企業・団体がソーシャルメディアガイドラインを策定することは、2年前の2010年時点ではまだ国内では事例が少なく、それだけでニュースバリューがあった。その後、各社で策定が相次いだこともあり、策定したこと単体でニュースになることはめっきり少なくなっている。そんな中、「よく出来ている」「完成度が高い」とこの夏、ソーシャルネットワーク上で評判になったガイドラインがある。聖心女子大学が今年4月に公開した「聖心女子大学におけるソーシャルメディア扱いのガイドライン」だ。

聖心女子大学のソーシャルメディアガイドライン

 策定に携わったのは、同大英語英文学科のマーシャ・クラッカワー教授。NHKラジオ英会話など英語教育番組の講師としてご存知の人も多いことだろう。メディア・コミュニケーション学で教鞭を執るクラッカワー教授は、学生がiPhoneやTwitter、Facebookなど新しいデバイス、メディアに積極的に触れることを推奨しつつも、そこに危うさも感じていたという。「友達に誘われて気軽に参加・投稿しているが、その友達の友達にまで身辺情報を無防備にさらして大丈夫なのか。ゼミでは議論もしたが、就職活動にソーシャルメディアを使う流れになって、これは大学全体で取り組む必要があると考えた」と語る。昨年2月に学内でワーキンググープを作り、東日本大震災以降ソーシャルメディアの普及がさらに加速していく中、ルール作りに着手した。

 一般にソーシャルメディアガイドラインの文面は、「本学の学生として、また社会の一員として自覚と責任を持ち、良識ある発言・投稿を心がけてください」「個人情報や機密事項など、不適切な情報を発信しないよう注意してください」といった内容が箇条書きになっているケースが多い。いずれも重要なことだが、文章にすると当たり前のことに見えてしまい、受け流してしまいがちだ。

 その点、PDFファイルで5ページにおよぶ聖心女子大学のガイドラインは、抽象的な条文の羅列ではなく、7つのチェック項目を中心に構成されている。以下のような具合だ。

□個人情報がどのように悪用される可能性があるか考えたことがありますか?
□情報は公共の場で披露しても大丈夫な内容ですか?
□インターネットに発信した情報は取り消すことが困難なことを知っていますか?
□自分以外の写真や情報に関して投稿する際、きちんと許可を取っていますか?

 それぞれに、「面接官がこの投稿・プロフィールを見たら、どんなイメージを抱くでしょうか」など、そのチェック項目がなぜ重要なのかについても解説している。ガイドライン自体が、研修ミニハンドブック仕様になっていると言っていいだろう。

就職活動も控えるあなたのため

 大学の枠を超えてこのガイドラインが評価されたのは、こうした分かりやすさももちろんだが、その根本に「学生を守る」という愛が感じられることが大きい。

 企業のガイドライン策定においては、対象者である従業員は全員「大人・社会人」であり、また危機管理対応の意味合いから、従業員の不適切な言動による企業ブランドの毀損を防ぐことを第一義にしている面が強い。ガイドラインをWeb上で公開するのも、社会に対するコミットメント、意識の高い企業であることの訴求といった目的と同時に、万が一不祥事があった際には、対策を取っていた証拠としてアピールするエクスキューズの側面がある。

 その点、対象者が未成年も含む学生である同大のガイドラインは、教育・指導がベースとなっている。ガイドラインの理解・浸透をうながすために全学生に配布した文書「SNS 利用の注意」には、以下のくだりがある。

 「大学は、発言に問題のある学生に対して、(犯罪行為、反社会的行為に発展すれば別ですが)即刻、停学や退学といった措置はとりません。むしろ、それを指導・教育するのが大学の役割だからです。しかし、それは、あくまで教育的配慮によるもので、問題発言が許容されているわけではありません」

 その裏面には、ガイドラインの内容を、「他者の個人情報を許可なくツイートしない」 「他者を誹謗・中傷するツイートをしない」「職務上、知り得る情報をツイートしない」「モラルに違反する内容をツイートしない」の4点に集約したまとめを載せている。いずれも「大学に迷惑をかけないで」ではなく、「これから就職活動も控えているあなた(学生)のため」の視点でまとめられている。

 ガイドラインは、大学が今春、在校生向けに発行・配布した120ページからなるガイドブック「学生生活2012」にも盛り込まれた。その効果は早々に出ているようだ。大学のアカウントをフォローしていて聖心の学生であることが一目瞭然のアカウントが、授業内容や教授に対する不満や愚痴をつぶやくケースが以前は散見されたが、それがほとんど見られなくなったという。「SNS 利用の注意」を作成した文学部歴史社会学科の小城英子准教授は、「不満を持つこと、それを友達とリアルの場で話すこと自体は構いません。ソーシャルネットワーク上に自分の発言としてさらすことが果たして適切かどうか。それが判断できるようになることが大切」と語る。

 大人の従業員が所属する企業が、従業員の個人的なソーシャルメディア上の発言にどこまで教育的に配慮し指導するかを巡っては、意見が分かれるところだろう。しかしせっかく社として策定しながら、従業員がその存在すら知らないなど、実効が上がっているとは言い難いケースも多く聞かれる。重要なのは従業員の理解だ。その意味で聖心女子大の教育的ガイドラインは、企業にとっても大いに参考になるだろう。

【参考】ガイドラインを策定している主な大学
聖心女子大学におけるソーシャルメディア扱いのガイドライン
関西学院の構成員が行うソーシャルメディアでのコミュニケーション活動について
中央大学 ソーシャル・コンピューティング・ガイドライン
立教大学 ソーシャルコンピューティングのガイドラインについて
近畿大学 ソーシャルメディア利用のためのガイドライ
追手門学院 ソーシャルメディアガイドライン
多摩美術大学 「ソーシャルメディア・ガイドライン」の制定について

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