」を展開してきた。このオフィスグリコの商品の補充や代金回収はグリコの担当者が行っている。これに対して、ネスカフェアンバサダーはいわば担当者不要のオフィスグリコと言えよう。バリスタの無償提供を条件に、アンバサダーに担当者役を担ってもらう。さらに、直販サイトでの定期宅配サービスを組み合わせることで、コーヒーの補充を自動化した。

 「ネスレは家庭用コーヒー分野では圧倒的なシェアを誇るが、(オフィス需要など)それ以外ではからっきしだめなメーカーだった。ネスカフェアンバサダーは、もしかしたらその課題を解消できる可能性がある」と講演で高岡社長は期待を口にした。

 既にアンバサダー登録者は7万人を超えた。毎日300~600人の新規登録があり、年内には20万人に達するとみる。1人当たりの売り上げは年間2万円となる見込みで、単純計算で40億円の売り上げだ。ちなみに、オフィスグリコでは売り上げが40億円に達するまでに開始から約9年かかっている。それを1~2年で成し遂げようとしているのは、低コストで情報拡散力が強いインターネット活用の後押しもあってのことだろう。

 家庭でも定期宅配の利用を推進するために、メーカーならではのキャンペーンを展開している。例えば、ドルチェ グストの購入者は、直販サイトで定期宅配サービスを利用すれば、無料修理期間が最長5年に延長される。「機械はあくまで継続的にネスカフェを飲んでもらうツール。無料修理期間を延長する分、利用期間が伸びれば、コーヒーの収益が増える」と竹下氏は企画の狙いを説明する。

 定期宅配につながるサービスを開発することが安定的な収益を生む。これがメーカー直販を成功に導くポイントの1つ目となる。

■特集「ネスレ日本、直販2割に挑む」
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