他社より性能面で圧倒的に優れた商品を開発する、あるいは価格面で驚くほどの安さで提供する──。グローバルな競争が進展する中、ますます企業にとってこれらは容易なことではなくなった。

 店頭には似たり寄ったりの商品が並ぶが、売れ行きも似たり寄ったりかと言えばそうでもない。売れ筋とそうでないものの明暗がはっきり分かれる。そしてそれは、決してテレビCM出稿量に比例するような時代ではないことは、誰しもが感じていることだろう。

 何となく買いたくなるような「空気」、センチメント(市場心理)を作り出せた企業が勝つ。決め手となるのが、「クチコミ量」と「検索誘発」の2要素だ。

パソコン用メガネを売る「空気」

 2012年の日経MJ「ヒット商品番付」で西の前頭四枚目には、メガネ専門店チェーン「JINS」を展開するジェイアイエヌのパソコン用メガネ「JINS PC」が入った。

 パソコンやスマートフォン、タブレット端末のディスプレイが発する、疲れ目の原因とされる青色光を30~50%カットするレンズを採用。2011年9月の発売から1年あまりで、販売本数が100万本を突破するヒット商品となった。

 パソコン用メガネという新市場を開拓し、視力が悪くない人にもメガネをかけさせることに成功した格好だ。ただこの商品、決してアイデア一発で労せずして売れたわけではない。ヒットの背後には周到なマーケティングシナリオがあった。

 同社アイウエア事業部Eコマースグループマネジャーの新井仁氏は言う。

 「誰でも知っている商品なら、例えば『冷やし中華はじめました』の張り紙一枚でもお客は入るでしょう。でも『パソコン用メガネはじめました』では誰も買ってくれません」

 パソコンに長時間向き合っていると目が疲れる。そんな悩みはよく聞かれたが、それは休憩をはさんで目を休ませたり目薬をさしたりして和らげるもので、誰もメガネで予防できるとは考えていなかった。装用した瞬間、疲れが吹っ飛ぶような即効性があれば売りやすいが、あいにくパソコン用メガネは長時間装用してようやく違いを実感できる、そんなタイプの商品だ。

ECサイトでリピート購入を促進

 そこで同社はターゲット層を絞って徐々に攻略していく戦法に出た。最初に狙ったのは「ITコア層」だ。プログラマーなど、業務として四六時中ディスプレイに向かっているITプロフェッショナルである。

 発売に先駆けて同社は、日本マイクロソフトの協力を得て、「Xbox」の開発サポート部門に所属する124人の社員に調査モニターを依頼した。JINS PC装用1週間、非装用1週間を比較してアンケートに回答してもらったところ、全14項目中「眼のピント合わせ」「モニターのぎらつき」「首・肩・背中・腰の痛み」などの5項目で、装用時に負荷が低減したとの回答を得た。

モニター調査で効果の根拠を取得

 また眼科専門医の監修で、JINS PC装用群と偽メガネ装用群に分けた検証試験も行っている。偽薬を本物の薬と思ってしまうプラセボ効果と呼ばれるものを排除した環境でも、装用群に眼精疲労の改善実感があるとの結果を得た。これらの結果を自社Web上に掲載し、そもそもブルーライトとは何かから説明して、パソコン用メガネが有用であることを訴えた。

 ITコア層への売り込みは順調に進んだ。彼らは往々にしてガジェット(小道具)好きでスペックにこだわる“習性”があり、数字的な根拠を欲する。その期待に応えて効果を示す実証データを掲載したことで信頼を獲得。彼らがメガネをかけ始めるのに、そう時間はかからなかった。

 ここから加速度的な普及が始まる。「職場で隣の島がメガネ軍団に…」。視力がいいと言っていた人までメガネをかけだし、職場にメガネ人口が増えていく光景は、思わず人に伝えたくなる。

 そのクチコミは、プログラマーの周辺部署に広がっていく。ITプロフェッショナルではないがデジタル好きな他部門の社員。それは同社がITコア層の次に攻略するターゲットとして据えていた「ITマス層」である。そこへの広がりはうまくいった。

 なにせ顔面に装用するメガネだけに、購入者は社内で“歩く広告塔”になったようなもの。イヤでも目に留まる。ITマス層が「誰それのメガネ姿は似合っているとか、いないとか」クチコミで盛り上がっている段階から、その効果についても話題になるにつれ、JINS PCを“自分ゴト”としてとらえるようになり、検索、購入へと弾みがついた。ソーシャルメディア好きも多いとされる彼らは、装用感を積極的にクチコミし、JINS PCが常にネット上で話題になっている状態を作り上げた。

ECサイトでリピート購入を促進

 特にジェイアイエヌは、ユーザーからのクチコミを自社の資産として重視し活用している。JINSのECサイトでは掲載商品それぞれにレビュー投稿機能を設けユーザーから寄せられた感想を公開している。

 JINS PCで定番の「スクエア ハイコントラストレンズ」のレビュー件数は実に1200件を超える。まれに星1~2つの低評価も含まれるが、それがかえって企業に都合のいい評価だけを載せているのではないことが伝わって信頼にもつながっているようだ。

PR先行での空気づくりが奏功

 話題性が高まってくると、そこに“相乗り”したい企業が現れ、さらに宣伝効果をもたらしてくれる。

 例えば自社の福利厚生として、社員にJINS PCを配布したいといった要望である。同社にとっては大量一括販売の機会であり、導入企業にとってはJINS PCの知名度を利用して「社員にやさしい会社」をアピールできる。昨秋にはヤフーが、生産性向上の一環として全社員4200人超に支給することを決め、話題が話題を呼ぶ展開になっている。

 ヒットの条件と言えるクチコミ量と検索誘発の2本柱が、JINS PCの場合はうまくそろって、掛け合わさったことが理解できるだろう。かつて「ブルーライト」といえば「ヨコハマ」だったが、今やディスプレイが発する青色光となり、それはメガネで予防できるという認識がIT企業界隈で一気に広まることになった。

非視力矯正市場を創出

 同社のJINS PC拡販策は、昨年5月から「リアルマス」をターゲットとする第3段階に進んでいる。いよいよパソコンやスマホを比較的よく使う一般人、「アーリーマジョリティ層」と呼ばれる人たちが対象だ。

 米国の社会学者エベレット・ロジャースの普及モデルでは、イノベーション採用者層の順番は「イノベーター」「アーリーアダプター」「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」「ラガード」という5段階をたどるとされている。それにならえば、前出のITコア層はイノベーターであり、ITマス層はアーリーアダプターと位置づけることができる。

 ここでよくありがちなのが、アーリーアダプターが採用してもその勢いがアーリーマジョリティに波及せず、「知る人ぞ知る」という存在で終わってしまうケースだ。そうした壁を乗り越えるため、同社はここでようやくテレビCMや交通広告などのマス広告の投入に踏み切った。

 この層はソーシャルメディア未利用者もいるが、気になったことは検索する習慣は根づいている。既にネット上には十分な説明と好意的なクチコミで「売れる空気」が充満している。「PRファースト」でしっかり空気づくりをしたことが、アーリーマジョリティ層の開拓成功につながっている。

第1回 パソコン用メガネ「JINS PC」、ヒットの秘訣は売れる“空気”作り
第2回 ポッキーの日制定14年目でギネス記録、はなまるの期限切れクーポンキャンペーン
第3回 自民圧勝を分析し、売れる商品の肝をつかむ