昨年10月のことだが、「楽天市場」にある半袖Tシャツのカテゴリーの「ミュージック」週間ランキングに、「打楽器担当」と胸にプリントされた“奇妙”なTシャツが2週に渡って1位にランクインした。販売者は、愛知県豊橋市にある楽器店「シライミュージック」。それは、同店が動画共有サイトの「YouTube」や「Ustream」、「Twitter」などを駆使したデジタルマーケティングに取り組み、ファンを集めてきた成果と言えよう。

シライミュージックは楽天市場でのランキング入りをTwitterでファンに伝えた

 名古屋駅から電車を乗り継ぐこと約1時間半、全線単線の豊橋鉄道渥美線の南栄駅にシライミュージックはある。駅には自動改札機はなく、目の前に国道が走るが、車通りはそう多くはない。そんな辺地にありながらも、シライミュージックには地元客にとどまらず、関東や関西から客が足を運ぶ。 

 遠方から訪れる顧客の多くは、Twitterなどで同店を知った人たちのようだ。デジタルを活用した情報発信は、物理的な距離を問わず、広く楽器利用者にアピールできる可能性がある。シライミュージックでは、こうして店舗への集客や、ネット通販を展開するために出店している楽天市場での販売に結びつけている。

 シライミュージックでデジタルマーケティングを推進するシライ(愛知県豊橋市)の白井紀充専務は、「もしデジタルを活用していなかったら、今ごろ(経営は)もっと厳しい状況だったはず」と肝を冷やす。

 少子高齢化、若者の音楽離れ。厳しい経営環境に置かれながらも、シライミュージックでは「地元での売り上げの落ち込みを、ほかの地域からの集客やネット通販の売り上げで補完できている」(白井氏)という。

mixi経由で埼玉県から来店

 白井氏がデジタルの活用に可能性を感じ始めたのは2005年のこと。当時はSNS「mixi」が話題を集め始めていた時期である。白井氏も個人的に利用して、ドラムに関する情報を日記に書きつづっていた。そんな折、白井氏は知人のつてで東京で活動するあるバンドのドラムメンバーと知り合い、mixiで連絡を取り合うようになる。白井氏自身もドラマーということもあり意気投合、mixi上の日記のコメントを通じてドラムに関する情報を交換し始めた。

 このやり取りがそのバンドのファンの目に留まる。やがて、バンドメンバーに憧れる若者の間で白井氏が注目を集め、彼らは白井氏のページにも訪れるようになる。

 白井氏の日記に目を通せば、ドラムについて造詣が深いことは一目瞭然だ。その結果、まったく知らないmixi利用者から、mixi上でドラムに関する質問を受けるようになり、直接話を聞きたいからと、埼玉県からわざわざ店舗に訪れる人まで現れるようになった。

 「大手の楽器量販店は、効率化を進める上で専門知識が少なくても売れる手法を考える。その結果、詳しい話を誰に聞いていいか分からないような人が増えた。そこに手を差し伸ばしてあげれば、遠方だったとしても来店にもつながることを知った」と白井氏。それは、ドラムのような専門性の高い分野だったことも一因と考えられそうだ。

 そんな実感を持っていた白井氏は、mixiとは異なり、商用利用も可能なTwitterやYouTubeが登場すると、すぐに活用を始めた。

ネットでドラムセットが売れる

 YouTubeを活用したきっかけは、ドラムの消音セットをシライミュージックのオリジナル商品として開発したことだった。ドラムをたたけば大きな音が鳴る。だから自宅では練習用にゴム製のセットを使うドラマーは少なくない。ただ、たたき心地は本物のドラムとはやはり異なる。

 そこで、白井氏はドラム用の消音セットの開発を思い立つ。「メーカーが作る消音セットは、相対的には効果の低いものが多い。ただ、セットのうち個々で見れば効果が高いものがある」と白井氏は説明する。その効果の高いものだけを、色々なメーカーから取り寄せて組み合わせた商品だ。

 こうした商品は論より証拠。文字で説明するより動画で伝えた方が分かりやすいと考え、YouTubeに消音効果を伝える動画を投稿した。

 これが話題を呼んだ。毎日1000回以上再生されて、商品の売り上げにつながった。中には、ドラムセットを併せて購入するような人もいたという。「練習キットと本物のドラムセットで迷っていた人が、当社の商品の動画を見てドラムセットを買うことを決めたのではないか」と白井氏は分析する。

YouTubeに投稿した動画で商品の魅力を効果的に伝える

 こうして、商品の魅力を効果的に伝える手段としてYouTubeを活用しながら、顧客との日々のやり取りにはTwitter(@ShiraiMusic)を使う。接客や店舗運営の傍ら、店内に設置したパソコンで、いわゆる“軟式アカウント”としての会話から、ドラムに関する本格的な情報交換まで、日々フォロワーと会話を交わす。

 3800人を超えるフォロワーは、Twitter上の検索を使い、過去の投稿内容からドラマーと思われる人を積極的にフォローして話しかけながら集めた。日々の会話と並行して、イベントも積極的に実施することで、さらなるフォロワー増加につなげている。

 イベント内容は、海外のシンバルメーカーの輸入担当者による商品紹介などだ。ニッチなイベントだが、ドラマーにしてみれば興味がわく。こうしたイベントの実施がフォロワーの間で話題になり、さらなるフォロワー増加につながった。

 遠方で来られない人にもイベントを見てもらうために、Ustreamを使って生放送する。しかし、すべてのイベントを生放送するわけではない。「生放送しないプレミアムなイベント」を開催することで限定感を打ち出し店舗への集客につなげる。来店者数は50人程度だが、地方の楽器店に一度に50人が訪れることは少ない。

 こうした活動で、着実にシライミュージックのファンを作ってきた。「動画や投稿を見て関心を持った人にとって、一番価値になるのはリアルの店舗での詳細な説明」(白井氏)。Twitterの“中の人”に一度会ってみたい。遠方から店を訪れる人はそんな風に考えたのではなかろうか。

 来店後は、再びTwitterで会話をする。図らずも、それがCRM(顧客関係管理)となり、「来店できないときにはネット通販で購入してくれる」(白井氏)。

 デジタルを活用してファンを獲得してきたシライミュージックは、昨年10月にさらなるファン拡大に向けて次の一手を打った。それがドラム専門誌主催イベントへのブースの出展だった。出展に向けて、作成したのが冒頭で紹介した打楽器担当とプリントされたTシャツだ。

 イベントに先駆けて楽天市場で先行発売した結果、既存のファンが相次いで購入してくれた。イベント当日には、事前の購入したTシャツを着た消費者がブースに集結。周辺の注目を集めた。さらなるファンの獲得に寄与した可能性は高い。

 EC(電子商取引)をはじめとするデジタルの台頭は、地方の店舗の存在を脅かしているとも言われる。しかしその一方で、デジタルを巧みに使うことこそが、地方の店舗の生き残る道にもつながるのではなかろうか。