
日本テレビ放送網の朝の情報番組「ZIP!」は、デジタル活用でテレビ業界の先端を行く。人気コーナーの動画も惜しみなくネットで公開し、スマートフォンから番組動画を見られるほか、TwitterやFacebookの公式アカウントを運用して視聴者と交流。LINEにも公式アカウントのスタートと同時に参入した。
企業がLINEに公式アカウントを設けると、そこを通じたメール配信などが可能になり、消費者に自社の情報を直接提供できるようになる。
ZIP!は、「ズームイン!!SUPER」の後番組として2011年4月にスタートした。33年間続いた「ズームイン」シリーズの後釜として、ゼロからブランドを築き上げねばならなかった。スマートフォンやLINEなどデジタルメディア活用で期待したのは、ブランドを構築し、ファンとの接点を拡大することだ。
「出演者がいつの間にかみんなLINEをやっていた」と、同社情報エンターテインメント局の三枝孝臣担当部長は振り返る。番組レポーターの20代女性陣にLINEが急速に広がり、「そのスピード感がすごかった」。2012年春ごろ、番組に20代女性視聴者が少ないという課題が浮かび、若い女性ユーザーが多いLINEに参入することにした。
LINEでは露骨な宣伝控える

LINEは主に、友人や家族のプライベートな連絡に使われるメディア。公式アカウントを通じて、企業が宣伝っぽいメッセージばかり送ると、すぐにブロック(メッセージの受け取り拒否)される可能性もある。ZIP!のアカウントでは、出演アナウンサーの大学時代の写真や、人気コーナー「MOCO'Sキッチン」に出演する俳優の速水もこみちさんの写真など、オリジナルコンテンツを軽妙なコメントと共に投稿。露骨な番組宣伝は控え、投稿頻度も週1回程度に抑えている。
「番組をすぐに見てほしいのではなく、ZIP!というブランドが楽しいことをやっていると感じてもらい、ファンになってもらう」(三枝氏)ことが狙いだ。
こうしたZIP!関連情報を提供するには、消費者に「友だち登録」してもらう必要がある。ZIP!の登録者数は、2012年10月18日時点で約70万人を超えている。視聴率を左右できるボリュームになってきたといえるだろう。ここ最近は、20代の女性の視聴者が増えるなど、目に見える成果も出始めたという。
Twitterが視聴率に貢献も
FacebookとTwitterも積極活用し、メディアの特性を研究しながら使い分けている。
Facebookには、全国を旅するコーナー「ZIPPEIスマイルキャラバン」の公式ページを設置(10月18日現在の「いいね!」数は約6000)。
三枝氏は「Facebookはクローズドな空間で自分の好きなものを共有していくイメージがある。あまり広範な情報で(Facebookページを)立ち上げると、アクセスしてもらえないのでは」と考え、番組全体での運用は避けた。
反対にTwitterは、番組全体の公式アカウントを設置(10月18日現在のフォロワー数は約3万6000)。「今をライブで伝える」メディアととらえ、翌日の番組内容や、番組サイトの最新情報を告知する場として使っている。
Twitter利用者は、作り手が想定しない番組の“遊び方”を発明した。MOCO'Sキッチンで料理を披露する速水さんを見ながら、Twitterで「使うオリーブオイルの量が多すぎる」「塩を振る位置が高すぎ」など番組に“ツッコミ”を入れ合うというものだ。
その盛り上がりから、MOCO'Sキッチン放送中や放送直後に、「オリーブオイル」「もこみち」などのキーワードがTwitterのトレンド(話題のキーワード)に入ったり、Googleの検索キーワードランキングに入ることもある。ネットでの盛り上がりは視聴率にも跳ね返り、2012年4~8月の視聴率は、前年同期比1.8ポイント上昇した。
ZIP!は、スマートフォン向けの公式カメラアプリ「ZIP!カメラ」も無料公開している。
人物を撮影すると、顔認識技術によって顔の下にZIP!のロゴが自動的に挿入されるところが番組独自アプリとしての機能だ。胸の前で両手のひらを上に向ける、番組でおなじみの「ZIP!ポーズ」で写真を撮る人も多い。写真を番組あてに投稿することもでき、写真は番組内や番組ホームページで紹介される。ZIP!ブランドが楽しいことをやっている。そう感じてもらう取り組みの1つだ。
ダウンロード数はiPhone版が27万以上、Android版が13万以上、写真投稿数は約2万7000件と、手応えを感じている。
しかし、ネットが番組を盛り上げる側面もあれば、批判を増幅させるもろ刃の剣となる面もある。
ZIPPEIスマイルキャラバンに出演していた犬のZIPPEI兄弟が不慮の事故で亡くなった2012年の夏、掲示板サイト「2ちゃんねる」では批判の嵐が巻き起こり、日本テレビの窓口には批判メールが殺到した。
だが、FacebookページなどSNSの番組公式アカウントには、ZIPPEIの死を悼んだり、スタッフを激励したりする声があふれ、批判はほとんどなかったという。
スマホ時代のテレビ作りは
ZIP!が目指すのは「朝のポータル」だ。放送波、ウェブ、スマートフォンと、あらゆるメディアを使って朝の情報を発信する。「朝はZIP!で始める」というイメージを育て、ブランドを確立する戦略である。ウェブやスマートフォンなど様々なメディアの活用を設計する「メディアデザイン」の専門組織を作り、ブランド構築を行っている。

「ズームイン!!時代にあった、『ウィッキーさんのワンポイント英会話が終わったら学校に行こう』といった行動を、今の子どもたちにもしてほしかった」。
三枝氏の狙いは当たり始め、MOCO'Sキッチンのために起きるネットユーザーが現れるなど、現代の視聴者の朝の生活にZIP!が浸透し始めている。
SNSの普及で、テレビの視聴は変わっていくと三枝氏は話す。
「僕らが子どものころはお茶の間や学校でテレビについて語っていたが、今はSNSを使ってデバイス上で会話できるようになった。番組にツッコミながら見る人が増えるなど、受動的だったテレビが能動的視聴に堪えられるようなメディアになっていき、テレビの“遊び方”が変わってくるのではないか」
三枝氏は、番組内にあえてツッコミどころを作るなど、ネットユーザーに迎合するようなことはしない。
「僕らが面白いと思ってもらえるものを一生懸命作っていたら、視聴者が違う楽しみ方を見つけてくれる。番組作りは王道に戻っていくのではないか。ネットは違う価値観を番組に与えてくれ、作り手が思っていたことを越えていくのが面白い」
「テレビとネットの融合」が言われ始めたのは、ライブドアがフジテレビジョンに提携を迫った2005年前後。当時の両者は融合どころか、敵対することもしばしばだったが、今、ネットは一般化し、SNSやスマートフォンがテレビ番組と視聴者をつなぐツールに育った。テレビとネットはようやく、真の意味で融合し始めている。