4月半ばの平日、夕方。東京・新宿の「ヒルトン東京」1階のロビーラウンジ「マーブルラウンジ」は、談笑する女性客でほぼ満席になっていた。客の目当ては、旬のイチゴを使ったデザートビュッフェ「ストロベリーデザートフェア」。1人4200円とケーキバイキングとしては比較的高額だが連日、多くの客が詰めかけ、平日でも行列ができるほどの大盛況となっている。

 「今年はテレビの取材をお受けできなかったので集客に不安もあったが、平日でも多くのお客様がいらっしゃっている」と話すのは、ヒルトン東京 マーケティングコミュニケーションズの五戸若茂子(ごのへ・ももこ)氏。ラウンジに入りきれない顧客も多く、隣のバーまで開放して対応するほどの人気という。

 人気の背景の一つには、ソーシャルメディアと写真の力がある。女性パテシェによる見た目にも美しいデザートがフェア台に並び、客の多くが携帯電話のカメラで撮影。一部の顧客はTwitterやFacebookなどに写真をアップしてくれており、それを見たフォロワーや友達がフェアを知って訪れる――。こうした好循環が生まれている。

 ヒルトン東京自身も写真の力を武器に、公式Facebookページで顧客との交流を深めている。顧客と直接コミュニケーションできる機会が多い業種ではあるが、Facebookは「よりオープンに、フレンドリーにコミュニケーションできる」点が、ホテル内でのリアルコミュニケーションとは異なると、ジェイミー・ミード総支配人は評価。ミード氏自ら、外国人の観点から面白いと思える写真を提供するなど、運営に積極的に関与している。

都内のホテルで最大級のファン数

ヒルトン東京前の桜の写真の投稿は4000件以上のいいね!を集めた

 ヒルトン東京は昨年7月に公式Facebookページをスタート。後発だったが、国内だけでなく海外のユーザーからも支持を得て、ページヘのファン数は1万6000人超と都内の高級ホテルで最大級に育った。1つの投稿に、普段は200前後、多い時で4000以上もの「いいね!」が付き、宿泊経験者や、都内のホテルに興味があるユーザーからコメントが届く。

 人気の秘訣は、日英バイリンガルで書かれた文章と美しい写真だ。スタッフが毎日、写真付きの記事を、日本語と英語で更新。ホテルのイベントや料理、客室を案内するだけでなく、東京タワーやホテル前で咲く桜など、東京の今を紹介している。ミード氏も、「写真のいくつかは驚くほど人気だった。私たちにとっては日常の風景が、ゲストにとってどれほど特別なものか、Facebookを毎日やっている中で気づいた」と語る。Facebookでつながる宿泊客からは、「昨日、お世話になりました」「I was there just less than a week ago!」と、日本語や英語でコメントが寄せられる。

 Facebook運用は「コミュニケーションがキーだ」とミード氏は強調。宿泊プランやレストランの料理などを過剰に売り込まず、季節折々の写真や、都内の様子などを更新することで「見ていて楽しい、気持ちいい」と思ってもらい、ヒルトン東京のファンを増やすことが狙いだ。「ソーシャルメディアでブランドやプロダクトについて語る大企業は多いが、宣伝するためのツールはほかにもある。宣伝から踏み込み、コミュニケーションを深めたい」(ミード氏)。

 Facebookを使った新企画としてこの春、一風変わった宿泊プランを発売した。チェックイン時に宿泊客に「ミッション」を渡し、すべてクリアすると、宿泊代金と食事代が無料になるという「ゴールデン・ミッション」だ。

「普通じゃない」宿泊体験、Facebookでシェアも期待

50のミッションをクリアすると宿泊、飲食代が無料になるプランを開始する

 ゴールデン・ミッションは、1日1泊限定の宿泊プランだ。チェックイン時に、「ラウンジのフレンチトーストの写真と感想をFacebookにアップ」「客室のベストショットをFacebookにアップ」など、Facebookを使った50のミッションが課され、全ミッションをクリアすると、宿泊代・食事代が無料になる。ヒルトン東京50周年記念企画の1つとして、4月末から予約受付を始めた。

 通常、ホテルでの体験といえば、チェックインして寝て、食事してチェックアウトするだけで、「少しつまらない」とミード氏は言う。ゴールデン・ミッションは、通常の宿泊プランでは味わえない楽しい経験をしてもらうことで、宿泊者にホテルやホテルスタッフとの交流を深めてもらうことが狙いだ。

 「宣伝目的ではなく、コミュニケーションを深められるような楽しいミッションを考えるのが大事」(ミード氏)。ミッションには、ヒルトン独自のサービスやお薦め商品を組み込んだが、それ以上に遊び心を重視した。写真をシェアしてもらうミッションも多く、Facebookページで目の当たりにした写真の拡散力にも期待している。

長期的な関係構築が効果を最大化

 ヒルトンは国内初の外資系ホテルチェーンとして、様々な“業界初”に取り組んできた。2004年には、都内の高級ホテルで初めて、犬と一緒に宿泊できるプランを提供。10年には、ホテル内で開かれる結婚式で、当日来場できない親戚や友人向けに、タブレット端末「iPad」で結婚式を生中継する「おうち de 結婚式」というサービスも始めるなど、ITの活用も積極的に進めてきた。「LINEにも興味がある」と、ミード氏は話す。

 顧客とのコミュニケーションも重視してきた。誕生月に食事を無料提供するなどの特典を設けた、小学生・幼児向け年会員制度「リトル・ヒルトンクラブ」を展開するなど、「小さいうちからヒルトンで思い出を作ってもらい、長いお付き合いになるようなコミュニケーションを図っている」(五戸氏)。根底には、「ヒルトンのファンになってもらいたい」という思いがある。

 Facebookページはその延長線上にあり、ヒルトンに訪れたことのない世界の潜在顧客や、宿泊などで一度ファンになってくれた顧客に、ヒルトンでの体験を継続的に伝えられる格好のツールだ。商品やサービスの宣伝効果だけでなく、「顧客との交流を深めることで、わたしたちはこういうホテルです、ということを知っていただきたい」(五戸氏)という狙いがある。

 ソーシャルメディア活用の効果を出す上で、直接的な宣伝ではなく深い交流を優先するヒルトンの姿勢は一見、遠回りに見えるかもしれない。しかし、一度ファンになった顧客は、ヒルトンでの体験をソーシャルメディアに積極的にシェアし、広告塔になってくれる。顧客と一生付き合えるホテルのような業態にとって、長期的な関係作りに生かせるメリットは大きいようだ。