企業のIRサイトと聞いてどんな内容を想像するだろうか。直近四半期から過去の決算短信、決算説明会資料、有価証券報告書などの資料を蓄積してあるサイト…。であるとしたら、そのイメージは5年以上古いかもしれない。
株式市場に個人投資家が増え、ネット上の情報を通じて銘柄選びをしている現在、上場企業のIRサイトは、投資家に自社のファンになってもらい、投資に踏み切る、さらに長期保有してもらう、そんな「投資家向けマーケティング」の拠点として機能させる必要がある。IRサイトのランキング・表彰企画の常連企業であるTDKとカプコンの取り組みを紹介しよう。
PDFからHTML化へ転換
TDKは2011年8月、IRサイトを刷新した。広報部IRグループの酒井聡課長は、「これまで“増改築”を繰り返してきたが、データ量が増えるにつれて見やすさや分かりやすさの面で問題が出てきた。過去10年で一番大規模な刷新。それが高評価につながった」と語る。同社は今年4月にモーニングスターが公表した「Gomez IRサイト総合ランキング2012」で、カプコンの4連覇を阻止して1位になった。
刷新の目玉は、紙ベースからWebベースへの転換だ。これまではPDFやExcelの資料を公開してダウンロードさせ、必要なページをプリントアウトしてもらう発想だった。だがPDFはWeb上で様々なページを行き来しながら銘柄検討をする上であまり扱いやすい形式とは言えない。アニュアルレポートとともなれば数十ページから百ページ超に及ぶためデータ容量が大きくなりがちで、知りたい情報にダイレクトにアクセスしにくい。
HTML化したメリットが特に表れているコンテンツが「オンラインアニュアルレポート」と「チャートジェネレータ」だ。オンラインアニュアルレポートは、情報が豊富なのはもちろんのこと、「業績推移を知りたい」「開発体制を知りたい」「グローバル展開を知りたい」といったさまざまなニーズに対応するトップページのインデックスが分かりやすい。PDFと比べるとアクセシビリティが大幅に向上している。広く知ってほしい情報である特集記事「世界の進化を支えるTDK」の見出しバナーを、最上部に配置するなどレイアウトの自由度も高い。

一方のチャートジェネレータは、売上高や営業利益から販管費、総資産経常利益率(ROA)など様々な収益指標について、必要な項目や年度を選ぶと自動でグラフ化してくれるもの。そのグラフを画像またはPDF形式でダウンロードすることもできる。特定の指標に注目して銘柄選びをしている投資家にとって便利な機能だ。
酒井氏はIRサイトの刷新効果について、「2クリック以内で見たい情報にアクセスできるように階層構造を改めたが、PV(ページビュー)は刷新後むしろ30%ほど増えている。カセットテープを知らない若い投資家にTDKをもっと知ってもらうきっかけになるだろう」と言う。
IRサイトに開発者が登場
「バイオハザード6」をこの10月に発売し、ほかにも「ストリートファイター」や「モンスターハンター」などのゲームの人気シリーズを擁するカプコンは、前出Gomezのランキングで4年連続の首位はならなかったがトップ5の常連である。
IRサイトに注力する理由について秘書・広報IR部の田中良輔部長は、「ゲーム業界は人気ゲームの売れ行きに左右される不安定な業界。年間200億円以上を開発投資に向けており、ヒット作が1年出なければたちまち苦境に陥ってしまうため、間接金融には依存できない。IRサイトを通じた情報発信で株式市場とのコミュニケーションを円滑にし、等身大の企業価値を株価に反映させていく必要がある」と語る。
同社のIRサイトが優れている点として、(1)ビジュアルプレゼンテーション力、(2)開発者がインタビュー形式で登場、(3)いち早くソーシャルメディアに対応の3点が挙げられる。
(1)は、例えば「事業内容」のページであれば単に事業領域や製品を羅列するのではなく、トップページで事業の全体像を示した上で、各事業のページでは市場動向解説、自社の強みと弱み(SWOT分析図)をビジュアルかつコンパクトに集約している。初来訪者向けの「個人投資家の皆様へ」、スライド5枚でカプコンを説明する「はじめてのカプコン」、ゲーム感覚で理解を深める「カプコン検定」といったコンテンツにも、この姿勢が貫かれている。
(2)は、IRサイトでは珍しい。1人の辣腕クリエイター、プロデューサーの発想力が数十億~数百億円単位の売り上げをもたらす業界だけに、証券アナリストの関心は開発者個人の考え方や開発チームのマネジメントにも及ぶ。ニーズを察知すれば、すぐに取り込むのがカプコン流IRだ。
(3)については現状、IR主導のアカウントをTwitter、Facebook、YouTube、Ustream、Flickrで開設し、日々情報発信している。新しいメディアへの対応はソフトバンクなどと並びトップランナーと言っていいだろう。田中氏は「国内の高評価に満足せず、アジアファンドやグローバルファンドで選ばれる銘柄になるように、アピールしていきたい」と抱負を語る。
IRサイトは、改善すればすぐ個人投資家が増えるような短期的な成果は得にくい。株式の長期保有を促すためにも、自社ビジョンに沿った早期のIRサイト改善が求められよう。
