テレビ事業の不振などによって業績悪化に苦しむパナソニック。同社が次代の主力商品として期待をかけるのが白物家電とスマートフォンを掛け合わせた「スマート家電」だ。未開拓の市場を切り開く新コンセプトの商品といえ、今の同社には急ピッチの事業拡大が求められる。テレビCM、新聞広告、雑誌広告、交通広告、イベントなどによる大規模キャンペーンを展開する中、新たな試みとして仕掛けたのがスマートフォンを活用したO2O(オンライン to オフライン)施策だ。O2Oは小売りや外食産業でよく使われる施策だが、パナソニックのそれは、ひと味違うO2Oに仕上がりつつある。

 パナソニックは昨年8月、洗濯機、エアコン、冷蔵庫、オーブンレンジなど8製品のスマート家電を発表し、9月末から順次発売した。Android端末向けにスマート家電の専用アプリを提供。オーブンレンジであれば、アプリで料理レシピを選んで人数を指定し、スマートフォンをレンジにタッチすれば調理時間などの設定を転送できる。エアコンであれば、外出先からアプリでエアコンの運転状況を確認したり運転を中止したりできる(オプション機器が必要)。

家電を疑似体験するアプリ提供

 従来製品にはない新しい利便性、価値を消費者にどう伝えるか。8月から10月にかけての「デビュー期」、10月から12月にかけての「実需期」の2期に分けたキャンペーンを設計した。例えば、テレビCMは当初は15秒枠でスマート家電の認知に特化させ、10月後半からは30秒CMに切り替えてエコ機能など家電本来の機能訴求も加えた。同社の新製品の認知度は発表後1年で3割が相場というが、スマート家電では2012年内に4~5割にすることを目標の1つに掲げキャンペーンを展開した。

 スマートフォンを活用したO2O施策では、オフラインのイベントや広告とも組み合わせてスマート家電への理解を深めてもらうことを目指した。コンシューマーマーケティング ジャパン本部コミュニケーショングループの岡康之氏は、期待する役割をこう説明する。

 「(一般の消費者が)まず想像もつかないスマート家電というものを、疑似体験などを通じて分かりやすくすることが最も重要だった」

 その役割を達成する上で鍵となったのが、スマート家電の操作を疑似体験できるアプリ「Enjoy! Panasonic Smart App」だ。スマート家電をモチーフにしたミニゲームやキャンペーンへの参加機能も備え、スマート家電の「体験」と、消費者との「継続的な接点」になることを期待した。

昨年9月に実施したスマート家電ウィークの様子

 O2Oキャンペーンの第1弾が「パナソニック スマート家電ウィーク」だ。昨年9月10~17日に六本木ヒルズ、表参道ヒルズなど東京都内の4つの商業施設で実施した商品体験イベントだ。 会場では、体験アプリを使ったスピードくじを実施した。アプリを入れたスマートフォンを会場の専用端末にタッチすると、90秒の長尺CM動画が流れ、その後に当落が分かる。六本木ヒルズの展望台チケットなど、その場ですぐ使える賞品を用意したところ、約4万5000人のイベント来場者のうち延べ1万人以上が参加したという。

 スピードくじのCM動画でスマート家電に興味を持った人に、会場でフィットネスと体組成計の体験企画や、レンジを使った料理教室に参加してもらった。また近隣レストランでスマート家電を使って調理した料理を食べてもらうなどして、興味をさらに深めてもらうイベントとした。オフラインイベントから延べ1万人超をアプリのダウンロード、CM動画視聴へと導くオフラインtoオンイランの施策となった。

第2弾は駅、そして電車

 O2O施策の第2弾はタッチする場所を駅や電車内へと移した。こちらも逆方向のO2O施策だ。

 10月に首都圏を中心とした約40駅、車内無線LAN接続サービスを提供する山手線1編成などの200カ所以上にタッチできる広告ポスターを掲示した。ポスターの指定箇所やその脇に設置された端末にタッチすると、JR東日本のコンビニエンスストア「NEWDAYS」の150円引きクーポンがもらえるキャンペーンだ。

 クーポン発行には、スマートフォン上でCM動画を見る必要がある。滞在時間が短い駅という場所を考慮してアプリは使わずに参加できるようにした。技術的にはAndroidに搭載されている非接触ICカード技術「FeliCa」などを利用して、CM動画を再生するためのアドレスを転送した。FeliCaなどに対応しないiPhoneは専用アプリの導入を参加条件とした。

 1カ月間のキャンペーンでタッチ数は1万回程度。「駅でタッチしてくれるか心配もあったが、クチコミ数、タッチ数ともに後半になるにつれて加速度的に伸び、想定通りの数字に落ち着いた」と岡氏は説明する。商業施設や駅など人が集まる場所をイベントや広告に活用しながらスマートフォンを通じてオンラインへと誘導し、動画で深い理解を促したり、アプリで継続的なつながりを築いたりする。「メーカー流のO2O手法」として参考になる手法といえるだろう。また副次的な効果として、掲示場所ごとのタッチ数からどの場所が効果的かというデータも取れた。このデータは次の交通広告のプランニングに生かすという。

昨年10月に首都圏を中心に交通広告のキャンペーンを展開。看板(左)の脇にスマートフォンでタッチできる端末を設置(右)し、タッチした人にクーポンを提供しCM動画の視聴を促進した

 キャンペーンは認知度の向上に大きく貢献したようだ。同社が昨年11月に20~60代を対象にネット調査をしたところ、「パナソニックスマート」の認知率は50%を超えたという。「スマート家電」は85%が認知しており、そのうち約50%は企業名の純粋想起で「パナソニック」を挙げたという。「キャンペーン全体としては大成功」と岡氏は評価する。

 売り上げも「前年の同位機種を超える水準となった」と岡氏。ひとまず安堵できる状況だが、スマート家電の商戦は今年以降に本格化する。同機能を搭載するのは上位モデルが中心だが、今後は普及モデルへと広がるからだ。スマートフォンを使いこなす若年、中年層もターゲットになれば、売り上げに及ぼす影響は大きくなる。

 その意味で、今回は購入しなかったもののスマート家電に関心を寄せる消費者とつながりを持てたのは大きな財産といえよう。スマートフォンアプリは8万人以上がダウンロードした。スマート家電のFacebookページでは1万7000人以上のファンを獲得した。こうしたスマート家電とつながりを持つ消費者へ、アプリ機能の向上を伝えたり、新製品のキャンペーンを展開したりすれば、一般の消費者を対象とした施策より高い効果を期待できるのかもしれない。

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