「キャッツ」「ライオンキング」「オペラ座の怪人」――。

 これらは「劇団四季」が手がける演劇・ミュージカルの人気タイトルだ。オペラ座の怪人は10月25日、1988年の初公演から総来場者数が600万人に達した。大阪で公演中のライオンキングは、半年先までチケットはほぼ完売状態と、華やかな話題には事欠かない。

 ただ、会社の業績となると芳しいとは言い切れず、売上高の減少という課題に直面している。運営会社の四季(横浜市)の売上高は2006年3月期には255億9600万円だったが、2010年12月期(2009年に決算期変更)は202億800万円まで減少している。

 こうした状況に危機感を抱き、四季が急ピッチで強化を進めているのが、CRM(顧客関係管理)の強化だ。従来からある会員組織「四季の会」は、会報誌の送付などリアルでの特典だけだった。これをベースに「Shiki.jp」という会員サイトを立ち上げた。チケットのデジタル化によりキャンセル待ちを容易にするなど、会員向けの機能を次々に開発して、利便性を高めている。サイトの会員は、1年間で複数回来場するなど、成果も現れ始めている。

劇団四季が進めるデジタルマーケティング戦略

深刻な会員組織の“幽霊会員”化

 約18万人の登録者を抱える四季の会は、同社の売り上げの3割を稼ぐ基盤を作ってきた。2100円の年会費で入会でき、会報誌を受け取ったり、チケットの先行予約をできたりといった特典を受けられる。その会員組織に異変が起こったのは数年前のこと。「会員のうち、年に1回以上来場してくれる人が半分にも満たなくなっていた」と、四季の広宣部インターネット担当の植田義人シニア・チーフは振り返る。

 植田氏が考えるその理由は明快だ。「ネット対応してこなかったから」。会報誌配布という目的、慣習を引きずってしまいネット対応が遅れた。会員専用の予約システムは電話のみ。その結果、予約などのアクションは起こさないが、2100円ならわざわざ解約しなくても、という“幽霊会員”が増えた。
 「Webに対応した仕組みを作るんだ」。そんな状況を受け、浅利慶太社長の大号令で会員組織のネット対応が始まった。

チケットのデジタル化で利便性向上

 会員サイトであるShiki.jpの開設と同時に導入したのが、チケットのデジタル化だ。このサイトで会員登録をしてチケットを買うと、そこでQRコードが生成される。公演会場で、このQRコードをスマートフォンなどに表示するだけで入場できる。チケットのデジタル化を下地にして、利便性を高める様々な機能を導入している。

 例えば「チケットの出品システム」はその1つ。公演当日、急な病気などで観劇できなくなった場合に、いったんチケットを四季に預けられる仕組みだ。預けたチケットは、キャンセル待ちの人などへ、四季が案内する。チケットが売れた場合には、出品者に購入代金相当の「劇団四季ギフトカード」を発行する。こうした流れは、紙のチケットでは難しかった。

 チケットを手軽に友人に送ることもできるようにした。ミュージカルを友人同士で見に行く場合、座席が隣同士になるように、代表者が全員分のチケットを購入することは少なくない。そこで、その代表者がデジタルチケットをまとめて買って、QRコードのデータを、ほかの会員に送れる機能を備えた。これなら、当日会場で待ち合わせたとき、誰かが遅刻してもチケットの受け渡しのために、全員の入場を遅らせるという手間もなくなる。デジタルチケットならではの機能と言えよう。

 2013年には、デジタルチケットをさらにもう一段階進化させる計画だ。米アップルのスマートフォン向けOSの最新版「iOS6」から導入された、チケットやクーポンの管理アプリ「Passbook」への対応である。

 来年提供予定のiPhone向けアプリでは、会員サイトのIDと連携してチケットを購入できるようにする。現在、こうして購入したチケットを、Passbookで管理できる機能の搭載を視野に開発を進めている。パソコンからだけではなく、利用者が急増するスマートフォンでも購入の利便性を高めて、来場回数の増加を狙う。

バースデーカード受け取った7割が来場

 チケットの使い勝手を高める一方で、劇場でもらえる会員限定のプレゼントなどを用意して来場意欲を高める、O2O(オンラインtoオフライン)施策にも取り組み始めている。例えば、会員情報に基づいて、誕生日に四季からバースデーカードが届く機能が挙げられる。劇場を訪れて、このバースデーカードをスマートフォンに表示すると、出演者のサインなどのプレゼントがもらえる。

 試験的に、2012年9月に名古屋市の劇場で公演が始まった「アイーダ 愛に生きた王女」の開幕に先駆けて、近隣に住む会員に対してバースデーカードを送付してみた。すると、カードを受け取った人のうち、実に7割がチケットを購入して来場する成果につながっているという。会員だけという限定感や、ファンにとって価値の高いプレゼントの提供などが成果につながっているようだ。

CRMの拠点となる劇団四季のWebサイト

 会員数の頭打ちという課題解決にも、新しい会員サイトはつながり始めている。四季の会は、会員専用の電話予約などの特典を提供するため、決済用の銀行口座の登録などが条件となるなど、登録のハードルが高かった。新たな会員サイトでは、無料会員と有料会員の二段構えにして、よりライトな顧客にも会員登録してもらえるような仕組みにした。有料会員は、既存の会員番号をサイトでの会員登録時に入力すれば、引き続き会員限定料金といった特典を受けられる。

 新しい会員サイトの登録者は現在13万人。そのうち約7万人が従来の会員組織には属していない新規会員だというから、新しい会員の掘り起こしにつながっていることは明らかだ。さらに新規会員のうち4万人が、年間に2回以上チケットを購入してくれているという。会員の活性化という面では一定の成果が現れつつある。

 会員のさらなる活性化を目指して、植田氏が標榜するのが「会員サイトのSNS化」だ。「既に掲示板サイトの『2ちゃんねる』や『mixi』のコミュニティなどで、ファン同士が盛り上がりを見せている」(植田氏)。これを自社サイトに取り込めば、サイトの滞在時間が増えて、会員の活性化につながるとの考えだ。企業のコミュニティサイトは活性化が難しいとされるが、ミュージカルというコンテンツに関連したコアなファンを抱える劇団四季は、コミュニティとの相性も良さそうだ。既に会員同士が友達としてつながる仕組みはあるが、問題は、どんな形でコミュニティや掲示板を提供すべきかだ。外部のサイトでは、特定の俳優への誹謗中傷なども散見される。こうした書き込みの監視体制なども含めて、最適な形を模索していく方針だ。