「当社のブランドに熱烈なファンがいることを具体的な数値で示すことで、流通企業に対する交渉力を高められる」

 米ニットータイヤの水谷友重社長に記者が「Facebookページに、約340万人のファンを持つことは経営上でどのような意味を持つのか」と聞いたところ、冒頭のような答えが返ってきた。

 読者の中でニットータイヤの名を聞いたことがある人はどれほどいるだろうか。“無名ブランド”とも言えるが、運営する英語版のFacebookページは約340万人ものファンを抱える。米フォード、米トヨタ自動車の「レクサス」、韓国のヒュンダイといった有名クルマメーカー・ブランドよりも多い。

 エンゲージメント率も高い。エンゲージメント率はFacebookページを運営する企業からの投稿に対するファンからの「いいね!」数と「コメント」数を基に算出される、ページの活性度合いを測る指標の1つだ。ニットータイヤのFacebookページのエンゲージメント率は平均約10%と、高い水準を維持している。

340万人ものファンを抱える米ニットータイヤのFacebookページ

 同社はファンを活性化するために、様々な工夫を凝らしてきた。クルマをプレゼントするキャンペーンでは、9車種をプレゼント候補として挙げた。この中から好きな車種を選び、Facebook上のキャンペーンページでニットータイヤのタイヤなどを組み合わせてカスタマイズし、完成後に投稿してもらう。

 集めた投稿はそのままキャンペーンページに掲載して、ファンに投票してもらう。最も票を集めたデザインのクルマが、そのまま抽選でプレゼントされるという企画だ。「それぞれのクルマにファンがいるので、競い合ってもらうことで、盛り上げを狙った」とマーケティングマネジャーの宮本グロリア氏は言う。

 ニットータイヤの投稿に対して活発にいいね!やコメントをする熱心なファンは、有名クルマメーカー・ブランドと比肩するほどに多い。それはFacebookページを見れば、一目瞭然だ。これまで可視化しづらかったファンの数や熱狂度が具体的に数値化されるので、流通企業と交渉する際には強力な武器となる。

 例えば、タイヤを販売する流通企業が割引販売のキャンペーンを計画し、商品の提供を求められたとする。その際には、Facebookページのファン数を示しながら、ニットータイヤには根強いファンがいるので、割り引きしなくても購入してくれると説明すると、納得してもらえるという。

倒産危機をデジタル活用で克服

 もちろん最初から、これほど根強いファンを抱えていたわけではない。「かつて弊社は倒産の危機にさらされていた」。水谷氏はこう振り返る。その危機をデジタルを活用することで乗り切ってきた。最初の危機のときには、東洋ゴム工業の傘下に入った。国内ではニットータイヤブランドは一度姿を消し、米国と中近東のみで展開するブランドとなった。現在も売り上げの8割は米国での販売が占める。国内に再上陸を果たしたのは、2005年のことだ。

 東洋ゴム傘下となった後も経営は難航した。売り上げが低迷し、東洋ゴムから会社の清算を打診された。なんとかブランドを存続させたい。水谷氏は、わらにもすがる思いで自社の販売実績に視線を走らせた。そして、パーツなどをカスタマイズしてクルマを自分好みにする「カスタムカー」愛好家の間で、ある商品が人気になっていることを突き止める。ここに活路を見いだして、カスタムカー専用ブランドへとスイッチするという大きな賭けに出た。

 通常、タイヤは、すり減ったからと仕方なく買い換える消耗品だ。一定の品質があるなら、価格の安いものが選ばれがちだ。カスタムカーの愛好家は違う。愛車をいかに自分好みにするかが重要で、タイヤもデザイン重視で選ぶ。お金も惜しまない。

 そんな愛好家を狙って開発したのが「INVO」だ。こだわったのはデザイン。例えば、タイヤのゴム部分に掘られている溝のパターンは、200万円の賞金をかけ、クルマのデザイン学校に通う生徒から公募して決めた。タイヤのサイズ(インチ数)も大きいものが中心で、ゴム部分が薄くなる。そのため「寿命が通常のタイヤの半分しかない。乗り心地も悪いが、価格は2~3倍高い」(水谷氏)。それでもデザインで納得してくれれば愛好家は買うと踏んだ。

 ところが「まったく売れなかった」(水谷氏)。小売店の店員が販売するのを拒んだからだ。当時のニットータイヤはブランド力がなかった。仕様も、通常のタイヤと異なり、しかも高い。そんな製品を販売しようものなら顧客からのクレームにつながるに違いない。小売店はそう考えたのだろう。

 この状況を変えたのはデジタルの活用だった。カスタムカーの愛好家は、ネット上の掲示板に同じ嗜好を持つ者同士で集い、日々情報交換をしている。水谷氏はここに目をつけた。掲示板を過去に遡って読んでいくと、影響力を持つ人物がいることが分かった。メールなどで接触を図り、INVOを試用した上で、気に入ったらレビューを書いてもらえないかと打診した。

 これを快諾してくれた愛好家の中で製品を気に入った人が、次々とタイヤを装着した愛車の写真とレビューを掲示板に投稿してくれた。これを見てINVOに興味を持ち、購入意欲をかき立てられた消費者が、小売り店でINVOを指名買いした。もはや小売店も断れなくなった。

「タイヤの大使」を募集

 デジタルを活用して愛好家の間で知名度を上げていったのだから、Facebookとの相性も良いはず。そう考えて、2010年にFacebookページを開設した。すると様々な掲示板にいたファンが同社のFacebookページで一堂に会し、すぐにファンの数は100万人を超えた。

 3月には熱烈なファンを通じた情報波及を目指した新たな企画「Nitto Ambassador Program」を始めた。ニットータイヤのファンの中から、進んで製品やブランドを周囲に広めてくれるアンバサダー(大使)を募る企画だ。

 米フェイスブックはFacebookページの情報は、平均でファンの16%にしか届かないと公表している。「今後、Facebookのシステムの変更で、より情報が届きにくくなる恐れもある。その防衛策として、ファンを通じて衛星的に情報を波及させるプラットフォームを構築する」(水谷氏)のが狙いだ。

ファンを「アンバサダー」に任命し情報拡散狙う

 アンバサダーに登録するのに特別な条件はない。登録者は、専用のサイトを閲覧できるようになる。専用サイトにはニットータイヤに関する動画、製品やマーケティングを目的としたスマートフォン向けのアプリを紹介する記事などの様々なコンテンツがある。アンバサダーは、これらのコンテンツをソーシャルメディアに持つ自身のアカウントへ投稿することで、ポイントを取得できる。ポイントはニットータイヤのグッズなどと交換できる。

 アンバサダーはポイントの取得数に応じて、ランキング化されてサイト上に表示される。より熱烈なファンは、ランキング上位を目指して、ソーシャルメディアを通じてニットータイヤに関する情報を広めてくれる可能性がある。本格的な告知に先駆けて、既存のメールマガジンの読者に登録を促したところ、既に600人以上の人が登録したという。新たな施策で、ファンとのつながりをより強固なものにすることを狙う。

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