自社サイトのソーシャルメディア対応やソーシャルテレビ、そしてレコメンド広告。
このところ、企業の先端的なデジタルマーケティング施策として、頻繁に耳にする言葉ではなかろうか。文字面だけ見ていても気づかないことも多い。しかし、それらの点を寄せ集めて鮮明な線を描き、そしてきちんと面に組み立てていけば、そこに2013年に向けた大きな胎動を感じることができる。
トリプルメディアの融合──。
本誌は、2013年のデジタルマーケティングの重点キーワードとしてこれを掲げたい。トリプルメディアは、言うまでもなくオウンドメディア、アーンドメディア、ペイドメディアの3つを指す。自社サイトのように企業が所有、運営するメディアがオウンド。信用や評判を得るものとして主にソーシャルメディアが該当するのがアーンド。そして広告を買って掲載するメディアがペイドだ。
その3つを使って下図のように三角形を書いてみれば、3つの「辺」に当たる部分に、先端的デジタルマーケティングの要素が潜んでいることが分かる。例えばオウンドとアーンドを結ぶ辺に、自社サイトのソーシャル化が浮かび上がる。

もちろん、それらを整理して終わりということではない。読者の方々が現在取り組み始めている、あるいは取り組もうとしている施策は、このいずれかの辺の上に乗るのではなかろうか。
BtoC(消費者向け)系企業やBtoB(企業間)系企業という分類によらず、各企業には、その置かれた現状と、これを打破するための経営戦略がある。その戦略遂行のための戦術として、現在、検討している施策が妥当か否かを判断する材料として、「トリプルメディアの融合」という概念を参考にしていただくのはどうだろう。3つのメディアの融合で何が可能になるかを、具体的な企業事例を混じえながら紹介していく。
そしてもう一つ、忘れてはいけないものがある。「実店舗」という4つ目の“メディア”との関係だ。
ややこしいかもしれないが三角すいをイメージしていただき、その頂点部分にこの実店舗を据えてみる。前出の三角形と頂点との間に存在する施策が、例えばO2O(オンラインtoオフライン)となるだろう。こちらに関するケーススタディも、この連載の中で紹介する。“論”はこれくらいにして、実際の企業の取り組みを順次、これからご覧に入れていこう。
【オウンドメディアとアーンドメディアが融合、その1】ソーシャルメディア対応サイトの開設進む、「利用者の属性情報」をマーケティングに活用へ
自社サイトをソーシャルメディアに対応させるEC(電子商取引)サイトやメディアサイトが増えている。ソーシャルメディアのIDを使ったログインを可能にすることで、会員登録の敷居を下げたりID忘れによるログイン失敗を防いだりする効果が見込める。また、情報共有ボタンの設置やソーシャルメディア投稿と連携したコメント機能を設けることで、自社サイト外への情報拡散を期待できる。2013年は、ソーシャル対応サイト作成ツールの進化もあり、活用企業がさらに増えそうだ。
ソーシャル対応サイトに積極的な一社が良品計画だ。90万人超のファンを持つFacebookページで情報提供しながら、無印良品のお気に入り商品情報を交換して楽しむソーシャル対応サイト「my MUJI」を運営する。
WEB事業部の奥谷孝司部長は、対応に積極的な理由をこう説明する。
「ソーシャル活用の効果を最大化するには、自社サイトと連携させる『自社メディア回帰』が必要だ」
ソーシャル活用の重要性は多くの人が認識するところ。顧客やファンを通じた情報拡散や、その声の傾聴による商品開発やサポートなどへのフィードバックが期待できる。ただ、新商品が出れば必ずクチコミが発生するわけではない。効果的に活用するには、「オウンドメディアでの“条件設定”が必要だ」(奥谷氏)と言う。
条件設定とはmy MUJIのような、「ここは商品情報を交換するサイト」といった場所を用意することだ。すると、商品への意見や感想が出やすくなる。友だちとの交流の場であるFacebookを“川”、そこからmy MUJIのような“池”に引き込んでじっくりとブランド体験をしてもらうと奥谷氏は例え、「my MUJIに寄せられた1万5000件のコメントが何よりの価値」と評価する。
ソーシャル登録情報を取り込む
米国ではソーシャル対応サイトを作成するツールの利用も広がりつつある。同ツール大手の米ギギャの導入企業は、現在650社と1年前の400社から急増し、導入サイトでのユーザーのソーシャルログイン利用率は30%と1年前から倍増したという。
同社のツールを日本で販売するトーチライト(東京都渋谷区)は2013年早々に、新サービス「Gigya NEXUS」を投入する。ギギャのツールは、ソーシャルログインしたユーザーのソーシャルメディア上の登録属性、興味関心といった情報を自社の会員データベースに取り込める。NEXUSはその情報を外部のマーケティングツールとも連携できるようにするものだ。例えばアクセス解析ツールと連携して、Facebookユーザーの性別、年齢、居住地域、興味関心を軸にしたアクセス傾向の分析などが可能になる。
ソーシャルメディアにはユーザーが自ら進んでプライベートな情報を登録して、最新の情報に更新していく。そうした新鮮な情報を自社の会員データに取り込み、さらにマーケティングに活用できるとなれば、サイトをソーシャル対応させる意義が高まる。
「ソーシャル PLUS」を提供するフィードフォース(東京都文京区)も同様に、ソーシャルメディアの登録情報をマーケティングに活用できるように開発を進めている。同社の「ソーシャルPLUS for キャンペーン」は、キャンペーンサイトをソーシャル対応させるツールだ。応募者のソーシャルメディア登録情報を基にして、有望な見込み客の属性を把握できるのも特長だ。
例えば、オンライン英会話のラングリッチ(東京都世田谷区)は2012年9~10月に、このツールを利用して「レッスン生涯無料キャンペーン」を実施した。そして、2000人以上の応募者へ、「英語が話せるようになったら何がしたい」というアンケートを実施。「ビジネスを海外展開したい」「海外での仕事がしたい」などと答えた学習ニーズが高い層の傾向を、回答者のソーシャルメディア上の属性データを取り込んで分析した。それをFacebook内広告や自社サイト作成などの参考にしたという。こうした取り組みは、今後増えそうだ。
さて、良品計画のオウンドメディアとアーンドメディアの連携は2013年、どう進化するのか。奥谷氏によれば、「店舗というオフラインのオウンドメディアのソーシャル対応を進めます」。
その一端を垣間見られるのが東京・有楽町店での展示だ(2012年12月25日まで)。お菓子を組み合わせて家を作る「ヘクセンハウス」の約100軒を使って、巨大なお菓子の街を作成した。店で撮ったヘクセンハウスの街の写真や、クリスマスの想い出などを、Twitterなどへ「#mujixmas」のハッシュタグをつけて投稿すると、街の中に置いたiPadやキャンペーン特設サイトに投稿内容が表示されるキャンペーンを実施した。
週末には展示を取り囲む人垣が二重になるほどの人気だという。そうした店の賑わいや感動がソーシャルメディアを通じて伝わり来店を促す。さらに来店者の店舗滞在時間も延ばす。良品計画はそんな絵を描いている。
【オウンドメディアとアーンドメディアが融合、その2】カスタマーサポート起点、ソーシャルCRMでブランディングへ
オウンドメディアとアーンドメディアの融合により、CRM(顧客関係管理)もその形を変えつつある。従来のCRMは既存顧客を対象としたが、新しいCRMは見込み客などまで含め一気に幅が広くなる。
購買データなどに基づいて顧客ごとに最適なメールマガジンやダイレクトメールを送るなどして顧客満足度を向上させ、1人当たりの年間購入金額などを増加させる。これまではそれで事足りていた。しかしソーシャルメディアの利用が広がった今、顧客や自社サイトに登録した会員だけを対象にしていてはCRMは不十分になりつつある。
ソーシャルメディア上には消費者が投稿した商品やサービスへの感想、不満や疑問があふれている。自社の製品やサービス名で検索すれば、目の前に顧客が見えるだろう。その数は無視できない規模にまで広がりつつある。
今までのように顧客が顧客窓口に問い合わせるのを待っている必要はない。企業自らソーシャルメディア上に出ていき、困っている人がいれば手を差し伸べる。その相手は購買を検討している見込み客の場合ももちろんある。オウンドメディアでとどまっていたCRMをアーンドメディアへと広げる、ソーシャルCRMは一層重要性を増している。2013年に企業が最優先で検討すべき課題の一つといえる。
変わるカスタマーサポート
時代の変化を捉え、いち早くカスタマーサポートをソーシャルメディアにまで広げている一社がKDDIだ。
「カスタマーサポートの派生として始めた『Twitter』を活用した顧客サポートでしたが、最近は企業姿勢を広めるマーケティング施策に変わってきていると感じます」
KDDIコンシューマ事業統括本部の米田健二カスタマーサービス推進部長は、Twitterを活用したアクティブサポートに取り組む中で、こんな風向きの変化を実感している。
アクティブサポートは、ソーシャルメディア上にいる顧客や見込み客に積極的に話しかけて、疑問や不満を解消する取り組みだ。同社は1年ほど前から、Twitterアカウント「@au_support」でアクティブサポートに取り組み始めた。

担当するのは、カスタマーサービス推進部、いわゆるお客様相談室だ。始めたきっかけは、Twitter上に書かれた顧客の疑問や不満をカスタマーサポート部門として対応せずに放っておくのは、ブランド毀損につながる恐れがあると判断したことだった。
米アップルのスマートフォン「iPhone 5」が発売されたときには、取り扱う携帯電話事業者のKDDIとソフトバンクモバイルのどちらと契約すべきかで悩む投稿がTwitterにも広がった。このような投稿に対してKDDIでは、自社のサービスの優位点や実施中のキャンペーンを伝えていった。カスタマーサポートの対応が、購入の後押しにつながった可能性もありそうだ。
Twitter上でのこうしたやり取りの中で、疑問や不満を解決する企業姿勢が、ほかの消費者にも伝わる。そうして、結果的にブランディングにつながる可能性がある。そんな手応えを米田氏は感じつつある。
対応上のガイドラインにも特徴がある。「KDDIのサービスに直接関係しなくてもサポートしていこう」。ガイドラインには、こんな項目があるという。例えば、ソニーモバイルコミュニケーションズのスマートフォン「Xperia」は、NTTドコモからも発売されている機種だ。KDDIは、そのXperiaの利用方法で困っている人がいれば、どの携帯電話事業者と契約しているかが分からなくても、解決方法が記載されているページを探し出してきて紹介している。
米田氏の言葉通り、お客様相談室の延長で始めたTwitter上でのサポートは、カスタマーサポートの枠を超え新たな顧客を生み出すためのマーケティング施策に変わりつつある。
セールスフォースが攻勢
こうした先進企業の活用状況を受けて、ツール提供各社はソーシャルCRM対応ツールの提供を強化している(上表)。米セールスフォース・ドットコムもその一社だ。同社は2012年8月にソーシャルメディアマーケティングの支援ツール提供の米バディメディアを買収した。ソーシャルメディア上の投稿をモニタリングして分析できるサービス「Radian6」と併せて、自社のCRMツールなどと統合して提供している。

12月には、日本国内のブログや「2ちゃんねる」も対象にしたクチコミ分析ツールを提供するホットリンク(東京都千代田区)と資本業務提携をして、2013年は日本市場への攻勢を一層強めようとしている。
「世の中がソーシャルにシフトすることで、より多くの顧客情報が取得できるようになった。どういうコミュニティーに身を置いているか、何に関心があるのかが、リアルタイムに把握できるようになっている」
こう語るのはセールスフォース・ドットコムの執行役員プロダクトマーケティングの榎隆司氏。米国ではデルやチョコレートメーカーのザ・ハーシー・カンパニー、飲料メーカーのゲータレードなどがソーシャルメディア上の投稿の監視、収集・分析する部門を持つことを例に挙げ、日本企業もソーシャルメディア上の情報も取り込んだCRMを始めるべきだと主張する。ソーシャルCRMが日本でも普及、定着するのか、2013年はそれを占う年になりそうだ。
連載第2回では、「アーンドメディアがペイドメディアを活性化」、そして「オウンドメディアがペイドメディアの効果を向上」という2つの融合について、具体例を挙げながら紹介していく。