日経BP社が主催した「モバイル&ソーシャルExecutive 2013」午後の部は、ジーユーによる「スマホで来店促進、チラシやめても売上増加」、ソフトバンクモバイルによる「ソフトバンクのデータ至上主義:モバイル/ソーシャル積極投資の裏側」、タワーレコードによる「ビッグデータから見える『次の一手』、タワーレコードの顧客維持戦略」など、注目の講演が続いた。デジタルマーケティングの最先端施策を実現できる背景には、経営と密接に結びついたデータ分析や戦略性が隠れていた。

「意図的にO2O(オンラインtoオフライン)をやろうとしたのではなく、店舗集客につながるメディア戦略を考えた結果、それがO2Oだった」
午後最初の登壇となったファーストリテイリング子会社で若者をターゲットにしたファッションブランドを手がけるジーユーのダイレクト事業部の萩原将人氏は、同社がO2O戦略に取り組み始めたきっかけとこれまでの施策を紹介した。
同社は2012年10月、店舗集客のツールを折り込みチラシからデジタルメディアに試験的に切り替え、成果を上げた。内容はO2Oそのものだが、最初からO2Oを意識したわけではないと萩原氏は説明する。
「一般的なO2Oは、クーポンを使って店舗に集客したり、オンラインの顧客データを店舗サービスに反映したりといったフレームワークで語られる。しかしジーユーでは、そういった大きなフレームワークを描いて始めたのではない。あらゆるプロモーションの効果を最大化するために最適なメディアを使おうとした結果がO2Oだった」
ユニクロに似ているけど安価。確かにジーユーは、数年前に低価格ジーンズで話題になった。しかし、「安さだけでは長続きしない」との危機感から、ジーユーらしさを模索することになる。「ジーユーは、ユニクロのやんちゃでかわいい妹。ユニクロにできないことを挑戦するブランド」として、若者向けにファッション性を意識した商品を低価格で提供するという差異化方針を打ち出す。
壁になっていたのは、顧客とのコミュニケーションだった。ファッションブランドとして、20代女性と最適なメディアでコミュニケーションをするにはどうするか。その答えが、紙のチラシを止めてデジタルメディアを活用することだった。
「オンラインのお客様と積極的につながっていこうとしたとき、若者がいつも触れているメディアがスマートフォンだった」と萩原氏。ジーユーでは以前からメルマガ配信をしており、2011年11月時点で175万人の会員がいた。新規顧客へアプローチするために打ち出したのが、スマートフォンアプリの提供だった。
継続性ある顧客接点にアプリ活用
スマートフォン利用者をターゲットに設定したことで、アプリ提供とキャンペーンのラッシュが始まった。「ジーユーおしゃれメーカー」というアプリは、自分のクローゼットの写真からファッション診断テストができる。同時にセール情報も表示する。つまり、アプリをインストールすることが、メルマガ会員登録と同じ意味を持つ。「ジーユーのアプリだから」ではなく、まずファッション関連のアプリとして興味を持ってもらうことで、結果的にジーユーの存在や商品を知ってもらおうと考えた。
他にも、ジーユーのロゴをAR(拡張現実)マーカーとして使った「ARクーポン宝探し」や「モンスタークーポン」、加速度センサーを使ってスマートフォンを振るとクーポンが当たる「シェイククーポン」といったスマートフォン向けアプリを使ったキャンペーンを実施した。位置情報を使って特定店舗の周辺にいる人にイベント告知を送り、店舗に誘導するといった試みもしている。
同社のアプリの中核となる「ジーユーアプリ」は「顧客との継続的なコミュニケーション」を目的に設計されており、一般的なアプリとは異なる特性を持つという。
「一般的にアプリは、ゲーム系、ツール系、クーポン系の3つに大別できる。しかし、ジーユーアプリはそのどれでもない。ジーユーのブランドを体験する『きっかけ』をつかんでもらうための、継続的な販促のプラットフォームと位置づけている。キャンペーンを頻繁に企画しているが、それによって『ジーユーアプリを入れていたら何かが起こる』と期待してもらうことが狙い」と萩原氏は説明した。
アプリだけでなく、Facebook、Twitter、mixi、LINEといったソーシャルメディアも積極的に活用している。東京の銀座店のオープン時に実施したキャンペーンでは、ソーシャルメディアの伝播力の強さを実感したという。また、LINE公式アカウントの登録者は約150万人おり、メールマガジンとアプリとともにモバイル会員と位置づける。今年2月時点で、アプリの総ダウンロード数は約180万件、モバイル会員の合計は650万人ほどに達している。
特に店舗と連携した位置情報の活用に、萩原氏は可能性を感じているという。ただ、O2Oや技術が目的になってはいけないとも指摘する。顧客は、技術を体験したいのではなく、面白さ、驚き、感動の共有を望んでいる。ジーユーのアプリでも、あえて技術の名前は出さずに分かりやすい名称にしているという。
萩原氏は、「重要なことは、どのメディアを使えばプロモーション効果を最大化できるかということ。デジタルの方が費用対効果を高められるから選択しただけ。この先、O2Oではなく別の手法が出てくる可能性もある。アプローチしたいお客様がどういうメディアに接触しているか。そこにどういうメッセージを流せるかを考えることが大切」と、O2Oの心構えともいえる言葉で講演を締めくくった。
ソフトバンクがデジタルに積極投資できる訳
「ソフトバンクは何をやっている会社だと思いますか? ちなみに社長の孫正義が目立っているので、講演はめったにしない会社です」
ソフトバンクグループ全体のWebサイト、およびソーシャルメディアの統括業務に従事する、ソフトバンクモバイルのマーケティング本部Webコミュニケーション部部長の高橋宏祐氏の講演は、そんなユニークな問いかけで始まった。
ソフトバンクは白戸家のテレビCMやiPhoneのイメージに代表される通信会社というだけでなく、ヤフーをはじめ、海外にも数多くのグループ会社を持つインターネットカンパニーだ。一方で米スプリント・ネクステルを買収して通信業界でも1位を目指している。同社のマーケティングでは、そうしたグループ全体像を描くことが重要だ。
「常々、孫(社長)は言っている。1位にならなければ意味がない。1位以外は敗者だと。それは社内でも社外でも変わらない。徹底している」
1位を目指すためには、CMなどのクリエーティブに加えて、もう1つ重要なものがあるという。
「それがソフトバンクのサイエンス。ウェブの世界は価値を描きづらいが、当社ではすべてデータをもとに経営陣とやるやらないを決めている。つまりROI(投下資本利益率)をどう出すか」と高橋氏。
同氏は最初に公式サイトを改善した事例で説明した。
ソフトバンク独自の調査によると、ユーザーが携帯電話会社を選択する上でテレビCMの次に見ているのが、ホームページであり、大きな影響を与えているという。テレビCMを見て好感度が上がり、ホームページでサービスを確認して来店へとつながる。同社は定期的に、そして頻繁に公式ホームページの満足度を調査している。質問はシンプル。満足しているか。回答はYESかNOだけ。その指標から競合との関係を注視しているのだ。
ホームページをどう改善しているのか。詳細は明らかにされなかったが、調査でホームページの訪問目的を尋ねると、その目的は上位3つに集約されるという。その3つの情報を見るために、多くのユーザーはホームページを訪れるのだ。そうした満足度や利用者動向などの調査から改善すべき施策を定めて実行に移す。
高橋氏は続ける。
「重要なのは、事前評価と事後評価を徹底すること。ホームページの評価を数値化できるのかと聞かれることがあるが、すべて数値で表す。事前も事後もきっちりやれば出る。なんとなく良さそうだからやりたいでは、絶対に通用しない」
デジタルマーケティング施策の予算を獲得するために経営陣を説得するにはデータが重要だと説く。その一方で、こうも語る。
「役員にビッグデータのすべてを見せても伝わらない。例えば改善項目に対する施策をA、B、Cの3つ用意し、施策対象となる機能の利用率、改善を実施することによる満足度の改善見込み、そしてコスト削減効果の見込みの3つに絞って提示する」
大量のデータを分析した上で、経営陣にはシンプルな数字にして見せる。「こういうことを日々やっている」と高橋氏は明かした。
LINEはロケット並みに強力
ソーシャルメディア活用においても、数字を基に投資を判断している。
例えばLINEには、昨年12月25日に公式アカウントを開設。今年の1月22日に初めてスタンプ配布を開始した。孫社長がTwitterでつぶやいたこともあり、あっという間にファンが1カ月で340万人も増えた。
LINEは初期投資にそれなりの予算を必要とするが、事前評価したところ投資以上のリターンが見込めた。LINEの登録ユーザー数は、全世界で約1億人、国内で4000万人から5000万人であり、そのうちの何%が顧客になってくれるのかを想定。過去の経験からメッセージの開封率などを推定し、最悪の場合と最高の場合の新規契約数を割り出している。同社は最悪のケースでもLINEは採算が取れるとみている。それが投資の決め手となった。
今年2月に実施した「お父さん学習帳」プレゼントキャンペーンでは、とても大きな反響が起きたという。これは白戸家のお父さんの写真が表紙になった学習帳をプレゼントするものだ。LINEなどを通じて告知した。
「午前11時くらいに(LINEで)メッセージを出して、そこから店舗へ来客がひっきりなし。その日のお客さんの約8割がLINEを見て来店していた。店への来客効果はもちろん、メッセージにリンクしたホームページが普段の数十倍の立ち上がりで、サーバーが落ちそうになるくらい。そういう意味では、事前にしっかり準備をしていないと、けがをする」
高橋氏はLINEを「ロケット並みに強力なメルマガ」と例え、そのパワーを強調して最後にこうまとめた。
「ソフトバンクは、社長がガーンと決めて、バーンとやって、みたいなイメージかもしれませんが、実はそれだけじゃない。お客さまを見て、声を聞いて、ファクトがすべて、データがすべて。それで経営陣と話している。大胆かつ繊細に。そんなことも知ってもらえたらうれしいですね」
「弱者の戦略でどう戦っていくか」を極めるタワーレコード
「NO MUSIC, NO LIFE.」
おなじみのキャッチフレーズ、その心とは、「『音楽を活用した豊かな生活スタイルの提案を』、それが全活動を通して目指していく我々のビジョンです」と、タワーレコードのEC(電子商取引)事業である「タワーレコードオンライン」を統括するオンライン事業本部本部長兼マーケティング企画・推進部部長の前田徹哉氏はそう話す。
1990年代の後半以降、音楽CDの売り上げは減少の一途をたどった。そうした状況下でタワーレコードオンラインは、2011年度(2月決算)の売り上げは前年度比46%増、2012年度は同80%増を達成。2013年度はさらに同27%増を目指すという。
それらを実現するタワーレコードの顧客維持戦略とはどういったものなのか。主な取り組みの1つが、CRM(顧客関係管理)をベースとした業務革新だ。まず昨年10月にサイト刷新を実施した。アンケートによると、情報を詰め込んだ体裁のトップページには、「分かりにくい」、「ECの“におい”がしない」という声が寄せられていた。そこで売り場らしい“顔つき”に変更したという。その上での同社の戦略を前田氏はこう説明する。
「強力な競合が存在するマーケットにおいて自社の立ち位置を冷静に分析し、我々としては弱者の戦略でどう戦っていくか。弱者、差別化、局地型、得意技を意識し、当社の強みを打ち出していく」
同社は顧客を購買行動などに基づいた「9つのセグメント」と、購買金額などに基づいた「4つのステータス」に分類。その組み合わせできめ細かなマーケティングを実施している。
まず性別、年齢や、どういうジャンル(Jポップ、ロックポップス、クラシックなど)を、どういうフォーマット(CD、DVD、ブルーレイなど)で、どのタイミングに(チャートが好き、流行にとらわれないなど)、といった情報などを盛り込んで分析して、9つのセグメントを設定している。
一方のステータスは、購入金額と期間を組み合わせた軸だ。「Monetary(過去365日の購入金額)」と「Recency(直近購入時期からの経過時間)」の2つの軸を重点的に活用。年間3万2000円以上購入する最優良顧客をSランクとし、以下A~Cの計4段階に設定した。
「Sのままでいてくれる人、SからAへランクダウンする人など、顧客はステータスが移動している。商品勘定の視点だけでは、そこが見えてこないということに気づいた」と前田氏。顧客情報を分析した結果、2011年末時点で、約半分がランクダウン、または離反で消滅していることが判明。2010年度の全体の売上高の半分が、そうした機会損失によって消えていたのだ。「見えていなかっただけで、非常に危険な状態だった」と前田氏は振り返る。
一方で分かったのが顧客の上位集中の実態。上位30%の顧客で8割の売上高が構成されているという事実も見えてきた。目指すは、Sランクを維持し、育成し、新規も獲得していこうというものだ。そのため、残り2割の売り上げはフォロワー層によるものと割り切り、上位30%の顧客に8割以上の力を投じて、売り上げの向上を目指していく。
そこで昨年9月にキャンペーンマネージメントツール「IBM Campaign」を導入した。これは顧客情報や商品情報、ECシステムなど分散したデータベースを統合し、メール配信システムと連携させるものだ。前田氏はその活用法をこう説明する。
「購買行動のない期間がある一定を超えると離反率がぐっと上がることが分かってきた。一定期間以上、顧客を眠らせないことが大切。アクティブ化してもらうために、まずべーシックなお誕生日クーポンメールや(購買時などにお礼として送る)サンクスクーポンメールといったメールの配信を開始した」
IBMの事前調査ではクーポンを利用する率は約1%と見込んでいた。ところが実際は、過去1年間で1回以上の購買実績のあるアクティブユーザーではクーポン使用率が10%強、1年間で購買実績のないノンアクティブユーザーでも使用率は1%。サンクスクーポンは使用率4%を達成。この2施策だけで、投資金額と同等の利益を1年で創出する見込みという。
「2013年度は、離反とランクダウンの抑止、ランクアップ(による顧客育成)を重点課題とし、新たな施策に取り組んでいく。なぜ離反したのか? なぜアップしたのか? たくさんの仮説を構築しながら解決のシナリオを描いていく。例えば、1000円の商品を売るのに20円値引きするのか、20円分のポイントをつけるのがいいか、それもセグメントによって最適な策があることが分かってきた」
前田氏は最後にこんな気になる展望で講演を締めた。
「タワーレコードはCD、DVDといったパッケージを売っている会社で、厳しい市場において奇跡的にシェアを拡大している。しかし、それだけしかやってはいけないというルールはない。並行してデジタル的なもの、エンターテイメントなど、新しい市場に向けてイノベーションを生み出していく必要はあると思っています」