電子部品大手のロームは7月から、デジタルマーケティングを活用した自社の営業活動の支援を始める。展示会などに出展したブースで獲得した見込み客に対するメール配信の反応や、Webサイトの閲覧履歴などからロームの製品に関心が高く契約に結びつく可能性が高いと思われる見込み客を選別して、営業担当者につなぐ。選別した後にも、配信したメールマガジンへの反応やロームのWebサイトの利用状況を分析することで、営業担当者が見込み客のニーズに合った営業活動をできるように支援する。

 ロームは昨年11月に、2013年3月期の最終損益予想を100億円の黒字から、110億円の赤字へと修正した。収益悪化に伴い実施した、希望退職において発生する25億円の特別退職金などが重しとなった。かつては営業利益率30%を誇った高収益企業から一転、2期連続の赤字となる見通しだ。ロームは大手電機メーカーに対して、各企業に合わせた特注のLSI(大規模集積回路)を提供することで、二人三脚で成長してきた。しかし、パナソニック、シャープ、ソニーといった国内を代表する大手電機メーカーはいずれも深刻な経営不振に喘いでいる。こうした電機メーカーの不調がロームを直撃した。

ローム(連結)の最終損益は2期連続赤字の見通し

 厳しい状況に直面する中、ロームは新たな顧客を開拓するマーケティング手法の開発が急務となった。そこで、目をつけたのが展示会に出展するブースの役割を大きく変革することだ。

 BtoB(企業間取引)企業にとって、多くの来場者が訪れる展示会でのブースの出展は、見込み客を獲得する上で重要なマーケティング施策だ。ところがロームは従来、展示会への出展の役割をブランディングと位置付けており、直接的な売り上げへの貢献は求めてこなかった。そのため、そこで得た名刺は営業部にそのまま渡すだけにとどまっていた。その後に、その見込み客の情報がどう営業に有効活用されたかまでは追っていなかった。

 この考えを改めた。展示会のブースで集めた見込み客に対して、マーケティングを展開して、効率的に契約に結びつける。ブランディングから販売促進活動へと、展示会に求める役割を大きく変えた。「産業機器メーカーや自動車メーカーなど、新規顧客の開拓を強化しなければ生き残れない」(メディア企画部の植田耕史担当課長)。そんな危機感から、電機機器の展示会だけではなく自動車や照明機器など、これまで出展していなかった展示会などへも、手を広げ始めている。

 狙いは展示会出展のROI(投下資本利益率)を高めることにある。大型のイベントでは、2万人以上の名刺が集まるという。これをそのまま営業部に渡しても、営業担当者はどこから手をつけていいか分からず、有効活用されていなかった可能性がある。そこで、展示会への出展企画などを手掛けるメディア企画部で、成約が期待できる企業を選別し、優先順位を付けて営業部に渡す。そんな手法に取り組むことにした。

メールアンケートなどで見込み客を選別

 この手法を実現する上で、要となるのがデジタルマーケティングだ。同社は、昨年6月にCRM(顧客関係管理)ツール開発のシナジーマーケティングのメール配信ツールを導入した。このツールを活用して、名刺情報を基にメールを配信し、アンケートへの協力や資料のダウンロードを促して、見込み客ごとに製品導入への関心度合いを測っている。

 具体的な手順を説明しよう。まず、展示会のブース来場者からは従来通り名刺を集める。この中には既存顧客も含まれるが、ほぼすべて見込み客のリストとなる。その名刺情報をメール配信ツールに登録し、来場御礼のメールを送るとともに、5問程度のアンケートへの協力を促す。アンケートでは展示会で興味を持った製品や、導入を検討しているかどうかといった項目について回答してもらう。アンケートへの回答率は1%とそれほど高くはないが、大型のイベントなら約200人の回答が集まる。

 また、ブースでは名刺と引き替えに、展示した新製品の詳しい資料をダウンロードできるWebサイトのURLが書かれたカードを渡す。そこに書かれたURLにアクセスして、会社名やメールアドレス、ロームのどんな製品に関心があるかといった情報を入力して会員登録すると資料をダウンロードできる。アンケートの回答結果や資料のダウンロード履歴などを基に、製品に対する関心度合いから優先順位を付けて、営業部に渡す。

 既存の会員に対しては、会員情報や過去の資料のダウンロード履歴などに基づいて、関心が高いと思われる展示会をメールで案内して来場を促している。既存会員であっても、新製品の資料をダウンロードするには、展示会の会場でURLが書かれたカードを受け取る必要がある。こうして、オンラインだけではなく、オフラインの場でも顔を合わせて対話するきっかけを作っている。BtoBでは取引額が大きくなることもあるため、オンラインで得た情報だけで大口の契約に結びつくケースは少ない。展示会も交えながらオンラインとオフラインの両方で情報提供することで、自社製品に対するニーズを高めることを狙う。

 メール配信ツールの導入から半年間で獲得した見込み客の数は約5万人。この規模になり、少しずつ成果が見え始めた。同社は、今年1月に「[国際] カーエレクトロニクス技術展」という展示会にブースを出展した。このブースの来場者のうち、営業担当者の案内をきっかけに来場した人数を、メールの案内をきっかけに来場した人数が初めて上回ったのだ。こうした成果が認められ、「営業部の中で、自分たちが回りきれていない見込み客への対応をデジタルマーケティングによってカバーできるという意識が芽生え始めた」と植田氏。

営業活動まで一貫して把握

 ロームではこうして、昨年6月から見込み客を選別する手法に取り組んできた。ただ、選別した見込み客情報を営業部に渡した後に、成約に結びついたかどうかまでは分析できていない。そこで、7月からは見込み客に対する営業活動の状況も把握して、その状況に合わせた営業支援にも乗り出す。シナジーマーケティングとセールスフォース・ドットコムが共同開発した、見込み客育成ツール「Synergy!LEAD on force.com」を活用する。

 これに伴い、マイクロソフトの表計算ソフト「Microsoft Excel」を使っていた営業活動の管理を、すべてセールスフォース・ドットコムの営業支援システムに切り替える。これにより、獲得した見込み客に対する営業活動の状況と、Webサイトの閲覧履歴や資料のダウンロード履歴といった情報を包括的に把握できるようにする。

7月からは見込み客獲得から営業活動まで一貫して把握する

 例えば営業担当者は過去のサイト閲覧履歴などを基に、いま現在見込み客が関心を持っている製品などをリアルタイムで把握して提案できるようになる。一方、メディア企画部の方では、提案している製品などの営業活動の状況に合わせて、その製品の有効活用法を提案するコラムをメールで配信して伝えるといった、“援護射撃”も可能になる。

 ただ、移行には課題もある。「一番のハードルは、システムの移行よりも、改革の狙いを営業担当者に理解してもらうこと」と植田氏は言う。営業担当者の中には、自分たちが会社の売り上げを作り上げてきたという自負とプライドを持つ社員もいるだろう。そうした社員が、営業活動の方法を変えることに抵抗を感じたとしても不思議ではない。メディア企画部では、目標とする7月の導入に向けて、システムを移行することがメリットになることを営業担当者に伝えて、理解を得ていく考えだ。

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