BtoB(企業間取引)系企業のソーシャルメディア活用といえば、あまりファン数が伸びず苦戦するケースも少なくない。ところが、大証2部上場の自動車整備用工具メーカーの京都機械工具(KTC)は、Facebookページを昨年10月に開設し、当初半年後の目標に置いたファン数3000人を、開始から10日間あまりで突破。今では1万4000人を超えるに至った。投稿1つに対し1000件を超える「いいね!」が寄せられることもあるほど、エンゲージメント率も高い。一体何が起きているのだろうか。

国内の自動車関連市場の大きな伸びが期待できない今、KTCが開拓に期待をかけるのが個人需要だ。自転車やラジコンカーなどの趣味の世界では、はまればそれだけ道具にこだわりを持つようになり、それを整備する高度な工具の需要も高まる。また、経費削減などの影響もあって、自動車の整備工の人が仕事で使う工具を個人で購入することも増えているという。
用途が趣味でも業務でも、商品選定に個人の嗜好(しこう)が反映されるなら、KTCとしては卸や取扱店を通じたアプローチだけでなく、最終利用者へと直接接触するブランディング活動を重視する必要があると考えた。その役割を、同社はFacebookに託すことにした。
「ハブ」の役割を期待
実のところ同社は、Facebook以外にもネット絡みで様々な施策を展開している。自動車が特に好きな層に向けた独自SNS「となりのガレージ」を運営し、会員制の「KTCファンクラブ」では会報誌のWebサイト版も昨年10月にオープンした。KTCのロゴ入りグッズなどを扱う自社通販サイトも展開する。
そうしたサイトへの誘導は、自社サイトにバナーを貼るなどしてきたが、マーケティング本部営業企画部の重田和麻部長は、「そこには、ある程度の限界を感じていた」と明かす。各施策をもっと連動させて、相乗効果を高めたい。重田氏は「それにはハブになれるFacebookの活用がピッタリだと考えた」(同氏)。
そこで、Facebookページには幅広い層が関心を持つようなコンテンツを掲載して、ファンクラブや通販サイトへ誘導することを目指した。
昨年10月7日にFacebookページはオープン。「やる以上、垂直立ち上げを目指そう」(重田氏)と意気込み、オープン直後からイタリヤブランドの自転車やデザイナーズ家具、KTCの工具が当たる2カ月間の懸賞キャンペーンを実施した。工具以外の賞品も用意して、KTC製品と親和性が高そうな幅広い層へのアピールを図った。すると、半年後に3000人という当初の目標を、10日間程度で達成してしまった。
昨年12月からもタミヤのラジコンカーやアウトドアグッズなどを賞品に懸賞キャンペーン第2弾を実施。こうして1月28日時点のファン数は1万4000人を超えた。
日々の運用においては、Facebookの運用支援を依頼したカレン(東京都新宿区)に効果測定などを任せて、KTCはコンテンツの制作に専念。営業企画部5人のメンバーが毎月、投稿メニュー表を作成している。投稿頻度の目安は週2~3回だ。
投稿方針は、KTCの地元である京都の情報や一般の人でも使う工具であるドライバーの正しい使い方など、柔らかめの情報を3分の1、一般の人が知らない社内案内など会社の情報が3分の1、そして残りを工具の専門的な情報とした。賞品目当てでファンになった人にもKTCへの興味を深めてもらおうと、バランスを取りつつも柔らかめの情報を重視した。
しかし、ページを開設して早々、重田氏は意外な反響に戸惑いを感じた。
「工具そのもの(の情報)に対する反応が良くて驚いた。逆に投稿内容が工具とかけ離れると反応が落ちるという状況だ」

例えば、ボルト、ナットを締めたり緩めたりする工具である「ソケット」を紹介する記事にも、500件ものいいね!が寄せられる。また、社員が乗る「フェアレディZ(S31)」を紹介した投稿には最高となる1100件以上のいいね!が寄せられた。投稿におけるいいね!とコメントの合計数をファン数で割ったエンゲージメント率の平均は3.73%と、同じファン数規模のページの平均を大きく上回る。
自動車の整備工の人はパソコン、Facebookから縁遠いと同社では考えていたが、実際にFacebookページに集まったのは同社を認知し、製品を利用し、KTCブランドに愛着を持つファンが多かったのだ。寄せられるコメントからもそれがうかがえる。
社内での反響も上々
まだ開始から3カ月程度であり、経営、事業上の直接的な効果は見えない。「もともとの狙いが(顧客ではなく一般層へのアピールという)遠回りなブランディングなので経営指標に直接影響することは期待していない」と重田氏は語る。ブランド力向上による間接的な売り上げ、株価、採用活動への貢献が狙いだ。
早くも効果を実感する面もある。「ウチの工場で働く従業員などが、顧客の生の声を聞くことはまずない。また、(工場勤務での汗を流す)会社の風呂は従業員には当たり前だが、それを紹介した記事への反響の大きさなどを、社内では楽しんでくれている」と、Facebookを通じて社内コミュニケーションが活性化していると重田氏は感じている。
今後もコンテンツの方針は維持しつつも、今のファンの中核である顧客層からその友人へとKTCの評判が広がるように、「見てシェアしたくなる記事作りを意識していきたい」と重田氏。同社はファンクラブの会報誌を2万6000部発行していることから、高いエンゲージメント率を維持しながら、当面は2万人を目標にファンを拡大していく。
今こそFacebook活用に好機
KTCのFacebookがこうして人気を集めたのは、同社が元々持っていたブランド力に加えて、懸賞キャンペーンや投稿内容といった戦術が当を得ていたのはもちろんだが、Facebook利用者を取り巻く環境の変化もあるだろう。
インプレスR&Dの「スマートフォン/ケータイ利用動向調査2013」によると、パソコンのネット利用者におけるスマートフォン利用率は2012年10月に39.9%に達し、1年前から17ポイント増加した。そして、スマートフォン利用者が最も利用するソーシャルメディアはFacebookで、その利用率は38.7%に達する。スマートフォンの普及により、Facebook利用者は日中からパソコンを使うようなホワイトカラーのビジネスパーソンだけでなく、KTCの顧客であるブルーカラーなど幅広い層へとすそ野が広がったと考えるのが自然だ。米フェイスブックの統計によると、アクティブ利用者は国内で1500万人を超えている。
そうした変化のさなか、KTCが競合に先駆けてFacebookページを開設したことで、他にない情報を求める利用者が多く集まったのは必然だろう。BtoB事業だから、顧客はパソコンをあまり使わないそうだから、中小企業だから…。そうしてソーシャルメデイア活用を先送りしてきた企業にとっては、今こそ参入のチャンスではなかろうか。KTCのFacebookページの活況から、そうした可能性が見えてくる。
京都機械工具の自社通販サイトでの取扱商品に「工具」とありましたが、正しくは「KTCのロゴ入りグッズなど」でした。本文は修正済みです。[2013/1/31 12:55]