スマートフォン向けのアプリに、テレビCMの音声を認識させることで参加できるキャンペーンで、視聴率とは異なるテレビCMの効果測定に挑む。そんな取り組みを始めたのが、音楽ソフトの制作・販売を手掛けるエイベックス・エンタテインメント(東京都港区)だ。
同社は男性歌手グループの東方神起の新アルバム発売に合わせて、2月26日~3月14日にかけて、日本テレビ放送網が提供するスマートフォン向けのアプリ「wiz tv」と連携したキャンペーンを実施した。wiz tvとテレビCMの連携企画はこれが初めてとなる。
wiz tv自体のダウンロード件数が数十万件と、テレビ視聴者数と比較するとまだ少ないため、今回の施策がすぐに大きな成果につながるわけではない。だが、視聴率以外の新しい指標が必要という考えの下、具体的な施策に落とし込み挑戦する企業が登場したことに大きな意味がある。
視聴率万能主義に疑問
「テレビCMは、視聴率でしか効果を測れないという課題を何十年も抱えている。そのことに(広告主だけでなく)テレビ局側も気付いており、新しい指標作りを意識した動きも一部で出てきている。そこでスマートフォン向けアプリを使った新しい取り組みをいち早く進める日本テレビに目を付けて、コラボレーションに乗り出した」。エイベックスのS.M.クリエイティヴ室の池田達也宣伝販促部長は、キャンペーン展開の狙いをこう語る。
視聴率は調査会社のビデオリサーチが協力を依頼した国内27地区6600世帯の視聴動向を集計してそれぞれ算出される。この視聴率から、およそ何人に視聴されたのかといった数値を算出して、テレビCMの視聴の量を示す指標とする。だが、この数値だけでテレビCMの視聴量を測ろうとする現状に、池田氏は課題があると感じている。「一番宣伝費をかけるテレビCMが、どれぐらい効果があったかを判断するとき、材料が視聴率だけでは十分とは言い難い」。
こうした状況に変化を与える可能性を秘めるのが、ソーシャルメディアと連携して利用できるスマートフォン向けのテレビ視聴アプリだ。ソーシャルテレビアプリと呼ばれる。今回、エイベックスが採用したwiz tvもソーシャルテレビアプリの1つ。wiz tvは、放送中の在京局の番組に関するTwitter上のツイートを収集しグラフ化して表示するもの。アプリ利用者はこのグラフの推移から、どの局の番組がTwitter上で盛り上がっているかがひと目でリアルタイムに分かる。FacebookやTwitterと連携して利用することで、アプリから今見ている番組情報をソーシャルメディアに投稿して、友人に知らせることもできる。
スマートフォンは1人1台で利用することが多い。博報堂DYホールディングスが昨年9月に発表したスマートフォンの利用動向調査によれば、スマートフォンを利用しながらテレビを見たことがある人の割合は75.9%に上った。ソーシャルテレビアプリの利用が広がれば、ビデオリサーチが集計する個人視聴率とは異なる、新たな個人単位での視聴動向を把握できる可能性がある。例えば、Facebook上の性別や年齢、趣味、関心分野といった情報を重ね合わせれば、どういった層が実際に視聴しているかも分析できよう。
音声認識機能を活用してCM連携

エイベックスでは、wiz tvに昨年12月に加わった音声認識機能を活用して、テレビCMから直接キャンペーンに参加してもらうことを目指した。これによって、どの時間帯のテレビCMからの流入が多かったかを把握する。キャンペーン参加後は、東方神起のWebサイトへの誘導や、ソーシャルメディアへのクチコミの波及を狙った。
数多く所属するアーティストの中から、東方神起を選んだ理由は「ソーシャルメディアを活用して東方神起の情報を広めることに熱心なファンが多いから」と池田氏は説明する。東方神起に関する情報がニュースなどで取り上げられた後に、ソーシャルメディア上に反響が広がるスピードは、ほかの有名アーティストを上回るという。だからこそ、wiz tvとの取り組みのような新しい施策にも、積極的に参加してくれる可能性は高いとみた。
キャンペーンでは、東方神起のテレビCM放送中にwiz tvの音声認識機能を使うと、テレビCMが流れていると認識した後にwiz tv上にスクラッチカードを模したキャンペーンページが現れる。そのページでスクラッチカードを削るように、画面を指でこすると、その場で当たり外れが分かる。当選すれば、東方神起のグッズなどがもらえる。テレビCMをただ見るだけではなく、参加して遊べるコンテンツへと進化させることを目指した。
テレビCMの放送時間は短いため、放送開始後にwiz tvを立ち上げて、音声認識機能を使って……と、操作をしている間に放送が終了してしまう。そんな懸念もあった。そこで、日本テレビのWebサイト上に開設した特設ページで、事前にテレビCMを放送する番組を告知する工夫をした。
実は今回のキャンペーンにおいて、wiz tvに読み込ませる音声は音楽CDを再生したものなどでも、参加できる仕組みとなっていたが、「テレビCMからの参加が最も多かった」とS.M.クリエイティヴ室宣伝販促部の中山雄太氏は言う。ただし、絶対数としては「それほど多くはなかった」(中山氏)。
だが、これで効果は薄かったと見るのは早計だと池田氏は考える。まだ最初の1回に過ぎない。今後は、日本テレビからデータをもらいながら、どの時間帯の参加が多かったのか、といった分析をする。こうした知見をためていくことで、「視聴率だけではない、新しい効果測定の指標になる可能性を感じている」と池田氏は言う。
国内においてテレビCMとソーシャルテレビアプリを連携して、視聴動向を把握する取り組みが離陸し始めた。視聴率万能主義の時代が、今変わろうとしている。