ソニーマーケティング(東京都港区)はこのほど、ディスプレイ広告の活用方針を大きく転換した。10月以降に始めたキャンペーンの大半で、出稿先を大手ポータルサイトから購入する純広告から、アドネットワークに切り替えた。同時に自社側で広告配信を一括管理する第三者配信サービスと、広告枠を1インプレッション単位でリアルタイムに購入するDSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)の利用を開始した。
こうした新しい広告技術はEC(電子商取引)企業での利用が先行し、ブランディング目的でネット広告を出稿する大手企業は純広告の活用が中心だった。ソニーの成果次第でブランディング関連での利用が進む可能性がある。
そもそも、ブランディングを目的としたネット広告の活用には、多くの企業に共通する課題がある。
ブランディングでもCPCが指標に
ソニーマーケティングのメディアリレーション部PR&媒体推進課の樋口貢介氏はこう指摘する。 「純広告もCPC(クリック単価)が主要な指標になると、(出稿先は)誘導効率を優先するメディアばかりになってしまう」。
ブランド広告キャンペーンの目的は、商品を購入する潜在層への認知向上、興味喚起、理解促進だ。キャンペーンではタレントやプレゼントなどで多くの人の興味を引きサイトへ誘導する。同社の関連では、俳優の山下真司さんとタレントのローラさんが珍妙な会話を交わすブルーレイディスクレコーダーのキャンペーンが話題だ。製品紹介のページへ遷移した時点で購入検討に入ったとしてコンバージョンとみなす。キャンペーン動画の再生やソーシャルメディアへの情報拡散をコンバージョンとみなす場合もある。

そうした購買ファネルの中で、ネットの純広告は幅広い層へのリーチと自社サイトへの高い集客効果が期待される。ただ大きなリーチを取れるのは「Yahoo!JAPAN」など一部サイトに限られる。集客効率を見るにはCPCが評価軸となるが、バナーに反応しやすい人が多くいるメディアや検索連動型広告などが重用され、もともと商品に関心がある人ばかりを集客することになってしまう。CPCの追求で「広告キャンペーンの目的である認知や気づきの獲得はネット広告から抜け落ちてしまう」のが課題だと樋口氏は語る。
しかし、ディスプレイ広告の効果として見えるのは、表示した広告に対するわずか0.1%程度のクリックであり、残りのインプレッションは効果がないものと見なされてきた。「広告を見た効果」もあるはずだが、「テレビCMは一定以上の出稿量になると自然検索によるサイト流入が増えるが、ネット広告でテレビCMに近いインプレッションを出しても因果関係がはっきりするほど増えない」(樋口氏)のが実情だ。
ディスプレイ広告を見た効果は全くないのか、それともあるのか──。それを知るべくソニーは、広告閲覧後の自然検索や他の広告への接触といったユーザー行動を追跡できる、広告の第三者配信サービスを利用することにした。さらに同社は、純広告より安価なアドネットワークへの出稿による広告の費用対効果の向上、様々な媒体のレポーティング画面を統一することによる運用効率の改善を期待している。
ブランディング目的にCPCという指標はあまり適切ではない。とはいえ、第三者配信サービスの導入に当たって、費用対効果が高いに越したことはないのも事実。事前に2回のキャンペーンで第三者配信を試験的に導入して過去の実績と比較すると「ともにCPCは2分の1、つまり同じ予算でサイト集客数は2倍になった」と樋口氏。アドネットワーク中心への切り替えによる広告単価の低減も貢献した。
そして10月、第三者配信サービスの「メディアマインド」を本格稼働させ、フリークエンシー(1人当たりの広告接触回数)の制御やリターゲティング広告の配信などに活用し始めた。樋口氏は「まだ試行錯誤で、具体的なデータを出せる段階ではない」とするものの、「前年比でサイトへの集客規模は拡大し、コンバージョン効率は改善している」と手応えを感じている様子だ。
ブランドを守る対策も必要に

ただし現時点でソニーは「アドベリフィケーション」と呼ばれるサービスは活用していない。DSPで購入した広告枠のページが、ブランディングの観点から広告掲載に適したものかを瞬時に判別して、配信する広告原稿を差し替えるサービスだ。
これまでブランドを重視する大手広告主が第三者配信やアドネットワークの積極活用に踏み切れなかったのは、広告配信先サイトの“質”を担保しづらいためだ。違法・有害ではなくとも、企業によっては広告の掲載でブランドイメージが下がると判断するようなサイトも、アドネットワークなどへ広告枠を供給している。
この質を担保するのがアドベリフィケーションサービス。複数登場しているが、樋口氏によれば「もちろんブランドを毀損しないことは大事だが、アドベリフィケーションは問題があるサイトの判定やレポートが中心で、一度配信停止したサイトでも、再び配信先候補となってしまうなど、機能面で課題がある」。その割に費用が高いということだろう。現在は独自のチェックと改善の体制を持ち、何より「安心できる第三者配信サービス、DSP提供企業とつき合いたい」(樋口氏)と、運用方針でリスクの極小化を目指す。
また、ブランドイメージの毀損という点では、1つのページ内の複数の広告枠を同じキャンペーンで購入して、同じ商品の広告を多数表示してしまう「意図せぬジャック」(樋口氏)もユーザーに嫌悪感を与えかねない。特にソニーは商戦期には多くの商品キャンペーンを同時に実施する。また、ブランディング目的と直販サイトでの販売目的の広告は別々に運用している。1つの商品でなくとも“ソニージャック”は十分あり得るのだ。それを避けるには宣伝と販売の組織の壁を越えた広告の一括管理や連携を進める必要がある。
課題、リスクはほかにも残るが、ソニーは第三者配信サービスなど新たな広告技術の積極活用に舵を切った。目指すは、パソコン向け広告だけの最適化でなく、デバイスを横断したブランディング活動の費用対効果を最大化することだ。「業界全体でもデジタル予算は十数%。予算全体の最適化が大事」と樋口氏は指摘する。そのため既に商品の売り上げやテレビCMの出稿量も分析対象に加えており、推計モデルや指標の開発も視野に入れている。