「購入までのプロセスをシナリオ化しやすいBtoB(企業間)系製品こそデジタルマーケティングに向く」。キヤノン製品の国内マーケティングを担うキヤノンマーケティングジャパン(MJ)でWeb活用を推進するコミュニケーション本部ウェブマネジメントセンター所長の増井達巳氏はこう断言する。

 キヤノンという社名を聞いて想起する製品と言えば、一眼レフカメラ「EOS」やコンパクトデジタルカメラ「IXY」、インクジェットプリンター「PIXUS」といったブランドを挙げる人が多いだろう。だがキヤノンMJの売上高に占める、それら一般消費者向け製品群の構成比は3割にも満たない。オフィス向け複合機「imageRUNNER」に代表される業務用事務機器が5割を占める。BtoBビジネスが主軸の企業である。この分野ではリコー、富士ゼロックス、京セラミタ、コニカミノルタなどが競合だ。

 オフィスの複合機は1台100万円を超える機種も多く、複数台を導入してネットワーク対応させることから、家庭用プリンターと違ってEC(電子商取引)では完結しない。見積もりや契約に際して、必ず営業部員が間に入る。また紙づまりなどでメンテナンス担当者が職場に出入りすることもしばしばだ。

 そのため企業でオフィス事務機の導入に関与していない人にとっては、あまりデジタルマーケティング向きの製品ではなさそうにも見える。だが、増井氏は「商談のきっかけ作りから営業がクロージングに持っていくまでの間を、デジタルは効率的にサポートできる。特に顧客のニーズがキーワードに表れる検索からの誘導は重要」と語る。

 昨秋に実施したサイト集客および再誘致の強化策について、大判プリンターを例に紹介しよう。

 同社の大判プリンター「imagePROGRAF」は、店頭販促(POP)やポスター、横断幕など大型・長尺の印刷物を出力できるのが特徴だ。対象顧客は飲食店や店舗のほか、CAD(コンピューターによる設計)デザイナーやプロの写真家など多岐にわたる。

顧客別に利用の目的やシーンを整理し検索連動型広告に活用

 それぞれの顧客が異なる目的で利用するため、製品の訴求が難しい。そこで営業部隊と協議しながら顧客層別に利用の目的やシーンを整理し、そこから重要語を抽出して検索連動型広告のキーワードや広告フレーズに反映させた。

飲食店や店舗のオーナーなどがポスターの制作目的で「ポスター プリンター」と検索。検索連動型広告をクリック

キヤノンの大判プリンターでビッグサイズのポスターを手軽に作れることを訴求する内容がランディングページに

 例えばCADデザイナーの場合は、プリンターではなく「プロッター」、店舗オーナーなら「POP プリンター」「ポスター プリンター」で検索してくると想定。CADでは「CADに最適!高速&高精細。A1サイズ28秒」、ポスターでは「Canonポスター用プリンター A1ポスター251円~」といった広告フレーズを複数用意して、クリック率がより高い表現にブラッシュアップしていった。

 検索連動型広告からの誘導先ページは、それぞれのニーズに対応したイメージをページ冒頭に配置した。ポスターやPOPで検索した人には、「自分で作れるポスターで商売繁盛」という大見出しを掲載し、大判プリンターから「大売出し」と書かれた大型ポスターが出力されている画像が表示される。

「CAD プロッタ」といったキーワードで訪れたユーザーにはニーズに合わせた内容のページを表示。再来訪時も前回のアクセス履歴に基づいて最適コンテンツを表示する

 プロッターで検索した人には、「高精細&高速出力でCAD図面出力に最適」というタイトルで、大判プリンターからオフィスレイアウト図面が出力されている画像といった具合だ。顧客のニーズと表示内容のズレから離脱が起こることを防ぐ、いわゆるLPO(ランディングページ最適化)だ。

 もちろん、高額商品ゆえに一度のアクセスで資料請求にはなかなか至らない。そこでリターゲティングのバナー広告を配信し、再誘致をかけた。

 ここでもページ閲覧履歴に基づいてバナーの内容は変えている。そのため、ポスター・POP系のランディングページを閲覧して、まだ事例紹介ページを見ていない人には、CAD系の内容ではなく「ポスター内製化の活用事例多数」といった見出しが躍るバナーを表示。事例紹介ページに誘導し、その直下に配置した「カタログ・資料請求」へと導いていく。リターゲティングバナー経由ではなく大判プリンターのページに再来訪したユーザーにも、前回アクセスしたジャンルのイメージが表示されるようにした。

見込み客のアクセス履歴は営業部員も共有

 これらの施策を導入した結果、資料請求などのコンバージョン数は、導入前の月に比べて20倍に増えたという。こうして獲得した見込み客の情報はリアルの営業部隊に引き継いでいく。見込み客のアクセス履歴は営業部員も共有するため、例えばコスト比較のコンテンツを熟読しているといった購入の決め手となりうるポイントを把握して商談に臨むことができる。

 増井所長は言う。「(日本アドバタイザーズ協会の)Web広告研究会がキヤノンMJや競合他社サイトの満足度評価を実施して、製品サイト閲覧後の態度変容について調べたところ、『カタログ・マニュアルをダウンロードした』が群を抜いて多く、これは競合他社も同様の結果だった。つまりBtoB製品の導入を検討する人の購入に至るプロセスやサイト内行動は、比較的パターン化していて読みやすい。それをシナリオ化して、購入につながるカタログ請求などを増やす施策に絞って、サイト改善に地道に取り組んでいく。新しいツールやサービスに闇雲に飛びつくのではなく、自社に必要なものを見極めて取り入れていく姿勢が重要ではないか」。

 法人向け事務機器の価格競争は激しいものの、こうした取り組みが奏功し、同社の複合機の販売は今年も堅調に推移している。

 なおキヤノンMJのLPO施策では、アクティブコアの行動ターゲティング型LPOサービス「ad insight」を活用している。このサービスは、小林製薬が自社ECサイトを再訪したユーザーに前回購入または閲覧した商品・ジャンルをトップページに表示するのに利用しているほか、大和ハウス工業も、注文住宅・分譲住宅・分譲マンション・賃貸経営・店舗活用などさまざまな異なるニーズに対して、前回のアクセス履歴に基づいた最適コンテンツを再訪ユーザーにトップ表示するために利用している。

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