「あれは、地獄の特訓ですよ」。サッポロビールが実施するマーケティング研修、その経験者はこう表現する。全社にマーケティングマインドを植えつけ、消費環境の変化に対応していく。そうした狙いで2006年にスタートした。今年で修了者は160人を超えた。研修では一体、何が行われているのだろうか。

 今年の8月半ば、サッポロホールディングスコーポレートコミュニケーション部広報室の井梅幹子氏は、気分が曇りがちで朝食も、のどを通らなかった。8月22日、社長をはじめとする経営陣や各ブランド責任者など70人以上を前に、「グループシナジーを最大化するためのマーケティング戦略」をテーマにプレゼンテーションをする予定になっていたからだ。

 様々な部署から集まった3人の仲間とともに、5月から練ってきたプレゼン。「社長は最前列に座り、経営陣の期待は毎年高まる一方らしい…」。こう聞くにつれ緊張は高まる。

 このプレゼンは、サッポロビールのマーケティング研修の最後に実施するものだ。研修の成果を社内で披露して評価を受ける。研修の発表会とはいえ、日常業務とは離れた場でじっくりと練られてきた提案に、社長が「これは検討しよう」と言うこともあるという。真剣勝負の場だ。

4人1組でグループワークを重ねる

 研修は1~7月にかけて、毎月1回、金曜日と土曜日の終日に実施する。参加人数は16人。30歳前後の若手社員が多く、営業現場からサッポロブランド戦略部やヱビスブランド戦略部などのマーケティング関連部署へ異動した社員が中心になる。

 マーケティング未経験者に基礎知識やマーケティング的な発想法を身につけてもらう。そして、開発を担当する新価値開発本部や生産技術本部、さらに広報や経営戦略などの他部門も交える。マーケティング部門と“共通言語”で意思疎通できるようにするためだ。部門を越えた交流が進むように選定された4人のメンバーでグループを作り、資料作成や発表をしていく。

 以前は6人でグループを作っていたが、「どうしても手が空いてしまう人が出る」ため今年から4人にしたと、研修の事務局となる営業本部サッポロブランド戦略部企画グループシニアマネージャーの臼井勝彦氏は説明する。研修中は発表、資料作成、情報収集など役割を分担して、休む間もなく頭脳をフル回転させることになる。

マーケティング研修は最終報告まで含め8カ月にわたる

 8月の最終発表までは、大きく3つのステップに分かれる。1~3月はマーケティングの基本やデータの読み取り方を学ぶ。「3C分析」などの用語を理解し、他社のマーケティング事例を研究しながら、1カ月の買い物リスト作成や店舗観察といった課題に取り組んで参加者ごとに発表する。

 中でも、データ分析は重視するポイントだ。営業本部サッポロブランド戦略部企画グループリーダー・担当部長の葛原義人氏は言う。

 「若い人は発想はいいが、何かに基づいて考えるということをしないことがある。データを読み込み、そこから何かを導き出す。それを訓練していく」

 具体的には、調査会社のインテージが提供する、SCI(全国個人消費者パネル調査)やMAI(アルコールの全国小売店パネル調査)のデータ、外部の1次データ、ネットで広く入手できる調査といった、家計や消費者などに関するデータを幅広く集め、その実践的な活用法を学ぶ。

 4月には同社の研修センターで合宿をする。様々なデータや情報を活用して、具体的に企画書、提案書にしていく方法を学ぶ。

 5~7月はグループごとにテーマを設定して、8月の最終プレゼンに向けて資料を作成する。毎回、作成した資料を他グループ向けに発表し、最後に講師などからのフィードバックを受ける。それを基に次回に資料をバージョンアップするというステップを繰り返していく。

 今年は「外食」「グループシナジー」「顧客創造」「ノンアルコール」の4つがテーマとして設定された。いずれもサッポログループが直面する課題だ。これらテーマはマーケティング・人材育成プランナーの山本直人氏と事務局で共同作成する。山本氏は博報堂の出身で後に独立。この研修の講師となり、ときには臨時講師も招いて研修全体を指導する。

 8月の発表が近づくにつれて研修の指導には力が入り、時間外に集まって資料作成を進めるグループも少なくないという。終わりが見えてきても、データの追加やスライドの差し替えが続き、発表へのプレッシャーが高まる。価値観が異なる部門のメンバーがグループに参加しており、資料をまとめる過程では意見が割れることもある。そこはデータを用いて相手を説得する。こうした過程を経ることも、研修の狙いだ。

30分の最終プレゼンを採点

2012年8月に実施された最終プレゼンの模様

 最終プレゼンは30分間、その後に10~15分の質問を受ける。井梅氏のチームは見事、最高の評価を得た。プレゼンを聴講する約70人が、「実現性」「チームワーク」「独自性」「説得力」「論理性」で採点した結果だ。

 「ビール会社なので20歳以上という年齢制限がマーケティングにおいて絶対視されがちだが、グループ企業のポッカコーポレーションが扱う飲料や食品事業は未成年も対象になる。サッポロブランドに幼少期から親しんでもらうにはどうしたらいいか。それを提案できたのが評価されたのだと思う」

 高評価を得た理由について、井梅氏はこう振り返る。

 研修を受けたことで、グループ会社広報との定期ミーティングが実現し、データを活用した記者向けの説明資料を、より的確に作れるようになったという。また、各ブランド戦略部など他部門の資料の背景が理解できるようになったと語る。研修は井梅氏のマーケティング的な視点を持った業務のレベルを向上させ、グループ間の連携を活性化させているといえよう。

 改めてこの研修の狙いはどこにあるのか。葛原氏はこう語る。

 「企業が持つ価値観を評価して商品を買う人も増えている。昔は商品マーケティングだけだったが、当社の(大麦やホップの)協働契約栽培など、企業の取り組みや商品のバックグラウンドを深く知ってもらう必要がある。そのためには、CSR、広報、製造部門などマーケティングに直接関わらない社員もマーケティングを理解してもらった方がいい」

 消費者を巡る環境変化が起こるのは、ビール業界に限った話ではない。サッポロビールは、若手を中心としたマーケティング研修で、こうした課題を全社で解決することを目指す。その成果は売り上げなどの数字では直接見えにくいが、経営陣以下、社内の期待は年々高まっているという。参加者のスキル向上や参加者を核にした部門間連携などの効果を実感しているからだろう。現在、第8期となる2013年研修の仕込みの真っ最中だ。地獄の特訓がまた始まる。