製薬会社の医薬情報担当者(MR)と医師との面会制限を受け、“空中戦”としてのデジタルマーケティング活用が製薬業界で注目を集めている。製薬会社にとって垂涎の的とも言えるのが、米製薬大手の日本法人ファイザー(東京都渋谷区)のデジタル戦略だ。

PfizerPROのサイト

 ファイザーが医療関係者向けサイト「PfizerPRO」を開設したのは2010年2月。高い評価を受けるようになったのはここ1~2年のことだ。2009年まで同社は、主要医薬品・領域別に全14ブランドの独自ドメインサイトを展開していた。これはブランドを強く訴求するには効果的で、例えば日清食品でも「カップヌードル」(cupnoodle.jp)、「どん兵衛」(donbei.jp)といった具合に採用されている。逆に他ブランドにはややアクセスしにくい、あまり遷移させたくない作りといえる。

MRは4強もサイト評価は11位

 自社の医薬品ブランドを訴求したいのはやまやまだが、果たして顧客である医師目線に立って考えた場合、これでいいのか…、そう考えさせられる出来事がサイト刷新前年の2009年にあった。同社マルチチャネル・マーケティンググループ担当課長の柿本啓太郎氏は次のように語る。

 「調査会社や専門誌が発表している医師によるMRの評価が高い製薬メーカーランキングで、ファイザーは常に4強にランクインしていました。ほか3社は武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共です。ところが、医薬品マーケティングリサーチ会社のエム・シー・アイ(東京都中央区)が発行する『医師版マルチメディア白書』の定点調査によると、『医師が閲覧する製薬企業ウェブサイトランキング』でファイザーは11位。ちなみにトップ3はMR評価が高い3社と同じ顔ぶれでした」

 若手の医師ほど医薬品の情報源としてネットの割合が増加している昨今、サイトのプレゼンスが劣っているのは看過できない。これが大リニューアルのきっかけになった。

 ページデザインやサイト構造も異なる全14ブランドサイトを1つのサイトに統合するだけでも大変だが、ファイザーは単に寄せ集めただけでは終わらせなかった。医師が個々人の関心事に合った情報をスムーズに閲覧できる、価値あるサイトを目指し、「顧客ターゲティング」と「レコメンド」機能を導入した。

 顧客ターゲティングは、医師が会員登録時に選択した所属科や関心領域といった属性に基づいて、情報を出し分けるというもの。例えば関心領域で「オンコロジー(腫瘍学)」を選択した医師がPfizerPROにアクセスした場合、新しく承認されたがん治療薬の画像を出して、クリックすると製品情報ページに飛ぶようにする。属性と表示コンテンツの組み合わせルールを事前登録しておくことで、医師の関心に沿いつつファイザーとして訴求したい情報へのアクセスを促す。

 この顧客ターゲティングは、月2回配信するメールマガジン「PfizerPRO Journal」とも連動させている。メルマガでは新しい医薬品情報や、スキルアップのための読み物コンテンツなどを用意し、詳細はサイトで読むように誘導している。その際、新薬が循環器系のものであれば、新薬のメルマガタイトルと読み物コンテンツのメルマガタイトルの2種類を用意して、循環器系の医師には前者、関連が薄い領域の医師には後者のメルマガを配信することで、開封率、クリック率を高めるように工夫している。

 一方のレコメンドは、サイト来訪者の行動履歴に基づいてお薦めのページを提示する。「Amazon.co.jp」が「この商品を買った人はこんな商品も買っています」と表示して“ついで買い”を促すのと同様、「この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます」とお薦めの記事タイトルを提示する。

 米ベイノートのレコメンドエンジン「Baynote」を採用した。ページ単位で、流入元から滞在時間、ページスクロールの有無、お気に入り登録をしたか、印刷をしたか、そして流出先など全24種類に上るページ内行動を記録し、その“集合知”を分析することで、あるページを見た医師が関心を持つであろう他のページをお薦め順に5~6本提示する。

 医師向けの情報では考えにくいが、仮にクリックを誘発するような“釣りタイトル”でページビュー(PV)が伸びたとしても、滞在時間やページスクロールなどの状況からすぐに離脱していると判断されれば、お薦めからは外れる。ある意味でビッグデータに基づくお薦めであるため、関心にマッチする精度は高いといえそうだ。

担当外の情報こそ価値がある

 属性別ターゲティングでは、「循環器系の医師には高血圧治療薬」といった具合に担当領域に沿った医薬品情報を設定して表示させているが、レコメンドにはこうしたコントロールが効かない。従って、領域外の医薬品が表示されることもある。柿本氏は、「最近では内科の医師にうつ病関連のコンテンツがレコメンドされて、見ているケースが多いようだ」という。

 昨今のうつ病患者の増加に対し、厚生労働省が「早期の対応には、内科医などかかりつけ医に受診した段階でうつ病患者を見つけることが有効」としてうつ病に関する基礎的な知識の取得を奨励していることから、アクセスが増えていると考えられる。本来は精神科の領域であり、訴求したい医薬品が多い内科の医師に抗うつ薬などを表示させるルールを属性ターゲティングで設定することはあまりない。

 レコメンド機能の搭載により、内科領域のコンテンツを見ている内科医がうつ病関連情報も併読している傾向を把握し、関心コンテンツとしてお薦めすることで満足度を高めた。「月間PVは約40万。これは2位企業の1.5倍に上る数字」(柿本氏)。ページ閲覧のデータが蓄積されるほどお薦めの精度が上がるため、それに比例して医師が閲覧する製薬企業サイトランキングも、11位から4位、そして1位へとジャンプアップした。

医師からのサイト評価が、11位から急上昇し1位へ

 なお、顧客ターゲティングはオラクルのCMS(コンテンツ管理システム)「WebCenter Sites」(旧「FatWire」)の機能を利用し、そこにBaynoteを載せて動作させている。EC(電子商取引)やニュースサイトではレコメンド機能の導入は進んでいるが、国内企業で非EC分野での導入はまだ珍しい。

 ページ単位ではないものの、担当の医師が閲覧する領域の情報はMRも共有し、営業に活用している。ただし、例えば禁煙啓発の小冊子などを医師がオンライン注文した場合、それをMRが医師と会う口実作りのために持参するような使い方は禁じているという。あくまで医師目線で価値あるサイトを目指し、情報の押し付けはしない─。ファイザーの取り組みは早々に成果として表れたといえるだろう。