近年の格安航空会社(LCC)の参入や首都圏空港の発着枠拡大は、航空大手にとって競争激化という脅威をもたらすと同時に、新規の航空需要の喚起という機会と捉えることもできる。全日本空輸は今秋、顧客層拡大に向けたスマートフォンやソーシャルメディア活用の強化策を相次ぎ打ち出している。

 9月21日に発売になったiPhone 5には、全日空の経営陣も熱い視線を送っていた。

 「経営陣からも『ぜひやろう』と話が出たので、大至急対応しました」

 プロモーション室マーケットコミュニケーション部企画・宣伝チームの前田欣伸主席部員は、iPhoneの新サービス「Passbook」による国内線搭乗サービス開始にかけた意気込みを明かす。

全日空が提供するPassbook対応サービス

 PassbookはiPhone5発売と同時に始まった、チケットやポイントカード、クーポンなどを管理するアプリだ。米国ではユナイテッド航空などが対応をいち早く表明していた。国内でも全日空のほかぐるなび、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)など数社が、サービス開始と同時に対応を表明した。

 全日空のサービスでは、購入した国内線チケットをPassbookに登録して座席指定も済ませると、アプリ内に表示される2次元バーコードを使って、空港でのチェックインが不要な「スキップサービス」を利用できる。従来のiPhoneでもスキップサービスを利用できたが、空港で再度2次元バーコードを呼び出したり、事前に画面保存機能を使ったりする必要があり、利用が面倒だったという。PassbookがiPhone標準機能になったことによる利用促進を全日空は期待している。2012年内に国際線にも対応する予定だ。

スマホがモバイル比率を押し上げ

 こうしたスマートフォンの普及は、全日空のネット販売に大きな影響を与えている。

 「2000年代の初め以来、ネット経由の売り上げに占めるモバイルの比率は15%で概ね不変。ところがここ2年で、2ポイント上がり17%になりました。2ポイントといってもネット全体で4200億円(2011年度)の売り上げですから、数十億円の変化です」と前田氏。

 モバイル全体に占めるスマートフォン比率は既に6割弱に達した。出張利用が中心ではあるが、「(旅行などの)レジャー利用は1割にも満たないと思っていたら、2~3割はあることが分かりました」(前田氏)と新たな層に広がっている。家庭でのネット利用の中心がパソコンからスマートフォンへ移行することが見込まれる中、スマートフォン向けサービスは、旅慣れた人のための「自動販売機」から、「顧客個別に必要な情報を素早く手元に届ける」(前田氏)ものに進化する必要があった。

 その点において、全日空はPassbookのプッシュ通知機能にも期待を寄せる。顧客の搭乗便の運航状況や出発時刻に変更があった場合は、ホーム画面に通知を出してもれなく伝えることができる。従来も同様の情報をメールで伝えていたが、予約時に携帯電話のメールアドレスを登録する人は少なく、しっかりと伝えられていなかった。台風などで大半が欠航する場合は、予約センターに問い合わせが殺到し、電話がつながらなくなる。Passbookで個別の通知が可能になれば、顧客満足度の向上につながると同社はみる。

 全日空は10月1日、同様のコンセプトでスマートフォン用サイトのリニューアルに踏み切った。肝となるのは「My Booking」機能だ。

顧客のナビゲーター役へ

 こちらの機能は、航空券を予約した人が利用するメニューだ。予約状況の確認、変更、座席指定などができ、座席指定が完了してスキップサービスを利用できる人にはその旨を案内する。

 飛行機をあまり利用しない人にとって、いくら丁寧にスキップサービスの利用方法をサイト上で説明しても、自分が利用できるかどうかは確信が持てない。それなら「あなたは利用できます」と表示するのが親切だろうという考えだ。

 そのほかにも株主優待券で利用する人には、その券を忘れずに持ってきてもらうよう案内。「お客さまが次の導線を判断できるサービス提供をスマホで提供しよう」(前田氏)というのが趣旨だ。来年3月にかけて続々と機能を強化していく。

 デザインも大きく変わる。これまでのスマートフォン用サイトは2010年秋、Android端末が国内で本格発売された際に作ったものだ。タッチ画面を意識して、スマートフォンらしくアイコンをグリッド状に並べた。当時の流行でもあったが、20以上のアイコンが大小の区別も無く並ぶ。そのため利用者が使うべきメニューに迷うことが多かったという。予約関連でも5つの入り口があった。また、航空券の購入や搭乗に必要な情報なのか、それともプロモーションなのかの区別も無かった。

 今回はその反省を生かし、国内線に関しては「空席照会/予約」「My Booking」「運行状況」「サポート」の4つに大きな入り口を集約。自分がどれを押せば良いのか一目で分かるようにした。

全日空のスマートフォンサイトのリニューアル前(左)と後。多数あったアイコンを整理して分かりやすくした

 「合い言葉はスマホファースト」

 前田氏は今回のリニューアルをこう表現する。売り上げ構成を考えれば「PCファースト」だが、プラットフォームとしては成熟しつつある。であれば、投資を強化すべきはスマートフォンとなる。リソースを割いて短期間で開発を進めたという。自動販売機から顧客のナビゲーター役へと進化を遂げて、新たな顧客層の取り込みを図る。

 同社の顧客層拡大を支えるもう1つの武器となるのがソーシャルメディアだ。同社はファン数77万人を超えるFacebookページ活用で名高いが、より販促に直結したソーシャルメディア活用施策も展開しているのをご存じだろうか。それが「SOCIAL SKY PARK」のサイトだ。

コイン対価にソーシャル拡散

 同サイトでは2週間ごとに出される「テーマ」に対して、TwitterやFacebookを通じて回答を寄せると「eクーポン」をもらえる。eクーポンは10円単位で航空券やツアーの購入などに使える。eクーポンを対価にした「毎回5000~7000の規模になる」(前田氏)という投稿を通じて、全日空のメッセージをソーシャルメディア上に広げる役割を果たす。

 10月1日にはeクーポンを「ANA SKY コイン」に名称変更し、JCB、三井住友カード、ヤマダ電機などのポイントと交換可能にする。コインをためる手段として、テレビCMなどの動画視聴も追加する。この狙いは、コインをためやすく、使いやすくすることだ。

 同社は「マイル」も提供しているが、頻繁に飛行機に乗ったり提携カードを利用したりしないとたまりにくい。たまに飛行機に乗るような人には、ソーシャルメディアへの投稿でもたまるANA SKY コインをためてもらい、それで割引きを受けられる全日空を選んでもらいたい。そんな狙いがあるのだ。

 将来的には、SOCIAL SKY PARKがソーシャルメディアによる売り上げ貢献の分析に役立つ可能性もある。同サイトを利用する際には、ANAマイレージクラブ会員情報とFacebookなどのアカウント情報を連携させる。これにより、ファンになると搭乗頻度が増えるか否かなどの分析も可能になる。実現すれば、ソーシャルメディア活用の先進企業として知られる全日空の活用が、さらに一段階ステップを上がることを意味する。

※連載後編では、日本航空のスマートフォン戦略を紹介します。

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