デジタル広告を取り巻く技術の進化は著しいが、技術に通じるだけでは成果は上げられない。顧客予備軍の態度を変容させて、いかに買う気を起こさせるかが普遍のテーマであり、課題となる。消費者心理が上向く今こそ、購買意欲を刺激するツボである“新五感”を提案したい。(小林 直樹)
アドネットワーク、DSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)、第三者配信─。昨今、デジタルマーケティング関係者が集まれば最新テクノロジーの話題でひとしきり盛り上がる。購入意欲や実績が高い層を絞り込み、そこにピンポイントで広告を表示できれば購入に至る精度の向上が見込め、実際に先行企業は成果を上げつつある。
だが注意したいのは、新しい技術が登場するたびにややもすると「万能論」的な極論がはびこり、導入が目的化しがちなことだ。ソーシャルメディアにも一時期そんなフェーズがあった。
アドテクが有効に機能するのは、絞り込んだターゲット層のマインドに刺さる商品の提案や広告クリエーティブを表示できてこその話だ。当然ながら消費者はアドテクを利用していることに先進性を感じてモノを買うのではなく、買いたくなるような情動が生じた場合に初めてアクションを起こす。これは今後どのような技術が出てこようとも変わらない、マーケティング普遍のテーマである。
顧客予備群をいかにして“その気”にさせるか─。アドテクの進化によって広告配信の自動化が進めば進むほど、マーケターはそこにより注力して思考をめぐらし、デジタルが有効に機能する部分はデジタルに託す。そんな考え方が必要になるだろう。青臭い話と思われるかもしれないが、まずは次の事例をお読みいただきたい。
【感謝】育児支援メルマガが奏功、感謝の念が契約伸ばす
ベネッセコーポレーションの幼児教育教材「こどもちゃれんじ」。年少向け「ほっぷ」、年中向け「すてっぷ」、年長向け「じゃんぷ」など子どもの成長に合わせてきめ細かくコースが分かれているのが特徴だが、このシリーズ最初の教材が生後6カ月からの乳児を対象にした「baby」だ。

以前であれば住民基本台帳から新生児の情報をピックアップして、子どもの年齢に合わせてダイレクトメール(DM)を送付できたが、2006年の住民基本台帳法の改正後は、営利目的の閲覧は難しくなった。同社がネットに注力するようになったのはこの法改正の影響が大きい。「これはわが子のためになる」と親に納得してもらうことが契約の決め手となるため、主要教材をWeb上で体感できるようにするなど、見せ方には工夫を凝らしてきた。
一方、Webだけではどうしても「待ち」の姿勢になるため、「攻め」の道も模索している。baby講座については、妊婦健診や新生児健診のタイミングで目に留まるよう、産院などにチラシを置くほか、名前入りのグッズをプレゼントするキャンペーンで住所などの情報を合法的に入手している。
しかしグッズをプレゼントしてから数カ月後にbabyの講座案内DMを郵送しても、反応は思わしくなかった。受け取った親の多くはプレゼントとDMが結びつかず、「個人情報が漏れた」と不信感を招く可能性もあった。
どうしたものかと考えた末に始めたのが、週刊の育児情報メルマガ「はぴらべ(Happy Life with Baby)」だ。プレゼント応募用にメール登録欄を設け、プレゼント到着からDM郵送までの空白期間を埋める作戦である。
メルマガは生後すぐから6カ月まで全24号を毎週配信する。内容は、生後すぐの号はお宮参り、その後は接種可能な予防ワクチンといった生後週数に合わせた情報が中心だ。沐浴や耳の掃除、遊び方などの動画も豊富に取りそろえた。
「メルマガに満足した」との回答が9割超える
はぴらべを手掛けた教育事業本部次世代マーケティング部幼児・小学生営業課の香山貴秀課長は、「育児に戸惑う第一子の親にとって、今必要な情報が届く心強い存在になることで『次』につなげたかった」と語る。そこでbaby講座の露出にも工夫を凝らした。配信開始当初はメルマガ末尾に「こどもちゃれんじbaby」の文字だけ。配信号を重ねるごとに徐々に販促的な原稿を増やしていき、講座名が目に留まるようにした。さらに「生後6カ月はハーフバースデー。お祝いしてあげましょう」というメッセージとともにbaby講座を案内し、そのタイミングでリアルのDMが郵送されてくる、というシナリオを描くことで、プレゼントからメルマガ、そしてbaby講座が一体感を持つようにした。

この作戦は的中し、はぴらべ登録者は非登録者よりbaby講座の契約率が3ポイント高くなる成果を得た。
香山氏は、「はぴらべ登録者にアンケートを実施したところ、『メルマガが役立った』『助けられた』という声がたくさん寄せられ、満足した層が9割を超えるほど非常に高い評価をいただいた。『DMの開封・閲読ははぴらべがきっかけ』という回答も67%に達した。感謝されながら契約が増えるという理想的な関係性が作れた」と手応えを感じている。
むろん、同社には「たまひよ」ブランドと育児情報の蓄積があるため、コンテンツが良質だったことが好反響を得た一番の理由だろう。だが注目したいのは、プレゼントとDMの空白をメルマガでつなぐことで、感謝の念から契約に結び付けようと発想した点だ。
通常、DMの効きが悪くなってきた場合、「ならばDMの見直しをしよう」とDMリニューアルが持ち上がり、新デザイン案を発注してどれが効きそうか、会議を重ねて議論した末、多数決で決める。そんなケースが多いのではないか。アドテクに例えれば、赤ちゃんの顔写真と講座のキャッチコピーの組み合わせを多数用意して、広告のA/Bテストで勝ち抜き戦に終始するような状況だ。
もちろん、それでもやらないよりやった方が効果はいくらか高まるだろう。だがそれをもってベストプラクティスとは言い難い。本筋は、名前入りグッズに加えて何を提供したらbaby講座に心がグラッと動くか、である。
香山氏は言う。「どんな感情が湧きあがることで人は心が動くのか、他社のキャンペーン事例などを見ながらよく考えます。整理すると、ざっと7種類に分類できます。『感謝(ありがとう)』『共感(わかる)』『達成感(できた)』『勝利(やった)』『興味(それ何?)』『焦燥感(やばい)』『喪失感(どうしよう)』の7つです。はぴらべは『感謝』のフックになりました」。
含蓄のある分析である。そこで本特集では香山氏提唱の7つの感情のうち、比較的パターンが似ている達成感と勝利、焦燥感と喪失感、共感と興味をセットにし、新たに限定感を加えることで、消費者の感情を揺さぶる「新五感」とした。消費心理が上向く今こそ、デジタルマーケティングによる新たな購買意欲の刺激策を考えたい。