読者の方々もお気づきかもしれない。今、デジタルマーケティング分野の人材は、「売り手市場」なのではないか、と。それは正しくもあり、間違ってもいる。 「マーケティング職の求人は全体平均よりも上振れ傾向が続いており、とりわけデジタル経験者に食指が動いている」。人材サービス大手のインテリジェンス(東京都千代田区)のキャリアディビジョン第二統括部マーケティンググループマネジャーの太田進氏が指摘するように、デジタルマーケティング経験者の人材価値は確かに高まっている。

 ただ、デジタル分野の人材があまねく求められているわけではない。少し前なら検索連動型広告など直接的に購買に結びつく手法に通じる人材が重宝された。今は、「Webマーケティングの戦略立案も運用もできる人」(リクルートキャリア、中途事業本部エージェントサービス統括部首都圏4部CAグループキャリアアドバイザーの竹内早紀氏)のように総合力が問われる。「戦術」から「戦略」への転換と言っていいのかもしれない。こうした傾向が当面続くとすれば、戦略立案能力を持ちながら、3年後に向けて備えておくべき専門スキルは何なのか─。

 本誌が読者などを対象に「デジタルマーケティング職に求められる人材像」アンケートを実施したところ、今求められる専門スキルは「CRM(顧客関係管理)」(60.4%)がトップで、2位は「ソーシャルメディア運営」(56.6%)となった。ところが3年後は、それぞれ3位と5位に後退。トップに踊り出るのは「ビッグデータ分析(データサイエンティスト)」(67.9%)だった。

今、事業会社(広告主の立場)のデジタルマーケティング関連職において、求められている専門スキルは何だと思いますか。

 急速にニーズが高まるデータサイエンティストという職種。読者の中には聞き慣れない方も少なくないだろう。

 そこで、まずはカルチュア・コンビニエンス・クラブ(東京都渋谷区)で、4400万人が利用する共通ポイント「Tポイント」の膨大なデータを分析するアライアンス・コンサルティング研究所のR&Dチームを率いる山本卓也リーダーの仕事内容から、データサイエンティストの役割をご説明しよう。

【顧客企業のマーケティングを支援するデータサイエンティスト】 カルチュア・コンビニエンス・クラブ の山本卓也氏

 「膨大なデータの中から、自社の収益につながるマーケティングのアプローチ手段などを見つけ出す。まるでゴミの山から、金を見つける職人のような仕事」と、山本氏は言う。

 購入した商品や、使った金額、利用した店舗…。Tポイント利用で集まるこうした膨大なデータを分析することで、Tポイントを導入してくれる企業が収益を得られるようなマーケティングサービスを提供する。それが山本氏のチームが担う役割だ。

 例えば、同チームが開発したサービス「アソシエーション」は、Tポイント導入企業の購買データを企業横断で分析して、相関性の高い商品と消費者を見つけ出し、クーポンなどを提供して購買につなげるものだ。分析対象は購買データの提供を許諾した企業のデータに限られるが、数十社から許諾を受けているという。

 Tポイント導入企業であるコンビニエンスストアが、このサービスを利用したとしよう。Tポイント利用者を分析したところ、30代の男性のうち「TSUTAYA」でサッカーのDVDを借り、ファミリーレストランをよく利用する人は、コンビニエンスストアでスパゲティをよく購入することが判明。

 そこで、このコンビニはこれらの条件を満たすTポイント利用者に、スパゲティのクーポンを印刷したレシートを渡したり、メールマガジンで同クーポンを配布したりして再来店を促す。こんなマーケティングが可能になる。

 では、データサイエンティストを目指すには、どんなスキルが必要なのか。山本氏によれば「統計学やデータベースの知識は当然必要だが、最も重要なのはマーケティングに関する知識」。

 分析をするにしても、「その分析結果をどう応用するのか、最終的にどんな経営課題の解決につなげるのか。それらをきちんとイメージできず、ただアウトプットしたのではリソースの無駄」(山本氏)。また単にデータを分析できるだけでは、マーケティング部門や販促部門に“分析屋”として使われる下請けになってしまう。

 データを使って次なる商品開発の糸口を見つけたりマーケティングプランを立てたりして、自社の経営課題の解決策を導き出す。そんな役割を求められる職種と言えそうだ。

リサーチ専門部署からスカウト

【自社の企業価値向上に貢献するデータサイエンティスト】 ソフトバンクモバイルの岩本嘉子氏

 もう1人ご紹介したい。ソフトバンクモバイルのマーケティング本部Webコミュニケーション部Web企画課の岩本嘉子課長である。こちらは自社の企業価値向上に活用している。

 ソフトバンクの契約者情報を収録したデータウエアハウス、統計解析ソフト「SPSS」、アクセス分析ツール「Adobe SiteCatalyst」などを使いこなす。膨大なデータの中からマーケティング投資の決断に必要なデータを1枚のシートに集約。それが、経営会議の資料となることも少なくない。

 このマーケティング本部にはリサーチ専門のマーケティングインテリジェンス部があり、SPSSなどのツールを駆使して分析する人員が約30人も在籍する。岩本氏も昨年8月までは同部に在籍して、施策を実行するWebコミュニケーション部と協力して業務を進めてきた。

 しかし、Webコミュニケーション部の高橋宏祐部長は、「社長の孫(正義)から求められる満足度圧倒的ナンバーワンを達成するには、手元でPDCA(計画、実行、評価、改善)を回さないと間に合わない。データ分析から施策実行まで一貫した責任を持つマインドを持つ人材が必要」と考え、岩本氏に白羽の矢を立てた。今では岩本氏は、自社ホームページの満足度向上のための調査、改善活動や、データに基づく様々なキャンペーン企画を立案する。

 学割キャンペーンであれば、目標の契約者数を念頭に、過去のキャンペーン実績から契約に結びつくコンテンツを割り出し、その内容を改善する。またサイト訪問者のうち契約に至る率を推定し、必要なキャンペーンサイト訪問者数を逆算する。その訪問者数を確保するための集客施策を決めるといった具合に、目線を施策の上流へと向けていく。実施中も効果を見ながらターゲットやクリエーティブを改善する。

 訪問者数や契約率などを推定する上では、過去6年間ものキャンペーン実績を参考にする。商品の種類や認知度、オンラインでの契約か店頭での契約かなどの条件から類似したキャンペーンを選び、その実績を参考にするという。

 こうしたデータサイエンティストはどうすれば育つのか。同社の答えは簡単だった。「データを出すだけでは経営陣が納得しない。その数字が何を示唆するかを解釈し、それを踏まえて提案するようたたき込まれている」と岩本氏は語った。

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(前編) これがデータサイエンティストだ
(中編) 生き残りが難しいスキル、脱SEM専門家へ全社で方針転換
(後編) 組織改革との両輪で専門スキルは生きる、サッポロビールの試み
(特別編) 「デジタルマーケティング職に求められる人材像」アンケートに寄せられたコメント紹介(読者の方以外も閲読可能)