サッカーゴールに陣取る白い洋式トイレが、相手からの強烈なシュートをはばむ――。YouTubeに公開されたこの奇妙な動画は、住宅設備機器メーカーのTOTOが若年層向けブランディングキャンペーンの一環として制作したものだ。公開後1カ月で、70万回以上も再生される話題の動画となった。クチコミを増幅させた秘訣は、ネットも活用したキャンペーンでも“ものづくり”を重視するTOTOの姿勢だったようだ。
その動画はこんな展開だ。

フィールドでボールを操り、ゴールを狙うは、元サッカー日本代表選手の久保竜彦氏。立ちはだかるキーパーは、白い洋式トイレだ。ゴールの真ん中に真っ白なトイレが鎮座し、ふたを開けて待ち構える。
久保選手がボールを蹴り、シュート! すかさずトイレが傾き、ふたでボールをはじき返す。打っても打っても無残にはじき返されるボール。ふたに跳ね返ったり、便器から飛び出たボールにぶつかったり。一向にゴールは決まらない。
シュートを見事にセーブしたのは、ゴールキーパー型トイレ、その名も「S.G.T.K(スーパー・グレート・トイレ・キーパー)」だ。TOTOと、日本スポーツ振興センターのサッカーくじ「toto」が10月17日にスタートした「トートートトト」というコラボ企画で、ゴールキーパー型トイレを実際に開発した。
ゴールキーパー型トイレの実物はこれまで2回、Jリーグの試合前にスタジアムに登場し、サポーターとPK対決してきた。対戦日程や結果は、特設サイトとFacebookページで紹介。CGを使った動画と異なり、実物のセーブ率は25%程度と低いが、「まだ始まったばっかり 頑張れ!」など、Facebookにはファンからの温かいコメントが寄せられている。
「面白さ」を若年層への糸口に
TOTOにとってこの企画は、2009年から続けてきたプロモーション活動「TOTO TALK(トートートーク)」の番外編という位置づけだ。TOTOが自ら若者に話しかけ、事業を理解してもらおうという試みである。
TOTOといえば、温水洗浄便座「ウォシュレット」のイメージが鮮烈だが、その発売は1980年と30年以上前にさかのぼる。また同社はトイレに限らず、浴室やキッチンなど水回り全般を手がけているが、家の新築やリフォームを検討しない限り、それを知る機会も少ない。
「50代、60代の方はTOTOというとウォシュレットを想起されるが、20代、30代の方は、TOTOイコールトイレぐらいのイメージしかない」
TOTO TALKの発端は、そんな問題意識からだったと、同社メディア推進部マスメディア企画グループグループリーダーの森川光子氏は話す。
TOTO TALKでは、「まじめなことをまじめに語っても仕方がない。面白くすることで、お客様の頭にスッと入っていく」(森川氏)と、老若男女を問わず、恐らく誰もが知っている「TOTO=トイレ」というブランドを活用しつつ、面白いコンテンツを作ろうとチャレンジしてきた。第1弾は2009年に展開した、しゃべるトイレ「ネオ1号」とハイテクトイレ「ネオ2号」だ。
ネオ1号は、トイレのふたをくちばしのようにパタパタさせながら、TOTOの環境への取り組みやトイレの節水機能、TOTOのトイレ以外の事業などを紹介する。そんなネオ1号が俳優の加瀬亮さんとトークする様子をテレビCMで流し、Webサイトにも動画を置いた。ネオ2号は、じゃんけんをする、歌を歌うなど23もの機能を詰め込んだハイテクトイレで、実物を東京都港区の「カレッタ汐留」と千葉県立現代産業科学館に展示し、Webサイトで動画中継。Webから操作もできるようにした。ネオ2号のサイトには、立ち上げ時の約1カ月間で2万弱の訪問があったという。
“実物”があればこそ 「トイレバイク」のクチコミ拡散
告知効果やネットのバズ効果だけを狙うなら、テレビCMやYouTube動画だけで十分だったかもしれない。が、あえて実物を作って展示し、“触ってもらえる”ことに同社はこだわった。「バーチャルの世界はCGなどでいくらでも作れるが、TOTOはモノづくりの企業だから、リアルな肌感覚を大事にしたかった」と、森川氏はその意図を説明する。

実物が持つ力は、TOTO TALKの第2弾企画「トイレバイクネオ」でさらに大きく花開いた。サドル部分をトイレ型にしたバイク(実際は三輪のトライク)を開発。家畜の排せつ物などから生成したバイオガスを動力に走る。2011年10月に福岡県北九州市のTOTO本社をスタートし、東京までの約1400kmを約1カ月かけて自走する。TOTOの環境への取り組み「TOTO GREEN CHALLENGE」をアピールして回った。
テレビCMで広く告知し、実物の居場所はブログやTwitterで紹介した。実際に見に来てくれた地元の人と交流し、その様子も写真とともにWebサイトで紹介していった。珍妙ながら、完成度の高い姿が話題を呼び、親子連れで見に来たり、トライクのツーリングマニアが駆けつけて並走を申し出たりしたという。走る姿の面白さから、Webのニュース媒体で数多く取り上げられたほか、各地域のテレビ局の報道番組でも紹介されるなど、広報的な効果も高かった。
Twitterでも話題になった。北九州から東京までの走行期間中、「トイレバイク」のツイート数は7700件に上った。事故を防ぐため、当初は都心の走行は避けていたが、2011年12月22~23日だけ東京・渋谷で走らせたところ、実物を見たユーザーがツイートし、2日間で3万7291も投稿され、東京のTwitterユーザーの影響力の大きさを実感したという。
走行後はトイレバイクネオを全国のTOTOのショールームに展示し、人気を集めた。ショールームは、お風呂やトイレの購入を考えている、強い目的意識を持った人が来る場所だ。だがトイレバイクネオ展示中は、ショールームに縁がなかったバイクマニアや親子連れも多く訪れたという。「リアルなものは、記憶への残り方が違う。トイレバイクネオに乗って楽しんでくれた子供は、成長したときも覚えていてくれるだろう」と森川氏は期待する。
サイトへのアクセスが「多導線」に
トイレバイクネオもネオ1号、2号と同様に、テレビCMとWebサイトを同時に展開した。若年層はテレビを見ない傾向があるため、テレビCMは主に親世代がターゲットだ。テレビCMで一度でも目にしてくれれば、Webサイトや実物を見た時にCMを想起し、印象が強まる効果も期待した。「テレビの30秒CMで伝えられることは限られている。テレビをきっかけにファンになって、Webサイトに来てもらう」という考えだ。
トイレバイクネオのWebサイトのページビュー(PV)は、1カ月強で約35万、ユニークユーザー(UU)は約15万に上り、「同時期に実施した大型商品のキャンペーンと比べても、ほぼ同数の訪問があった」と森川氏。トイレバイクネオのサイトを入り口に、同社の商品ページなどほかのページを訪れたユーザーも5%程度いたという。
アクセスは「多導線」だったと、メディア推進部WEB企画グループの賀来達二氏は振り返る。「これまでTOTOのサイトにやって来る人は、TOTOというキーワードで検索する人が4~5割以上だったが、トイレバイクネオの企画の場合は2%程度で、TwitterやFacebookなどソーシャルからが3割に上った」(賀来氏)。テレビCMだけでなく、ソーシャル、マスメディアの報道、実物など、「いろいろな入り口が取れたのが新しかった」と賀来氏は振り返る。
社内を巻き込めた理由
トイレバイクネオのような“柔らかい”コンテンツは、TOTOという伝統のある企業にとっては新しい挑戦。「よくやってくれた。うちの会社がよく許したな」と感心する社内の声もあったという。企画を通す際は、なぜバイクなのか、それによってどういった効果を期待するのかを説明し、ただ面白いだけではない、「環境対応」というまじめなメッセージを込めていると伝えることに心を砕いたという。
何より、「企画している自分たちが面白いと思った」(森川氏)ことが共感を呼ぶ原動力となり、社内を巻き込むことができたと振り返る。広報やマーケティングといった担当部門を越え、トイレバイクネオが職場に来る日を社員が友人に教えるなど、社内でも「誰かに教えたい」コンテンツになっていた。TOTOのトイレの節水効果なども、トイレバイクネオを入り口にすれば説明しやすいと、社内から歓迎されたという。
ネットで何でもできる時代だからこそ、“実物”をしっかり作り込む。まじめなメッセージだからこそ、面白く伝える。逆転の発想が社内外を巻き込み、子どもたちなど次の世代にまで伝わるコンテンツを作り出したといえそうだ。