エンゲージメント率で1カ月の平均が5%――。日清食品ホールディングスでは、この数値をKPI(重要業績評価指標)と設定し、主力商品である「カップヌードル」のFacebookページを運用している。エンゲージメント率は、Facebookページを運営する企業からの投稿への「いいね!」数と「コメント」数を基に算出され、活性化の度合いを測る指標の1つだ。

3月3日のひな祭りに関する投稿には、2万件超のいいね!、220件超のコメント、1100件超のシェアがついた。ファン数は現在約20万のため、エンゲージメント率は約10%となる。20万というファン数の規模のFacebookページの中では比較的高い水準だ。
ファン数が増えれば、そこに集まるファンの“濃度”は薄まる。多くのファンの関心を引きつけながら、高いエンゲージメント率を維持することは、二律背反ともいえる。その壁を乗り越えて、日清食品では目標を現実のものとし運営は軌道に乗りつつある。
ただ、最初から順風満帆というわけではなかった。カップヌードルのFacebookページを立ち上げた当初には、大きな挫折も味わった。
AKB48起用でもファンは増えなかった
「こんな記事、誰も読みたくない」
日清食品ホールディングスの安藤徳隆専務から、ソーシャルメディアの担当者は、こう檄を飛ばされたことがある。安藤氏の言う「記事」とはカップヌードルのFacebookページへの投稿内容のことだ。昨春の出来事である。経営戦略本部の米山慎一郎課長は、カップヌードルのFacebookページ運営開始から数カ月間を「辛い期間だった」と振り返る。
同社がカップヌードルのFacebookページを開設したのは昨年3月のこと。きっかけは、アイドルグループのAKB48を起用したプロモーション「REAL」だ。10年後、20年後もカップヌードルが強いブランドであり続けるために、若年層を戦略的にターゲットとして捉えて、ブランディング施策を実施する。REALにはこんな狙いがあった。
テレビCMなどのマス広告、ブランドサイト、そしてソーシャルメディアなどを横断的に使い、消費者の心の中でのカップヌードルのシェアを高めていき購買につなげる。意外に思われるかもしれないが、それまで日清食品ではソーシャルメディアをキャンペーンなどで短期的に使うことはあっても、常設のアカウントを活用した情報発信はしてこなかった。カップヌードルのFacebookページは、日清食品にとって初めてのソーシャルメディア上の常設アカウントとなった。
「カップヌードルという強いブランド、AKB48という強いコンテンツ。これらがそろえば、Facebookページでもあっという間にファン数が増えるはず」。開設前の米山氏の楽観は、次第に悲観に変わっていった。AKB48のメンバーをFacebookページに登場させたが、ファンも増えなければ、エンゲージメント率も高まらない。「鳴かず飛ばずの状態だった」(米山氏)。幹部も苛立ちを募らせ始めた。
「チキンラーメン」の担当者も苛立っている。カップヌードルの成功を待ってチキンラーメンのFacebookページも始める予定だったが、“先輩”の不調を理由にゴーサインが出ないからだ。
こうした事態に陥った理由は明快、目的が明確でなかった。「(社命として)言われるがままスタートした。Facebookで何を実現したいのか。ファンをたくさん集めるのか、エンゲージメントを高めるのか、それすらはっきりしないまま運用する状態が続いた」(経営戦略本部宣伝統括部の安武雅之係長)。
忘れていたカップヌードルらしさ
投稿内容も定まらない。開始当初は、とりあえずREALに関連した投稿をする傍ら、過去に発売した商品を紹介したり、カップヌードル誕生にまつわる投稿をしたりするものの、「カップヌードルを懐かしむ人にしか響かなかった」(安武氏)。また、「ソーシャルメディアを意識するあまり、へりくだりすぎてしまった」のも、エンゲージメントの低下につながったと米山氏は分析する。
原始人をコミカルに描いたテレビCM「hungry?」シリーズ、有名漫画家の大友克洋氏のアニメを起用した「FREEDOM-PROJECT」。日清食品ではこうした挑戦的な広告展開で、カップヌードル主導で消費者を楽しませることを目指してきた。必ずしも顧客主導ではない。それがカップヌードルらしさ。
ところがソーシャルメディアでは、顧客目線を意識しすぎたことで、チグハグさが出た。「今までカップヌードルは顧客目線に合わせてこなかった。無理に合わせようとして、かえってブランド毀損にもつながる可能性があった」(管理本部広報部の松尾知直課長)。
これらの反省点を踏まえ、日清食品におけるソーシャルメディアの基本戦略を見直し、カップヌードルのFacebookページを再生する。この目的の下、広報部、宣伝統括部、マーケティング部などを横断する8人のソーシャルメディア戦略チームが結成された。
戦略チームがまず取り組んだのがゴールの設定だった。ファン数20万人の達成を目指しながら、関心を持ってもらえる投稿を増やし、エンゲージメント率を5%まで引き上げる。これを最初の目標に運用することを決めた。
それに基づき運用方針も改めた。必要以上の顧客目線は捨てる。カップヌードルらしさに立ち戻り、日清食品が作るコンテンツで面白さ、新しい発見を伝えていく。そんな方針を打ち立てた。

昨年7月17日から、この新しい運用方針に基づく運用へ移行した。最初の投稿は、「シーフードヌードル」のカップの中に、砂浜を合成した画像だ。この投稿には3505件のいいね!と、81件のコメントがついた。それまでは、コメントは多くても20件程度。ファンの心をつかんだ瞬間だった。
戦略チームは、この画像の投稿前に安藤専務に報告したところ、「いきなり、(投稿内容を)変えるね」との前置きの後、「こういうのを、やっていこうよ」と励ましを受けたという。カップヌードルが消費者に新しい価値を提供したように、広告でも新しい価値を生み出していく。テレビからソーシャルメディアへと宣伝の“場”が変わっても、そうした意識を持って取り組むべきだと考えていたのだろう。
効果検証にも取り組み始めた。例えば、投稿がどんな層から評判がいいのかといった分析だ。安武氏は「商品に対する思い入れが強いのは30代以降。カップヌードルそのものを紹介するコンテンツはいいね!が多くても、ひもといていくと、実は若者は少ない」と説明する。一方、ハロウィーンなどのイベントに関連づけて、商品をさりげなく紹介するコンテンツなどは、若者から反応がいいという。
現在はファン全員を対象としたコンテンツを6割、若年層向けが2割、新商品の情報など広報的なコンテンツが2割という比率で投稿している。こうして、PDCA(計画、実行、評価、改善)回すことで、エンゲージメント率を高めていった。米山氏は言う。「ソーシャルメディア戦略という土台はできた。今年からは、さらに様々な策に挑戦していく」。例えば今年からは、流通と組むなどして、より売りにつながる施策にも取り組んでいく考えだ。また、ブランドへの好意度や想起率など、ソーシャルメディアが消費者の態度変容に与えた影響なども調査を実施して、分析していく方針だ。
記事掲載当初、「ファン全員を対象としたコンテンツ」の比率が間違っておりました。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。[20113/03/11 21:00]