米アップルのiPhone向けアプリ配信サービス「App Store」のアプリ登録数は70万本以上ともいわれ、世界中の開発会社が言葉の壁を越えて腕を競う。この市場で、損害保険会社のアプリが、無料ユーティリティという分野限定ながら日本でランキング1位を獲得したというのは、にわかに信じがたい話ではなかろうか。

iPhoneアプリ「Safety Sight」は、前方車両をカメラで検知

 そのアプリは損害保険ジャパンが8月27日に配信を開始した安全運転支援アプリ「Safety Sight」だ。配信開始の直後から4日間、1位を維持した。同社がスマートフォン向けのアプリを出すのはこれが3本目。新しく出すアプリほどダウンロード数増加の勢いは増しているという。損保ジャパンはなぜここまでスマートフォンに力を入れるのか。そして、どんな成果を得ているのだろうか。

 損害保険業界の歴史は合併の歴史でもあり、現在、大手は3グループに集約されている。1879年に創業した東京海上保険会社が源流の東京海上ホールディングス、三井グループと住友グループの保険会社などで構成されるMS&ADインシュアランスグループホールディングス、そして損保ジャパンと日本興亜損害保険などの持ち株会社であるNKSJホールディングスだ。

 その中で、NKSJグループが標榜するのは「お客さま評価日本一」である。その評価を得るに当たっては、顧客に与える安心感、信頼感は欠かせない。とはいえ、この2つを巡っては3グループともにいずれ劣らぬ状況で、差異化は困難とも言える。

 そこで同社が追求するのは「先進的な企業イメージ」だ。「海外旅行保険のネット加入は10年前と、かなり初期からやっている」(マーケティング部企画グループの中澤雄一郎担当課長)など、新機軸のサービスを開発することでブランド価値を高めてきたと自負する。先進的なツールであるスマートフォンで顧客満足度を高めることは、企業戦略にかなうことだ。

 スマートフォンに注力するもう1つの理由は、トラブル対応に最適な端末であることだ。ネット接続、位置情報の共有、カメラ撮影ができるスマートフォンは、事故報告などの場面で有効なツールとなる。また、アプリであれば、携帯電話の電波が届かない山奥でトラブルに遭った場合もオフラインで情報を提供できる。

アプリ第1弾、7万超ダウンロード

 そこで昨夏、損保ジャパンのスマートフォン用アプリ第1弾となる「トラブルCh」の提供を開始した。自動車、海外旅行、日常生活における様々なトラブルの解決情報をまとめたもので、ダウンロード数は累計7万件を超えた。一般企業が提供するアプリとしては、ヒットの部類に入ると言っていい。

 今年7月30日には、人気アニメキャラクターの「秘密結社 鷹の爪」を使った海外旅行でのトラブル対応アプリ「無料版!吉田の代弁 トラブル対処英会話篇 by 損保ジャパン」の提供を開始した。海外旅行先での病気や盗難といったトラブルなどに対処するための31種類の英文を収録しており、それをアニメキャラクターが読み上げてくれる。

 鷹の爪は一癖あるキャラクターだけに社内でスムーズに承認されたわけではない。しかし、利用者がアプリを入れたことを忘れないようにと、あえて強烈なキャラクターを選んだ。

 そして、8月27日に提供を開始したのがSafety Sightだ。このアプリには、自動車ドライバーの安全運転を支援し、事故を減らす効果を期待する。

 スマートフォンが持つ加速度センサー、GPS(全地球測位システム)、カメラで撮影した映像などから、前方車両が接近した時や発車した時にアラートを出す機能、自分の車の急ブレーキや衝突などの衝撃を感知したとき、前後数十秒間にわたる映像を自動的に録画するドライブレコーダー機能などを備えている。

Safety Sightは、ドライブ後には安全運転度を診断

 また、ドライブ後に地図や走行距離・時間、急ブレーキ地点を確認し、安全運転の診断を受けられる機能も備える。利用するにはiPhoneをダッシュボードなどに固定し、カメラで前方を撮影できるようにする必要がある。

 こうした高機能なアプリを、損保ジャパンの契約者以外にも無料で提供することで、7月20日のニュースリリース公開時から話題を集め提供開始と同時にダウンロードする人が殺到した。

アプリで事故率低下にも期待

 しかし、これが損保ジャパンのマーケティングにつながるのだろうか。中澤氏は「とにかく安全運転をしてもらいたいというのが我々の願い」と語る。ただ、副次的な効果も期待できるようだ。

 短期的には、アプリが話題になりテレビなどで取り上げられたことで、同社や代理店への問い合わせが増えているという。アプリの費用対効果について中澤氏は、「単体で考えるというより、ブランディングや営業との連携が重要」と言う。アプリ画面を通じた直接の資料請求の件数だけではなく、企業イメージの向上や間接的でも営業の案件にどれだけ結びついたかを評価したい考えだ。

 長期的には損保ジャパンの契約者にアプリ利用者が増え、事故件数が減ることも期待できる。その結果、保険金の支払い総額が減れば、同社と契約者の双方にとってメリットとなる。

 事故率の増減には様々な要因があるため、アプリの貢献度を把握するのは容易ではない。ただ、企業や団体にアプリを一括導入してもらえれば事故率の減少が分かる。本当に事故率が下がるようであれば、その事実は新たなプロモーションの材料になるだろう。

 課題となるのは、事故対応の窓口となるサービスセンターや代理店などとアプリの連携だ。「アプリをダウンロードしておくと、加入時の説明が楽になったり、事故時の対応が迅速になったりするといった相乗効果を出したい」(中澤氏)。例えば、顧客がゴルフ場の近くに来たときにゴルフ保険を薦めてすぐ加入できるようにする。また、事故を起こしたときにスマートフォンの位置情報が対応窓口に伝わるなどといった連携が想定されるだろう。Safety Sightだけでなく、あらゆるアプリでの連携を検討する。

 社内のオペレーションの見直しも必要になるため簡単ではない。しかし、実現すれば、アプリが話題作りだけでなく、自社サービスの高度化や顧客満足度の向上に結びつく。損保業界は新商品を企画しても他社が追随しやすいという。スマホアプリで他社と差異化をできれば、開発意義は一層高まる。これは他の企業でも同様だろう。

損保ジャパンが提供するスマートフォン用アプリ

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