1998年をピークに13年間で市場規模が半減…。
劇的な事業環境の変化に見舞われているのが音楽業界である。日本レコード協会の統計によると、1998年、音楽CDの生産実績は5878億円だった。それが2011年には、有料音楽配信と合わせても2804億円と、半分以下の規模にしぼんでしまった。

「Facebook、Twitter、YouTube、アメブロ、アーティストによってはLINEも…。音楽業界は新しいものは何でもやります。裏を返せば、今までのやり方が全く通用しなくなっているから、人が集まる新技術に飛びつくのです」
様々なデジタルメディアを活用して、一見先進的に見える音楽業界。しかし、エイベックス・マーケティング(東京都港区)のデジタル・マーケティング本部ネット・プロモーション部の都築裕五部長は、その裏側をこう明かす。音楽業界のマーケッターの悩みは深い。
都築氏もアーティストの倖田來未を担当し、アーティスト公式サイト、モバイル会員と一般会員の2種類のファンクラブのサイト、Facebook、Twitter、YouTube、スマートフォンアプリと様々なツールを活用して情報を発信してきた。都築氏もその中で悩みを感じていた。
「これだけあると、お客さんは何を見ていいか分からないのではないか」
デジタルが主戦場、事業機会を拡大
そうした課題の1つの解になると期待して始めたのが「peeproom」。倖田來未オリジナルのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で、9月3日の“來未の日”にスタートした。
ファンやスタッフが倖田來未の写真や動画、テキストなどを投稿していく。各投稿に対して、いいねボタンを押して共感を表明したり、コメントを交わしたりできる。ビジュアルが中心で、写真投稿共有サービスの「Pinterest」風のサービスである。
開始から1カ月弱で5000人が登録し、CDジャケット、メディアに登場した倖田來未の写真などが次々と投稿されている。事前に所属事務所の理解を得て実現した。
今後は本人も参加予定だ。また、倖田來未のファッションやメイクをまねた人の「なりきり写真」や、各地のCDショップにおける倖田來未の商品展示の様子を撮る写真投稿企画などを実施して、peeproomの活性化、会員拡大を狙う。2012年内に2万人の会員獲得を目指す。
小さな一歩ではある。が、これはエイベックスグループが目指すデジタル戦略を具現化したものである。
同グループは現在「Next Era 2014」と題した中期経営計画を進めており、その中には「情報技術革新をチャンスと捉え、事業の主戦場をデジタルに完全移行」との一文がある。単なる音楽流通のデジタル化ではなく、事業モデル自体の変革に挑むことを示している。
従来はアーティストの「音楽」を中心に発信してきたが、現在はインターネットなどを活用して「音楽以外の才能や個性」も発信している。その結果、ネットライブなどの映像、デジタル写真集などの肖像、オリジナル料理レシピなどの食、趣味を生かした書籍などに事業領域を広げて、デジタル活用の「新360度モデル」に挑む。「10数年前からやっている」(都築氏)ものではあるが、あえて中期経営計画に盛り込むのは、グループとしての強い意志の表れだろう。
同時にマーケティング手法も変革中だ。従来はCDの発売時期に向けたテレビでの大量露出や、スポットCMの大量投下などによる典型的なプッシュ型プロモーションだった。それを、ユーザーの参加や他のユーザーへの情報共有といった、自発的行動を促すマーケティングへと変化させようとしている。

peeproomは、倖田來未が様々なソーシャルメディアやマスメディアを通じて伝える多様な魅力を、コアなファンが自発的に集約して、共有する場となる。新たなマーケティング手法に沿ったものだ。コアなファンの活動を通じて、その周辺にいるライトなファンのロイヤルティを高める。そして、ライブ会場で販売するアーティストグッズや音楽CDの売り上げを拡大する。それがこの独自SNSが目指すところとなる。
Facebookページなどでなく、独自SNSで実現を目指すのには理由がある。
Facebookは実生活の人間関係から生まれる「ソーシャルグラフ」でつながったメディアだ。いくら熱烈なファンでも倖田來未関連の写真や音楽を頻繁に投稿するのは、友人の目もあってはばかられる。
倖田來未ファンという「インタレストグラフ」でつながった独自SNSなら話は別だ。そこに集う皆の関心は一致している。何の気兼ねもなく投稿できる。反響も大きいはずだ。peeproomはFacebook連携機能も備えるので、気に入った写真を時折ソーシャルグラフへ共有してもらえれば、それで十分だ。
お手本はレディー・ガガ
実はpeeproomにはお手本がある。レディー・ガガのSNS「LittleMonsters.com」だ。peeproomのシステムを開発するリボルバー(東京都港区)の小川浩CEO(最高経営責任者)は、「会員数は50万人以上、毎分数枚ペースで写真が上がっていきます」とその活況ぶりを説明する。
数年前、同じ地域や趣味の人が集う専門SNSが相次ぎ立ち上がった時期もある。ただ、その多くはユーザー数を伸ばせず閉鎖していった。IDなどを使い分け、複数利用するのは面倒だったからだ。
しかし今は環境が変わったと小川氏は言う。「FacebookやTwitterのIDを使ったソーシャルログインが可能になったため、ライトなファンでもコアなファンが集う専門SNSに参加しやすくなった」と説明する。レディー・ガガほどの大物ではなくとも、独自SNSが活性化する確率は高まった。
倖田來未は7月に子供を出産し、10月24日に復活第一弾シングル「Go to the top」を発売予定。そもそも、写真中心で楽しめるpeeproomへは、既に116カ国からのアクセスがあるという。これら“素材”を絡めながら、アジアを中心とした海外展開の足がかりにもしたい考えだ。
一方、「peeproomは2カ月で立ち上げたもので、まだ機能面の完成度は3~4割」(都築氏)ともいい、今後は決済機能の追加、自社EC(電子商取引)サイトとの連携や、多言語対応などを進める構えだ。
コアなファンを中核としたブランドロイヤルティの引き上げ策は、ソーシャルメディアを活用する企業の多くが狙うところだろう。エイベックスのように独自SNSまで取り組めるのは、カリスマ性があるアーティストならではともいえる。ただ彼らの取り組みで重要なのは、インタレストグラフとソーシャルグラフの使い分け、そしてそれらの連携という視点の持ち方だ。一般企業のソーシャルメディア活用においても、持っておきたい視点である。