ゴルフ総合サイトを運営するゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)は、新しいネット広告手法の開拓にどん欲に取り組む1社だ。このほど会員データベースと連携させたネット広告配信システムを、データ分析事業のブレインパッドと共同で開発し、運用を始めた。早くも大きな成果を見せ始めた一方で、課題も明らかになりつつある。
広告の費用対効果を重視する企業を中心に活用が進むのが、過去にサイトを訪問した人に限定して広告を配信する「リターゲティング広告」だ。自社への関心が高い人が対象となるから当然、クリックして再訪問に至る確率は高まる。さらに先進的なデジタルマーケティング活用企業、中でもEC(電子商取引)サイトを手がける企業の注目を集めるのが、サイト利用状況を基に関心を持ちそうな商品写真を広告内に表示するレコメンド型のリターゲティング広告だ。ヤフーと資本提携して「Yahoo! JAPAN」などへ広告を配信する仏クリテオも提供会社の1社で、GDOは同社のサービスを採用する。
メルマガ非購読者だけに広告配信
GDOが開始したリターゲティング広告は、会員データベース、つまり顧客の属性情報と連携する点でレコメンド型よりさらに一歩先を行く。同社は200万人以上の会員、約3000万人(昨年10~12月実績)の訪問者を対象に、ゴルフ用品の販売、ゴルフ場予約、広告配信といったビジネスを展開する。そのサイト上でどんな効果を発揮したのか。実際に同社が実施した「シナリオ」を紹介しよう。
大きな成果を得たシナリオが、GDOのネットショップのメルマガの購読を促進するものだ。メルマガは一般的に、サイトの会員登録時に申し込むことが大半で、その機会を逃すと改めてメルマガ購読を促すことは難しい。そこでGDOはサイトの内外でメルマガの購読を勧める広告を配信した。

GDO会員だが、ネットショップのメルマガを購読していない人を抽出して、(1)購読すると500円分のクーポン提供の広告、(2)購読インセンティブ無しの広告、(3)広告配信しない、という3パターンで購読に至る率を比較した。その結果、(3)の広告配信しないグループを基準とすると、(2)のインセンティブ無し広告のグループは購読率が1.5倍になり、(1)の500円クーポン付きでは5.6倍となった。今後、獲得単価や、購読の継続状況と商品購入額などを合算したLTV(顧客生涯価値)を検証し、さらに効果的なシナリオへ改善する。
一方、さほど効果が出ないものもあった。GDOのゴルフ場予約サービスの利用を促進するものだ。広告を配信する対象は、GDO会員だがゴルフ場予約サービスの利用経験がない人。中でも最近1週間でゴルフ場予約のためのページを一定回数以上閲覧している人だ。その会員へ、GDOのサイト内外でディスプレイ広告を配信した。
初めてゴルフ場予約をする人へ1000円分のクーポンをプレゼントするキャンペーンを訴求する広告を配信したところ、比較のため広告を一切見せなかった会員と比べ、予約に至るコンバージョン率の上昇は約1割にとどまった。「当初希望するプランや時間帯が空いておらず予約に至らなかった可能性があるため、後で広告にて提案されても反応しなかった可能性が高い」と、マーケティング部の中澤伸也部長は分析する。
同社ではこうしたシナリオを50以上作って、試験的に10以上の広告キャンペーンを同時展開した。優良顧客か否か、性別、年代といった属性データなど、Webサイト上の行動以外の情報も加えて精度を高めている。
その費用対効果について中澤氏は、「経済性は今後見ていかないといけない」と語る。通常の広告であればメルマガ購読、ゴルフ場予約、商品購入を成果として、成果1件の獲得にかかった費用をCPA(顧客獲得単価)とする。しかし今回の取り組みでは、ゴルフ場予約サービスを「初めて利用する」など新たな成果目標を採用したCPAになるため、従来の指標とは単純に比べにくい。
ただ、自社サイト内にも効果的な広告配信ができることで、費用対効果は大きく向上するのではなかろうか。中澤氏はこう説明する。
「例えばメルマガの購読を勧める広告は、GDOサイト訪問者へ、(ページ上に浮かび上がるように表示して注目を集める)フローティングバナーを見せるのが有効だが、クーポン付きの広告を既にメルマガを購読している人に見せるのはマイナス印象になる。メルマガを購読していない人にサイト内外で広告配信することでそれを避けられ、無差別に広告を出稿するより出稿額の圧縮にもつながるはずだ」
効果的なシナリオ作りに課題
今後の課題は、新たな手法に対応した人材育成だ。中澤氏は「シナリオを描くのが難しく、経験を積まないとできない」と語る。今回の取り組みでは、ネット広告の担当者ではなく、会員データベースに精通したデータベースマーケティングの担当者と中澤氏がシナリオを作った。データ構造が分かっていないと、シナリオの肝となる条件設定がやりにくいからだ。
ただ、データベースマーケターでは広告のクリエーティブの制作面が弱いという。次回は広告担当者ともタッグを組ませてシナリオ作りに取り組む。今後はシナリオの中にメール配信も含めることを目指すが、その段階では「メール担当者が見るべきなのだろう」と中澤氏は考える。
もう1つの課題は技術的な面にある。シナリオ間の競合だ。広告配信対象のサイトに、シナリオの条件に一致したユーザーがアクセスすると、GDOが利用する広告枠買い付けシステム(DSP=デマンド・サイド・プラットフォーム)を通じて競売方式で広告表示の権利を購入する。ところが、GDOの複数のシナリオ間やクリテオとの間で同じユーザーに広告を配信しようと社内競合して、入札価格を上げてしまうこともある。「現時点での調整は難しい」(中澤氏)ため広告配信先を決めるDSPとブレインパッドのシステム連携強化などに期待がかかる。
プライバシー意識への配慮も
こうした精度の高いターゲティングが可能になるにつれて、課題になるのがプライバシーへの配慮だ。広告で最適な情報が提供されると心地よく感じられるが、あまりに追い回されている感じがすると不快な思いをするだろう。ターゲティングしていることなどを、受け手へ適切に情報開示するなどの配慮が重要になる。
こうした点について中澤氏は、「人によってとらえ方は違うと思う」とした上で、「プッシュ型の広告が何回も追いかけるとうるさいが、クリテオのような興味ある商品を推薦する広告が何回も出ても嫌な気持ちはしないはず。クリエーティブ次第だ」と答える。また、ターゲティングが嫌なユーザーはDSPのオプトアウト機能を利用して、自分の意思でターゲティングを中止できると指摘する。
また、GDOの会員データベースには、外部サイトでどの広告クリエーティブに接触したかの情報は取り込んでも、どのサイトに接触したかの情報は取り込まないという。ユーザーが意図しない形で、興味関心の情報を過度に収集しないように一定の配慮をする。
今年後半にかけて、顧客や会員データベースと連携した広告配信の仕組みは続々と登場する見込みだ。顧客との新たな関係作りにおけるノウハウの蓄積やルール作りへ向け、企業は取り組む準備をすべきだろう。GDOはその貴重な先例となる。