顧客が自らのソーシャルメディアを使い、企業のブランドを宣伝してくれる─。
デジタルマーケティング施策で期待される効果の1つだが、実現は容易ではない。「企業から宣伝を押し付けられた」とユーザーが感じ取れば盛り上がらないし、一歩間違えば「ステマ」などと批判され、炎上する危険すらはらんでいる。

花王が昨年10月にスタートした、全身洗浄料「ビオレu」のキャンペーンサイト「ビオレママ顔メーカー」は、ユーザーが自ら広告塔となり、ほかのユーザーに拡散する形で成功した例だ。CMキャラクター「ビオレママ」の顔を自分や家族に似せて作り、ソーシャルメディアのアイコンサイズでダウンロードできるようにした。この仕組みを使って“ビオレママ顔”を作った人は、開始後約10カ月で約50万人に達した。
Twitterのアイコンにビオレママ顔を使ったり、自作のビオレママ顔をFacebookに投稿したりする人が続出し、ソーシャルメディアでビオレママ顔が拡散した。友人の顔を作ってあげることでコミュニケーションツールとしても利用されたほか、TwitterやFacebookに「ビオレママになろう♪」と、CMのフレーズを書き込む人も少なくなかった。
課題は「関与度」の低さ
この反響は、同社が狙ったところだが、実は想定外だった面も大きい。
ビオレは1980年、洗顔フォームのブランドとして誕生。「ビオレu」は液体石けんの先駆けとして84年に生まれた。99年、成分を中性から弱酸性に変更するとともに、「肌に優しいボディウオッシュで大事な家族を守る」とのコンセプトで子どもがいる主婦のキャラクター「ビオレママ」5人を設定しCMに登場させた。以来20年以上、同社はボディウオッシュでシェアトップを堅持、商品購入のリピート率もナンバーワンという。
ただ課題もある。同社ビューティケア事業ユニットプレミアム・スキンケア事業グループビオレu・ホワイトグループの野口真紀子シニアマーケターによれば、「化粧品などと異なり、ボディウオッシュは悩んで買うものではない」。ビオレuというブランドを意識してもらい、消費者の関与度を高めるのがマーケティングの課題だった。
昨年10月、成分リニューアルにあわせてパソコンと携帯電話向けにビオレママ顔メーカーを投入した。端末から顔写真を送信すると、自動でビオレママ顔に変換、顔パーツを微調整することで、より似せることもできる。
顔メーカーを通じて「ビオレママになろう♪」を実体験してもらうことで、ビオレuへの関与度を高めるとともに、新しくなったビオレuへの興味を引きつけ、製品サイトで詳しい情報に触れてもらうのが狙いだ。サービスを楽しんだ利用者が、ソーシャルメディアで拡散してくれることも期待した。
当初は、ビオレu購入者限定サービスとして提供することも考えたが、より多くの人に楽しんでほしいと無条件で誰でも利用できる形でリリース。テレビCM効果とネットのクチコミ効果で、今年5月までの約7カ月で約29万人が顔メーカーを利用し、一定の成功を収めた。
キャンペーンが一段落した今年6月1日、規模を縮小するかたちでリニューアルした。パソコンと携帯両方に対応していたサービスをパソコンに一本化し、キャンペーン独自サイトからビオレの製品サイト内に移動させた。サーバーや情報管理の負荷が大きい、写真から顔を自動生成する機能を終了し、代わりに顔のカスタマイズパーツを増やした。サービス提供にかかるコストは大きく削減した。一方、ユーザーにとっては、写真を撮ってアップロードする手間がかからない分、手軽に試せるようになり、顔パーツが増えたことで“遊べる”余地が広まった。
ビオレuサイト訪問者数が15倍に
リニューアル直後は平穏だったが、7月に突然、サイトへのアクセスが跳ね上がった。きっかけとして大きかったのは、著名人のTwitterだ。勝間和代さんや漫画家のゆうきまさみさんなどネットの著名人が次々に顔メーカーを試してTwitterやブログに結果を投稿し、それがフォロワーやファンを通じて拡散していった。
ニュースサイトにも次々に取り上げられ、7月末からのわずか1カ月強で、開始直後の約7カ月間分に近い件数の利用があったという。顔メーカーを移行した効果で、ビオレuサイトの7月の訪問数は1~6月までの平均の約6倍、8月は同約15倍にまで跳ね上がった。「これがネットの世界のすごさだ」と野口氏は波及力に驚く。

顔メーカーは誰でも自由に試せるサービスだけに、誹謗中傷などに使われるリスクもあった。サービス利用前の画面では、営利目的やブランドイメージを損なうような不適切な利用を避けるアラート画面を大きく表示した。
その効果もあってか問題のある利用はほとんどなく、ソーシャルメディア上の発言を分析すると、「楽しい」「笑える」などポジティブな意見がほとんど。「結婚式の席次表に、顔メーカーで作ったイラストを使ってもいいですか」など予想外の問い合わせも寄せられたという。
もっとも、ビオレuのトップシェア堅持と、顔メーカーのヒットの因果関係は不明だ。顔メーカーのサイトには、ビオレuの製品サイトにリンクする小さなバナーを張るなど商品情報への誘導はしているが、あくまでユーザーの遊びを優先した作りになっている。「販売に結びつけることを狙いすぎなかったのが、顔メーカー成功の要因だろう」と野口氏は分析する。
「テレビCMなどを受動的に見ている状態と違い、Webサイトは『ビオレママになりたい』と能動的にアクセスしてくれる」
サイトを訪れた人に顔メーカーを楽しんでもらうことで、ビオレuやビオレママを“自分ごと”として感じてもらう。消費者との絆作りや自社サイトに来てもらう下地作りはできたと野口氏はみている。
顔メーカーの成功は、長年かけて積み上げたブランドやキャラクターの力があってこそ。そう簡単に他社がまねできるものではなかろう。ただ大規模なキャンペーンが一段落し、機能をシンプルにした後にユーザーの力で再度ブレイクした花王の事例は、ユーザー参加型キャンペーン成功への1つの道を示唆している。