中年テディベアとその持ち主の男性の友情を描いた映画「テッド」が大ヒット中だ。興行収入は42億円を突破。これは当初の目標額の8倍以上。配給会社である東宝東和(東京都千代田区)営業本部宣伝部プロデューサー室の佐藤大典氏は、「ありえない数字」と驚きを隠さない。各映画館などに設置したテッドのぬいぐるみは、その人気から、盗難が相次ぐ事態にまで発展したという。

「テッド」のFacebookページ

 「選択と集中」。使い古された言葉かもしれないが、テッドのマーケティング戦略を一言で表すなら、この言葉が適切だろう。例えばテッドは、ネット広告予算の8割以上をFacebookの広告に費やしている。通常、映画のマーケティングの主戦場となる映画情報サイトなどへはほとんど出稿しなかった。

 Facebookページに集めるファンも10~20代の若い女性だけにこだわった。若い女性の間で話題になれば、男性は後からついてくると考えたからだ。広告の“場”、そしてターゲットを絞ったテッドのマーケティング施策は、想像以上の効果をもたらした。

「映画でファン数最多」がニュースバリューになる

 大ヒット映画ゆえ、意外に思われるかもしれないが、テッドは当初、東宝東和内でそれほどヒットを期待されていなかったという。

 理由は大きく3つある。まず、ジャンルがアメリカンコメディであるという点。たとえ海外で大ヒットした映画であっても、「コメディは興行収入5億円が限界」(佐藤氏)というのが常識だった。次に15歳未満の入場・鑑賞を禁止する「R-15+」指定映画であったこと。そして、先行公開した韓国で成績が振るわなかったこと。この3つだ。そのため、「日本でも頑張って5億円、大成功で10億円」(佐藤氏)という目標設定だった。

 テッドの広告宣伝に使える予算は、大作映画の半分以下。優先度の高い順に費用を差し引いていった結果、「自由に使える予算は、せいぜい1カ月間、映画情報サイトでバナー広告を配信できる程度だった」と佐藤氏は振り返る。

 この予算の使い道を考える上で、佐藤氏は1つの仮説を立てた。「テッドなら広告などでプッシュしなくても、映画ファンは能動的に情報を取りにきた上で、来場してくれるはず」。テッドは米国で既に大ヒットしていたこともあり、映画の熱心なファンの間では話題の映画として知られていた可能性は高かった。

 一方、洋画全般で集客に苦戦するのが若い女性だという。もし、若い女性を集客できれば、映画ファンからの収入に上乗せする形で、収入を増やせるかもしれない。また、女性の間で話題になれば、男性も興味を持つことが期待できる。そこで、広告予算をすべて女性の集客に使うことを決めた。

 では、どの広告媒体で女性にアプローチするのか。白羽の矢を立てたのがFacebookだった。バナー広告ではクリックしても、その先のサイトで興味関心を持ってもらえなければ、そこで関係が途絶えてしまう。広告予算が潤沢であれば、その後にテレビCMなどで再アプローチできるが、そんな資金はなかった。Facebookであれば、まず広告から興味を持ってもらい、ファンになってくれれば、継続的に情報提供できる。こうした狙いから、昨年10月末にFacebookページを開設した。

 多くのファンを集めることは、話題の創出につながることも期待できた。当時、映画単体で最もファン数が多かったのはアニメ「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」のFacebookページで約4万人。この数字を抜いて、Facebookで最も多いファン数を持つ映画という枕詞がつけば、それがニュースバリューとなり、マスメディアから注目してもらえるのではと佐藤氏は考えた。Facebookページの解析機能を使えば、ファンに占める性別の比率などが分かるため、女性に人気と謳う根拠も、数字でマスメディアに示しやすい。

「テッド」のFacebookページのファン数の推移

 ただ、映画の公開日まで約2カ月と時間に余裕はなかった。映画のマーケティングは、公開日までにいかに盛り上がりを作れるかという短期決戦型だ。ファンに喜んでもらえるような投稿を続けて、徐々にファン数を増やしていくという、ソーシャルメディアマーケティングの王道的な活用法では短期間での成果は見込みにくい。そのため、Facebook上の広告を活用して短期間でファンを集め、提供した情報を拡散しやすくするための土台作りを急いだ。広告の配信対象は当然10~20代の女性だ。

 東宝東和とともに、テッドのマーケティングに携わったスターキャスト・ジャパン(東京都千代田区)の近藤雅一執行責任者は、「映画のように短期的にソーシャルメディアで成果を出す必要がある場合、(ファンの多い)繁盛店にしてから、良い情報を出していく方が効果につながりやすい」と説明する。

予算の大半をFacebookにつぎ込む

 ファンを集めた後、いかに関心を引くかは投稿するコンテンツが勝負を分ける。幸いテッドにはテディベアというキャラクターがいる。「くまのプーさん」「くまモン」「リラックマ」など、“クマキャラ”は女性の間で人気が高い。そこで、Facebook上の広告クリエーティブでもテッドというキャラクターを前面に出し、女性の心をくすぐることで、ファンになってもらう。そして投稿を通じて、テッドはかわいいだけでなく、酒や女性が好きだという“本性”を徐々に見せる。そんなギャップに魅力を感じてもらうことを目指した。

 もちろん、最初からFacebookで成功する自信があったわけではない。「効果が薄ければ、すぐにバナー広告の配信に切り替えるつもりだった」と佐藤氏は振り返る。ところが、Facebookで広告を配信したところ、すぐに効果が現れ始めた。毎日1000人単位でファンが増えていく。わずか10日で1万人を超えた。多い時にはファン数の約15%に当たる人がFacebookの投稿に対して、いいね!をつけるなど反応も高い。

 この成果を見て、佐藤氏はネット広告の予算の大半をFacebookにつぎ込むことを決める。開始から2カ月でファン数は5万人を突破した。そのファンの75%を10~20代の女性が占めた。

 こうして、若い女性に人気のテッドという盛り上がりをFacebookで創出したことで、その熱がマスメディアに飛び火した。「12月末ごろから、様々な情報番組で渋谷の女子高生にテッドが人気と取り上げられた」(佐藤氏)。それが、ブームに拍車をかけた。1月からはテレビCMの放送が始まり、Facebookページのファンはさらに増加した。それをネットメディアや雑誌、テレビ番組が再び取り上げる。こうした好循環によって、テッドは大きなブームとなった。

 「Facebookを起点としたWebでの盛り上がりを土台に、テレビ番組やリアルでのクチコミが広がっていった」と佐藤氏は成功のポイントを語る。ソーシャルメディア単体でマーケティングを考えるのではなく、そこからほかのメディアへの情報の広がりを見据えたマーケティングシナリオの設計が、大きな成果を生み出す上で肝要になる。

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