※「ベネッセ、育児メルマガへの「感謝」が乳児向け講座契約増に 【特集】買う気にさせる“新五感”(前編)」の続きです。
感謝に続いては、「達成感」を取り上げる。これは大きく2つのタイプに分かれそうだ。
一つは、征服欲やコレクション魂を刺激するパターン。例えばあるアイスクリーム商品のバニラ味が気に入った場合、チョコやストロベリー、抹茶など様々なフレーバーがあると全種類を制覇してみたくなったり、レアアイテムが当たるキャンペーンがあると、缶コーヒーに貼ってあるシールを集めるために毎日飲んだりするケースが該当する。もう一つは、契約・購入後に早々に頓挫しないよう、主催側が叱咤激励することで契約者は節目節目で達成感を味わい、その結果継続していくパターン。例えばダイエット商品や禁煙プログラム、通信教育などで進捗管理の一環として取り入れているケースが見られる。
ここでは主に前者のパターンを対象にする。事例として挙げるのは、日本コカ・コーラが現在展開中で成功を収めている「Share a Coke and a Song(思い出のそばには、コカ・コーラと歌がある)」キャンペーンだ。
スーパーの飲料売り場などで、一本一本のラベルに西暦の年が印字されたコカ・コーラのボトルがズラリと並んでいるのを見た人も多いだろう。同社が用意したボトルは、19577年から2013年までの57年分。これだけでも「ワインでもないのに何?」と売り場で足を止めるきっかけになる。

このキャンペーンは、西暦が書かれたイヤーボトルを買うとその年のヒット曲が聴けるというもの。専用サイト「cocacola.jp」にアクセスして、ボトルの西暦の下に記されている9桁のコードを入力すると、その年のヒット曲10曲をフル楽曲でストリーミング視聴できる。
プレイリストは洋楽と邦楽が半々ずつ。2012年に加藤ミリヤ「HEART BEAT」、2011年にAI「ハピネス」、そして1983年に松山千春「Sing a Song」、1982年に矢沢永吉「YES MY LOVE」といった具合にコカ・コーラの歴代CMソングもバッチリ収録。中高年にも楽しめるキャンペーンになっている。
同社マーケティング&ニュービジネス IMC iマーケティングの足立浩俊シニアマネジャーは、「3月4日からの1カ月間で参加者は60万人超。うち約20万人が5回以上サイトに来訪し、1人当たり平均30曲視聴している。コカ・コーラの販売本数が前年比で2桁増を記録する日もあった」と成果は上々だ。
何が消費者を引き付けたのだろうか。かねて同社は「コカ・コーラをあけて、音楽でひとつになろう」など音楽とのコラボレーションをたびたび企画し、着メロ・着うたプレゼントなどを早くから手掛けてきた。今回もその流れに属するキャンペーンだ。
足立氏は言う。「ソーシャルメディア上の声を拾っていくと、まず自分の誕生年のボトルを買い求める人が多い。生まれ年のヒット曲はリアルタイムでは知らない曲だが、どんな曲がはやっていたのかという興味と、自分の誕生年が書かれたボトルが欲しいというニーズもあるようだ。そして次に自分にとっての思い出の年。卒業・就職や結婚、子どもが生まれた、など節目になる年にはやはり思い入れがあることがうかがえる」。

このキャンペーンにはモデルケースがある。2年前にコカ・コーラがオーストラリアで実施した「Share a Coke with …」キャンペーンだ。ラベルに「John」「Vanessa」「Anthony」など150種類の名前を記したボトルを用意し、“マイボトル”を買って仲間とコカ・コーラを飲もう! というデジタルとは無縁な企画である。これに呼応してMattさんがソーシャルメディアを通じて同じ名前の人と連絡を取り合ってオフ会が開かれるなど、同社の想定を超える反響を得て、成功事例としてグローバルに共有された。
だが日本では名前のパターンが多すぎてそのまま同じ企画を実施するのは難しかった。そこでネームボトルをアレンジして企画したのがこのイヤーボトル。音楽を聴く場面でデジタルの出番が到来した。コーラを買って屋外で飲みながらスマートフォンでアクセスし、視聴するシーンを想定して設計したところ、狙い通り「スマホ経由の視聴が8割に達している」(足立氏)という。曲に対する思い入れはソーシャルメディア上に投稿され、仲間内で話題のタネにもなった。
今回は、「5年分のボトルを集めたらプレゼントが当たる」といったコンプリート欲を刺激するようなシカケは設定していない。それでも率先して2本目、3本目と買いたくなるのがこのキャンペーンの秀逸なところだ。購入をプレゼント応募の条件にするマストバイキャンペーンは、売り上げを伸ばす有効策ではあるが、プレゼント内容の割に条件が厳しければ、購入・応募の動機は減退し、ときに反感を招くことすらある。
消費者側の選択の幅を広げ、達成感の基準を委ねたことが結果として能動的なキャンペーン参加を促したと言えるだろう。自身の節目となる年にヒットしたお気に入りの曲とコカ・コーラの味覚との“結合”は、キャンペーン終了後もコカ・コーラのリピート購入を促すことになりそうだ。
【焦燥感】危機感のあおりすぎはリスク、憎めないキャラクターが活躍
3つ目の「焦燥感」に移ろう。「痩せたいのに体重が落ちない」「頭髪がさびしくなってきた」「そろそろ本気で結婚を考えないと」「煙草をやめたいのにやめられない」「病気やケガをしたとき今の保険で大丈夫か」など、多くの人が何がしかの不安や焦りを感じている。
前述の感謝や達成感は、企業側が消費者にそうした感情を持ってもらえるように誘導して購入につなげるパターンだが、この焦燥感については、既に消費者側が自身の課題として程度の差はあれ認識している状態にある。人間、不安は取り除きたいので財布を開かせるのはそう難しいことではないようにも見えるが、ことはそう簡単に運ばない。
例えば禁煙希望の人に真っ黒な肺の写真を見せて発がんリスクが高くなると説明しても、それは本人にとっても既知のことであり、だからやめたいのになかなかやめられないからこそ悩んでいたりする。このケースでは焦燥感をあおりすぎることは往々にしてマイナスの結果を招きやすい。さらに、いわゆる“不安解消ビジネス”は競合企業が多い激戦区である。
そんな中で成果を上げている事例を紹介しよう。楽天グループの結婚相談所、オーネット(東京都品川区)。マーケティング部の川建和久マネージャーは、「資料請求の8割以上はネット経由」と言う。未婚者が抱える焦燥感をどのように刺激してサイトへのアクセス、資料請求に導くか。デジタルマーケティングの手腕が問われる。
同社としては、例えば「既に5人に1人が生涯未婚」といった現実を知ってもらって入会を促したいところだが、個人の恋愛に関わる話は非常にセンシティブで、事実をありのまま伝えても伝え方によっては反感を買いかねない。
何かうまい方法はないかと検討と議論を重ねた末、繰り出したのが新キャラクター「おかん」である。
同社の資料請求が増えるのは、盆明け・年明け・ゴールデンウイーク明け。休暇に実家に帰省した未婚者が、親からのプレッシャーを受けて休み明けに請求するためだ。そして休み明けから日が経つとまた請求件数は減ってしまう。ここを底上げするには“親代わり”が必要だ。この手の小言を言うのは父親ではなく母親であることは同社が実施したリサーチから明らかだったため、中心顧客層である30代半ばの母親世代をモデルにした。
その風貌は、一昔前にはやったマンガ「オバタリアン」風とでも言えばイメージしやすいだろうか。大仏パーマで口うるさいが憎めない還暦おばちゃんだ。そして、オーネット発のメッセージとして伝えれば角が立つようなことを、このおかんに代わりに言ってもらうことにした。

「誰かいい人いないの?」「今年こそいい人見つけんと!」─。おかんがつぶやくバナー広告をクリックすると、ランディングページで「あんた!いつまでも独身でどーするんね?」とおかんから一撃を食らう。ここで資料請求せずにリターゲティング広告で再訪すると、「一生独身の人が増えてるって!」とおかんは青ざめた表情。3度目の訪問では「あんたは結婚のこと甘く考え過ぎや」とブチ切れモードだ。
セリフを切り出すときつく響くが、コミカルタッチなおかんの発言として描かれると怒る気にはなれない。親の本音に触れたような気分になるのか、「様々な広告クリエーティブやシナリオの中でもおかん経由の資料請求到達率は高い。おかんにはしばらく頑張ってもらわないと」と川建氏は満足げに語る。
一方、動画投稿サイト「ニコニコ動画」やイラスト投稿サイト「pixiv」に出すバナーには、巫女さんスタイルの萌えキャラ「赤井結」を配し、専用ランディングページを用意。イケメン兄「赤井実」も登場し、アニメやマンガが好きな女性も取り込もうとしている。こちらは、まとめサイトにまとめられてソーシャルメディア上で話題になり、やはり資料請求増をもたらしたという。
女性モデルがほほ笑む定番のバナーを多数用意してA/Bテストを繰り返すだけでは、突出した成果は望めなかっただろう。同社は顧客予備群が抱える不安と向き合い、配慮を重ねながらも伝えたいことは伝える方法を考え抜いた結果、焦燥感が資料請求・入会の背中を押す仕組み作りに成功した。