俳優の役所広司さんがヒーロー「ダイワマン」に扮するものや、おしゃれな喫茶店に歴代仮面ライダーが勢ぞろいするものなど、インパクトの強いテレビCMで企業ブランドの認知を拡大させた大和ハウス工業。同社の宣伝戦略を統括する取締役常務執行役員の山本誠氏が、日経BP社主催のイベント「モバイル&ソーシャル Executive 2013」で、宣伝やコーポレートコミュニケーションの考え方について語った。

山本氏は、宣伝部門の役割は「企業のメッセージを社外だけでなく社内にも伝えること」と説き、良いコミュニケーションを行うには、宣伝部門のスタッフが、経営理念から営業現場までつぶさに把握しておく必要があると会場に語りかけた。
宣伝部門の社員にとって大切なのは、企業理念や経営戦略、販売戦略など全社が向かう方向性から、商品、営業などの現場まで、すべてをしっかり勉強して理解すること。その上で、オリエンテーションを通じて外部のクリエイターやWeb制作会社などに「伝える力」が重要だと山本氏は話す。
宣伝部門は失敗が許されない
宣伝部門のスタッフが勉強不足でそれができないと、せっかく提案してもらった内容が経営方針そのものと反していて、会社のトップの稟議を通らなかったり、出した宣伝が会社の方向性とずれたり…という事態を招きかねない。
宣伝部門は「失敗が許されない」部署でもある。営業部門と違い、自ら利益を上げることができないからだ。だからこそ、会社の方向性をしっかりと理解し、間違いのない宣伝を作る必要がある。
広告媒体はもちろんテレビだけではない。「テレビは見て知っていただく、ラジオは聞いて知っていただくメディア、新聞や雑誌は、知ったことを確認していただくメディア、Webはもっと勉強していただき、興味を持っていただき、行動していただくメディアだろう」と山本氏は分析。Webの重要性が増していくと語る。
「投資」としての宣伝を
ダイワマンなどのCMで認知を高めた同社。社員から、「会社はもう認知されただろうから、事業についてのCMをもっとやってくれ」と言われることも少なくない。ただ山本氏は、認知度はまだまだだと考えている。
「小学生やおじいちゃん、おばあちゃんにも、ダイワハウスを認知してもらうことで、初めて認知度が上がったと言える。役所広司さんがダイワハウチュと言い間違えるCMを放映した際、「ある役員が領収書をもらうとき、店員に『ダイワハウチュでいいんですか?』と言われたと喜んでいた。社員が喜び、社員の家族が支持してくれるCMが大事だ」と山本氏は語った。
山本氏が意識しているのは、短期的な販売促進のための宣伝戦略も、もちろん重要だが、5年後、10年後という長期的視野に立ったブランドコミュニケーションが将来を考える上では、より重要である、ということだ。戸建て住宅やマンション、リゾートホテルの建造といった同社の事業は、「CMや新聞広告を見たからといって販売量が伸びるものではない」。それゆえ、短期的な「経費」としての宣伝ではなく、企業の認知度とイメージを高める「投資」としての宣伝が重要になってくる。
「目先にとらわれないマーケティングや広告の重要性を経営トップに分かってもらい、投資と経費を分けて考えなくてはならない」と山本氏は指摘する。
宣伝は、会社のメッセージを社内外に伝える媒体
宣伝を担当する前は、カスタマーサポート部門の責任者だったという山本氏。顧客からのクレームで最も多かったのは、現場のスタッフが約束を守らなかったり、何気ない言動が顧客を傷つけるといったヒューマンエラーだったという。
そのたびに役員や支店長は「顧客第一を徹底しよう」と現場に呼びかけるが、現場社員の意識を変えるのは簡単ではない。だが、テレビCMなどマス広告を通じて会社が顧客に発しているメッセージを改めて知ることは、社員が意識を変えるきっかけにもなるという。
さらに、CM見た友人や家族から、「お前の会社のCM、面白かったよ」「つまらなかったよ」と反応をもらったり、子どもから、「パパの会社をテレビで見た」と言われたりすれば、自分がそのように見られている会社の社員なんだという意識もより強くなってくる。それによって、「会社を好きになろう」「仕事にもっと誇りを持とう」など、受け身だった社員が前向きな姿勢に変わっていくはず、と山本氏。会社を好きになり、仕事に対して前向きになることで、顧客へのサービスそのものが変化していくと指摘して、講演を締めくくった。
モバイルは「不可避」、ソーシャルは「ないと困るかも」

続いて登壇したのは、日本写真印刷の情報コミュニケーション事業部新規ソリューショングループ、チーフディレクターの岡部謙介氏である。モバイルやソーシャル、ビッグデータといったキーワードは、デジタルマーケティングを考えるに当たって欠かせないものになっている。ただ、どれを重視し、限られた予算と人員をどう投入するかの判断は難しい。岡部氏は、各戦略の重みづけをし、創業1年半で1億5000万ドルを売り上げた米国「Fab.」の成功事例を紹介した。
2017年までに、企業のマーケティング部門を統括するCMO(最高マーケティング責任者)の方が、情報システム部門を統括するCIO(最高情報責任者)よりも大きなIT予算を持つようになるとした米ガートナーの予想を紹介し、「顧客に近いところで投資が必要な時代だ」と岡部氏は指摘する。
一口に「IT」といってもその範囲は幅広く、新しいサービスやツールが続々と登場する今、マーケティング部門はどの分野に注力すべきか。岡部氏は、「企業の前提条件やステージによって異なる」と前置きしつつも、モバイル対応は「マスト」、ソーシャルは「ないと困るかも」、ビッグデータは「あるとうれしい」と位置づける。
日本の若年層の間ではテレビや新聞といった旧来メディアの重要性が下がり、ネットメディアの重要性が上昇。スマートフォンでEC(電子商取引)サイトを利用する人も増えているため、「モバイル対応は、若年層とコミュニケーションしたり、購買につなげたりするためのタッチポイントとして不可避」と岡部氏は説く。
次に重要なのがソーシャルメディアだ。低コストで運用でき、情報をスピーディに個人に届けられる媒体。岡部氏は活用事例として、資生堂の化粧品ブランド「マジョリカ マジョルカ」のキャンペーンを紹介する。
このブランド単体でFacebookページ、Twitterアカウント、mixiページ、Pinterstを運用し、ファンの支持を得ている。今年1月、Facebookとmixi、Twitterで、マスカラ1000個プレゼントキャンペーンを実施したところ、1週間で4万人の応募があった。期間中にSNSのフォロワー・ファン数は約3割増え、合計で10万人を超えたという。
「普段からエンゲージメントの高いブランドでプレゼントキャンペーンを行うと、本当に欲しい人が言及してくれて、ネットでバズが生まれる。ストック型のファンを獲得でき、極めて継続的なリーチが低コストで可能になる」と岡部氏は語る。
一方、ビッグデータやO2Oの優先度は低いという。ビッグデータは、「分析できるデータが既にある企業は生かせばいいが、データがたまっていないと意味がない」ため。O2Oは、スマートフォンのクーポンを店頭で商品と引き替えるなど店頭での作業が必要で、店員のトレーニングがいる。「O2Oは流通チャネルのコントロールが効いて初めて活用できるが、それが可能な企業は限られている」とした。
創業1年半で1億5000万ドルを売り上げる「Fab.」
モバイルやソーシャルを売り上げに直結させている実例として岡部氏が挙げたのが、デザイン性が高い商品を販売する米国のサイト「Fab.」だ。
米アマゾン・ドット・コムで扱っていないデザイン性の高い商品を、期間限定で販売するサービスで、2011年にスタート。会員数は1100万人、年間売上高は1億5000万ドルに上ると言われている。ログインした人の8%が実際に商品を購入し、一度購入した人の67%が繰り返し購入。12月のホリデーシーズンには、1日の売上高が100万ドルを超えたという記録を打ち立てている。
オープン直後にiOSとAndroid用アプリをリリースしており、iPadを含むモバイルからの売り上げは30~40%に上るという。TwitterやFacebookによる拡散機能も備え、新規会員の50%はソーシャルメディア経由。モバイルとソーシャルを存分に生かして成功したサービスといえる。
ITへの対応スピードで差異化を
ITを使ったマーケティングは、技術やトレンドの変化が激しいため、「じっくり調べる前に始めてみよう」と岡部氏は呼びかける。特にECの世界では、アマゾンや楽天といった巨大企業がサービスの利便性や低価格を争っており、新規参入組が同じ土俵で勝負するのは困難。そういった企業と差異化するためにも、「スピードが鍵になる」という。
「大きくて強い者が生き残るのではなく、変化に対応する者が生き残れる」というダーウィンの言葉を引き合いに、資金力やブランドのない企業こそITの新しいトレンドをスピーディに試し、ノウハウをためていくべきだと岡部氏は指摘している。