日本航空の株式時価総額は全日本空輸のそれを1割程度上回り、6000億円を挟んだ攻防戦が続いている。業績への貢献度合が強まるばかりのモバイル経由の売上高を見ても、スマートフォン経由の比率が両社ともに5~6割と拮抗する。スマートフォンへの対応が、2社の雌雄を決すると考えても大げさではなかろう。今秋にiPhone 5への対応、スマートフォンサイトの刷新を矢継ぎ早に実施した全日空に対して、日航は10月1日に国際線予約アプリを投入、これでスマホ用アプリの数は10に達した。連載後編では、全日空対抗とも受け止められる日航のスマートフォン戦略の詳細をご紹介していく。

 最高のバトンタッチ――。

 日航が稲盛和夫名誉会長の下で社員の意識改革のために策定した「JALフィロソフィ」にはこんな言葉がある。部署間の連携を高めることで、バトンを渡すように丁寧に顧客情報などを共有して上質なサービスを提供することを意味する。西畑智博Web販売部長は、「お客さまが24時間いつでも身につけるスマートフォンは『最高のバトンタッチ』をサポートするツールになり得る」と例える。こうした考えに基づき、同社は1年前は2つだったスマートフォン用アプリを10月1日に10種類へと拡充した。

 アプリの種類を、ただやみくもに増やしているわけではない。3人で構成されるモバイルチームの1人であるWeb販売部Web・コールセンター企画グループの清水俊弥アシスタントマネジャーは、同部が定めた「トラベルループ」のフレームワークに沿って、各アプリの役割を説明する。

 トラベルループは、顧客の日常からスタートし、旅の計画を立て、航空券を予約購入、旅の準備をし、空港、機内、目的地、そして旅が終われば再び日常に戻る、という一連のサイクルを指す。各段階でアプリを通じた情報やサービスを提供することで、「同じ旅でも、JALを利用することで結果的に充実していた、時間を有効活用できたと感じてもらう」(清水氏)ことを目指す。これが価格面ではかなわない格安航空会社(LCC)との大きな差異化のポイントとなる。

トラベルループに沿って日航は10種類のアプリを提供する

 旅の検討すらしていない「日常」の段階で使ってもらうアプリが、新型機ボーイング787の魅力を感じてもらう「JAL×787」や、空港の出発案内掲示板風の壁紙「JALライブ壁紙 スケジュール版」だ。「さほどJALに乗らない人にも、日常的にJALを感じてもらう」(清水氏)のが提供の狙いだ。

 次に、旅の計画を立てる段階で使ってもらうのが「JALカレンダー」となる。日航の客室乗務員や飛行機、風景の写真とともにスケジュール管理ができるアプリだ。「Google カレンダー」と連携させて使い勝手を高めた。ここまでの段階は、利便性や娯楽性の高いアプリを利用してもらいながら、何気なく日航ブランドに触れてもらうよう設計している。

アプリは間口を広げる店の役割

 航空券の予約購入段階のアプリが「JAL先得」「JAL国内線」、10月1日にAndroid版をリリースした「JAL国際線」(iPhone版も近日提供予定)となる。スマートフォン用サイトでも航空券は購入できる。「Androidユーザーはアプリ利用が2割、サイト利用が8割と言われるが、iPhoneユーザーはその逆でアプリ利用が多い。サイトは売り場で、アプリは間口を広める店の役割となる」と、清水氏は説明する。

 新たに提供を開始した国際線予約アプリは、短時間に予約できるように、現行の国内線予約アプリと比べて使い勝手を大きく改善した。「行き先が決まっていればパソコンサイトより早く予約できるほど」(清水氏)という。国際線予約のスマートフォン用サイトも同時にリニューアルして、スマートフォン利用者のニーズに応える。

 予約購入の後もトラベルループに沿ってアプリを提供する。旅の準備段階で利用してもらう「JALカウントダウン」や、AR(拡張現実)機能も使って空港を案内する「JAL AiRport ナビ」、スマートフォンで搭乗手続きができる「JALタッチ&ゴー」、沖縄の観光情報を提供する「ちゅらなび」といったラインアップだ。

各アプリ内で日航提供アプリを一覧にして併用を促進

 アプリのダウンロード数は合計で70万件を超えた。単機能のアプリを多数出すとそれぞれのプロモーションに苦労しそうだが、日航は各アプリに同社提供のアプリ一覧メニューを設けて併用を促進している。今年3月に提供開始したJAL×787のアプリは、フリーマガジン「R25」とタイアップしたことで、アプリ配信サービス「App Store」の無料アプリランキング9位まで上昇した。こうして1つのアプリが上昇すると、一覧メニューを経由して、他のアプリのダウンロード数も伸びるという。JAL×787やJALカレンダーのような娯楽系、実用系アプリを日航のアプリの“入口”として使ってもらい、予約購入系のアプリなどの導入を促す。

スマホ売り上げは1年で約3倍に

 スマートフォン用サイトでも、旅の計画から空港利用の段階に必要な情報をまとめて提供する「Quicナビ」メニューを用意。座席変更やアップグレード可否の情報、出発・到着地の天気予報、空港ライブカメラ、搭乗口の案内などを搭乗路線ごとにカスタマイズして提供している。

 スマートフォン利用者の増加やサイトやアプリの拡充で、スマートフォン経由の売り上げは、この1年で約3倍に急拡大したという。その結果、モバイル経由の売り上げに占めるスマートフォン比率は約5割に達した。顧客ニーズに応えるため、「他業務を遅らせてでもスマートフォン対応を最優先で進めた」(西畑氏)結果だ。

 ただ、短期的な売り上げ拡大だけがスマートフォン活用の目的ではない。西畑氏はこう語る。

 「ウェブ全体を航空券の自動販売機にするつもりはない。『旅と暮らし』という大きなコンセプトを掲げて、年1回しかJALの飛行機に乗らない人ともつながっていたい。様々なタッチポイントを持つことで、次に旅行するときにはJALで、と思ってもらいたい」

 トラベルループを通じてスマホによる接点を持ち続けることで、日航のブランディングにもつなげたい考えだ。特に20代~30代への浸透を期待する。

 予約購入系アプリは予約センター、空港でのナビゲーションアプリなどは空港の地上職スタッフ、観光ガイドアプリは各地の支店と、各アプリはトラベルループの各業務を担う日航のスタッフらと対になる。個々の顧客に適した情報を提供するアプリが現場のスタッフとともに最高のバトンをつなぐ。それが理想型だ。空港でアプリに関する問い合わせがあっても対応できるように、社内でアプリをしっかり理解してもらう必要がある。Web販売部ではモバイルチームが写真入りで登場する親しみやすい説明資料を作成して配布するなど、理解を深めてもらうことに腐心している。

 昨年2月のサイト刷新を最後にフィーチャーフォンへの投資をやめた日航は、モバイルへの投資をスマートフォンに集中して、続々とアプリをリリースした。iPhone 5で始まったチケット管理サービス「Passbook」へも対応する方針で、今後もスマートフォンへの積極投資を継続していく考えだ。

 経営における重要性が高まるスマートフォンへの取り組みで、互いに譲らない日航と全日空。顧客はどちらに軍配を上げるのだろうか。