小腹が空いてきた夕刻、仕事への集中力も切れてニュース系サイトを見ていたら、ラーメン店「一風堂」の季節限定商品の広告が目に入ってきた。「久しぶりに行ってみようか」と広告をクリックして店を探し、クーポンを手に足を運ぶ…。

 近頃、こんな光景が都心のオフィスを中心に増えたようだ。一風堂を国内外に展開する力の源カンパニー(福岡市中央区)は昨夏以降、インターネット広告の本格活用を始めた。オフライン媒体を含め、販促らしい販促をせず、豚骨ベースのラーメンの味で勝負を続けてきた同社だが、顧客層やニーズの多様化など事業環境の変化を受けてマーケティングに力を入れ始めた。それもいきなり、デジタルマーケティングの最先端の世界へ飛び込んだ。

 マーケティングを統括する取締役COO(最高執行責任者)の清宮俊之氏は2011年秋、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)から力の源カンパニーへと転職してきた。当時、一風堂は飲食店情報サイト「ぐるなび」への登録などといった販促はほぼ実施しておらず、自社モバイル会員に割引クーポンを定期的に送る程度だった。

 それも当然。河原成美社長が1985年に福岡市にオープンした一風堂は1994年に新横浜ラーメン博物館への出店で関東にも進出、2000年にテレビ東京の「TVチャンピオン ラーメン職人選手権」で3連覇を達成して殿堂入り。さらには、2008年には米ニューヨークにも出店して人気を集めるなど、その知名度と評価は高い。販促を積極的に仕掛ける必要性が無かったともいえる。

力の源カンパニーの売上高(同社Webサイト公表値より)

 ただ、創業から20年以上が経って、顧客層は若年層から中高年にまで広がり、ニーズも多様化してきた。定番商品ばかりではなく「ラインアップの立体感をどう出すかが大事になる」(清宮氏)ことが課題になってきた。また、外食企業を取り巻く環境はデフレ、中食の浸透などで変化している。年商が100億円に近づこうという企業としては、マーケティングの重要性が高まるのは必然とも言える。

 モバイル販促で日本の先頭集団を走るCCCから転じてきた清宮氏も、「そろそろプロモーションの仕方を考える必要があるのでは…」と感じていた。そこへタイミング良くグーグルの営業担当者と話す機会があり、すぐにネット広告への投資を決断した。

ネット広告で来店頻度の向上を狙う

 広告の出稿に当たって、一風堂のブランドは良く知られているため、認知度の向上ではなく来店頻度が年4~5回という最も一般的な顧客層の来店回数を上げることで、売り上げを向上させる戦略を立てた。

 そこで、顧客アンケートで「再度店に行きたくなる理由」として多くの人が挙げた「値段が安くなる」「季節限定商品」「キャンペーン」の3大条件を満たすために、季節限定商品を開発してネット広告で訴求することにした。それが、昨夏の季節限定商品「ゼロ」だった。博多ラーメンの原点に立ち返った味で、630円と一風堂としては低価格帯の豚骨ラーメンだ。全店舗の8割に当たる55店舗で、慎重を期するためまずは販売数を限定して提供した。

昨夏以降、季節限定商品の発売に合わせてネット広告を出稿した

 ラーメンの写真を大きく配置したディスプレイ広告は、飲食系サイトを中心にしつつ、ビジネスパーソンが見るサイトなどへ幅広く配信した。そして、「ラーメン」「一風堂」などのキーワードで検索する人へ表示する検索連動型広告も出稿した。その中でも、ビジネスパーソン世代が日中に見るようなニュース系のサイトなどで大きな反応が得られたという。

 当然のようにサイトのPV(ページビュー)は大きく跳ね上がり、日によっては通常の3倍、平均でも50%は増えた。一風堂は駅前というより「二番立地、三番立地にある」(清宮氏)ため、ふらりと立ち寄るより、一風堂に行くという意志を持って訪れる客が多い。店を探すために使うインターネットとの相性は良いだろう。

 来店への効果測定の方法は手探りながらも、“肌感覚”で一定の手応えは得られた。そこで、9月から10月は甘辛いタレで煮込んだ豚肉を大量にトッピングした「博多肉そば」、11月から12月は、直前に開催された東京ラーメンショー2012で限定販売した「赤旨ベジ彩麺」といった季節限定商品を開発して、広告で訴求していった。

 経験を積むにつれ、クリック率などの反応がいい広告に予算を厚く配分するような改善にも取り組んだ。広告を見る人を飽きさせないように2カ月の間に配信するクリエーティブを随時変更しながら、配信時間帯では昼や夜の食事前を狙ったり、配信先のサイトを変更したり、店舗が集中するようなエリアに予算を寄せたりしていった。

 一度サイトに訪れた人を対象に広告配信するリターゲティング(グーグルのリマーケティング)広告には、予算全体の約3割を投じた。夏にゼロの広告を見て一風堂のサイトを訪れた人に、新しい限定商品の登場を伝える。リターゲティングによって、その人が見る広告における一風堂の比率を高めて、「今、一風堂が流行っている」という雰囲気作りを狙った。こうしたきめ細かなターゲティングができるのはネット広告ならではだ。

 博多肉そばでは広告のリンク先となるランディングページに、「WEB限定特典」としてタマゴ無料券などのクーポンを掲載した。それを持ってくる人は広告を見た人と判別できることを狙った。

 ただ、実際に持ってくる人はさほど多くはなかったため、広告効果は「サイトのPVの実数と、客数や売り上げのトレンドなどから総合的に判断している」(清宮氏)のが現状だ。「効果を最低に見積もってもこれくらい、最大だとこれくらいと幅を持たせて検証したところ、最低ラインでも費用対効果は高く、十分に投資が回収できている」(清宮氏)ことが分かった。店頭集客のより正確な効果測定は今年の課題になる。

季節限定商品で仮説と検証

 さらに、直接的な売り上げ増の効果より、清宮氏が「一番大きかった」と評価するのが、社内にマーケティングを考える土台ができたことだ。従来は月末に売上高を計算して、なぜ悪かったのかという後解釈しかできなかった。しかし、一定の仮説に基づいた限定商品の開発・販売とネット広告による集客で、その成否から仮説が正しかったかどうかの検証ができる。

 今年の季節限定商品は昨年中に決まったという。限定商品を巡っては、店舗への商品の説明、新しい原材料の調達、店舗内オペレーションの調整が必要になり、簡単ではない。「これで先手を打てる体制になった。こうしたことは久々ではないか」と、今期のマーケティングに意気込む。1月7日からは「味噌赤丸」の期間限定販売を始めている。

 今年も定期的なネット広告キャンペーンを実施できるように予算を確保した。さらに、新たなモバイル会員制度を整備してネット広告との連携を目論む。また、ソーシャルメディアは友人の食事の写真が頻繁に流れて、ラーメン店などの外食産業とは相性がいい。FacebookやTwitterの活用も検討する。

 こうしてデジタルマーケティングを積極化させる清宮氏だが、楽観はしていない。「(昨年に)試行錯誤してきたことで今期につながるし、今期も苦しむことで今後につながる。時間はかかると思う」と覚悟を決める。デジタルマーケティングは終わりなき仮説と検証の繰り返し。決して楽ではない。しかし、そこから学んだことが顧客の理解へとつながる。

 商品開発という“ものづくり”での差異化に加えて、デジタルマーケティングで顧客との関係性を深める。外食業界だけでなく幅広い業界で見習うことができる取り組みといえる。

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