「MR(医薬情報担当者)による医師への接待の制限は、医療機器メーカーにも影響を及ぼしていますよ」

 ある医療機器メーカーの従業員はこう明かす。昨年4月から、MRによる医師への接待に規制がかかった。あくまで、製薬業界の自主規制によるものだが、その一方で医療機器メーカーが、ここぞとばかりに接待を仕掛ける、というわけにはいかない。

 多忙な医師の面会を取りつけるのは、ますます難しくなっている。そこで、注目を集めているのがデジタルマーケティングの活用だ。“空中戦”とも言えるこうした施策なら、その都度面会時間をもらわなくても、メールやWebサイトを通じて、医師に直接情報を届けられる可能性がある。接待とも無縁だ。

 デジタルを活用したCRM(顧客関係管理)の強化を進めている1社が、眼科医向けの医療機器の製造販売を手がけるニデック(愛知県蒲郡市)だ。同社は、CRMを目的とした眼科医専門の会員制コミュニティサイト「Ophthalmo@Caf(オフサルモカフェ)」を運営してきた。昨年10月には、その運営主体を医療事業企画室から、医療営業部へ移している。そこに同社の戦略をかいま見ることができる。

CRMサイトを軸に会員への情報提供と営業支援

 「医療営業部という、実際の売り上げを稼ぐ部署の中枢にデジタルが入り込んで営業を支援することで、相乗効果を生み出したかった」。運営母体を移した理由を、医療営業部営業企画チームの加藤弘一主任はこう説明する。

 もっともこのCRMサイト、開設当初から社内で評価されてきたわけではない。6年を経たいま、ようやく営業ツールとして社内でも認知されるようになったという。このCRMサイトが開設されたのは2006年のこと。営業、製品と保守サービス、そしてCRMサイトで、顧客である眼科医を360度サポートする。こうした戦略の下の開設だった。

 従来は、営業担当者による訪問と医療機器の保守サービスだけが、眼科医との接点だった。同社では全国12カ所に営業拠点を持っているが、それでも営業担当者の数に限りはある。拠点と拠点、営業と保守サービスの隙間をCRMサイトでつなぐ。そんな役割を担う。なお、CRMサイトは医師以外は利用できない。入会するには、医籍登録番号を必須にするなど、厳密な審査を経る仕組みとしている。

眼科医の11%が登録という実績

 サイト内では営業色をなるべく薄めるため、自社の製品情報はできるだけ抑えて、眼科医に役立つ情報の提供を心がけているという。「製品に関する情報を前面に出すと、医師に敬遠されてしまう恐れがあった」(加藤氏)。そのため例えば、学会情報や学術情報、また医療機関のコンサルティング会社による医業経営のコラムなどを主に掲載している。

 また、会員同士が写真を投稿し合って、症例などについて意見を交換できる掲示板機能も持つ。会員は、意見交換したい医師だけを登録して、ほかの会員への公開を制限した掲示板を開設することもできる。会員へのアンケートも実施可能だ。診療方針や経営の悩みなどについて、ほかの会員に聞くことができる。こうしたすべての機能を利用するのに、一切費用はかからない。そのほか、製品保守サービスの割引や学会開催時には近隣のホテルを優待的に使えるサービスなど、会員限定の特典も用意している。

 しかし、開設当初の社内の反応はやや冷ややかなものだった。「そんなサイト、効果があるの?」。そんな風に見られていたと加藤氏は振り返る。実際、サイトの利用者も思うように増えていかなかった。

CRMサイト「Ophthalmo@Caf」のトップページ

 社内での反応は薄くとも、決して非協力的というわけでもなかった。加藤氏は辛抱強く、営業担当者の協力を得ながら営業活動の傍らで医師にCRMサイトを案内してもらったり、学会に展示したブースで告知したりしてきた。地道な活動が実を結び徐々に会員は増え、現在の会員数は全国の眼科医のうち約11%に当たる1500人程度まで増えた。

 会員の増加とともに、サイトの活性化も進んできた。「ここ数年で利用頻度が急伸してきた。ようやく時代が追いついてきたという感触」。加藤氏はそう感じている。営業活動への貢献にもつながるようになってきた。

見込み客のニーズ醸成にも効果

 例えば、ニデックでは「日本眼科学会総会」などで、著名な教授などを招いたセミナーを企画、開催している。同社はサービスとして、このセミナーに参加できなかった医師向けにパソコン向けのCDにして、CRMサイトの参加者に無料配布している。このCDへの申し込み件数は以前は年間で70件程度にとどまっていた。ところが、「最近は1回のイベントで40~50件の問い合わせがくる」(加藤氏)ようになってきた。

 さらに動画を見た医師から、「セミナーの中で紹介していた製品について詳しく説明してほしい」という、営業につながる問い合わせも増えつつある。問い合わせの中には、これまでニデック製品を採用していなかった医師も含まれるという。

 CRMサイトは眼科医であれば、誰でも登録できる。学会などで眼科医同士の会話の中でサイトを知った人が、ニデックの製品を導入していなくてもサイト登録することもあるだろう。こうした新規会員は、重要な見込み顧客となる。

 同社の製品は大半が数百万円と高額だ。製品の存在を知ったからといって、すぐに導入を決めるケースはほとんどないだろう。既存顧客以外の医師にもCRMサイトを通じて定期的に情報を届けることで、ニーズを顕在化させていき、問い合わせにつなげるリードナーチャリングのツールとしても役立っているようだ。

 また、以前から会員に対してメールで保守サービスの案内を定期的に実施してきたが、実際のところ反応は薄かった。ところが、ここ1年で保守サービスの申し込みにつながるようなケースも増えてきているという。こうした成果を毎月の社内の営業会議で報告し続けたことで、社内で評価されて、営業部に移管されることとなったというわけだ。

 営業部という、売り上げに直結する部署に移管されたことで、CRMサイトの運営予算もより厚くなったという。「社内では、社長を含めデジタル活用を積極的に進めようという機運が高まっている。CRMサイトを充実させて一層CRMを強化していきたい」と加藤氏は語る。

 今後のテーマはワン・トゥ・ワンだ。CRMサイトを進化させて、より医師に身近な存在となることを目指す。加藤氏はまだ詳細については明かせないとしたが、まずは医師が手元で情報を取得できるように、スマートフォンやタブレット端末への対応を進める方針だ。

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