近年、航空業界では格安航空会社(LCC)による価格競争が話題だが、1984年、価格競争が進む世界の航空業界の話題を席巻したのが英ヴァージンアトランティック航空だった。畑違いの音楽業界から参入し、低価格で斬新なサービスを続々投入した。創設者のリチャード・ブランソン氏は、熱気球による太平洋横断を達成するなど冒険家としても知られる。今もそのカリスマ的魅力で同グループを率いる。
こう聞いて、あなたは「何を今さら」と思うだろうか、それとも「それ、誰?」と首をひねるだろうか。その反応は世代によって大きく異なるようだ。
同社のマーケティング部スーパーバイザーの居駒貴子氏は、自社の認知度について、30代前半以下の若年層で低くなると嘆く。
「ある大学で、社内の者が講義をしたときに、ヴァージンアトランティック航空を知っていますかと尋ねると数人しか知りませんでした。リチャード・ブランソンは? と尋ねるとほぼいません…」
同社が日本で就航するのは東京-ロンドン線だけ。テレビCMや新聞広告で大々的にプロモーションする予算は無く、そもそも、英国に行く人がターゲットの大半なのでマス広告は非効率だ。
そこで、英国に興味がある人を捉えやすい、そして英国やヴァージンのファン育成をしやすいデジタルマーケティングに力が入る。同社サイトは英国に関する連載コラムを豊富に掲載する。英国の魅力を伝え、「英国に行きたい」と思ってもらい、東京-ロンドン線の需要を喚起するという長期的な視点に立つものだ。
自分のレシピが機内食に
自社サイトに加え、ソーシャルメディアの活用にも力が入る。「ソーシャルメディアのクチコミで会社の認知度を上げられないか」(同社マーケティング部の鈴木克也部長)との狙いから、同社のグローバルFacebookページを通じた日本語での情報発信に加え、ユーザー参加型キャンペーンも展開する。

最新の取り組みが、「空の上のレシピ賞 SORA REPI 2012」だ。大賞となったレシピは2013年、東京-ロンドン線のエコノミークラスの機内食となり、作成者の名前が機内食名に採用される。Facebook上で応募を受け付け、各レシピに対するいいね!数やコメントも審査の材料となった。
6月15日から7月20日までレシピを募集したところ、122件のレシピが寄せられた。8月27日には最終審査の対象となる3件のレシピを発表しており、現在は9月13日の大賞発表を待つ段階だ。
企画の途上ながら、「レシピコンテストに関するFacebookへの1つの投稿で4000~5000人へリーチでき、いいね!も多くつく。他社のレシピ投稿キャンペーンと比較しても反応は良いはずで、費用対効果は高いと考えている」と鈴木氏。レシピを実際に機内食に採用することを考えると、「プロが見ても目から鱗が落ちるほど」(鈴木氏)というほど質が高いレシピが集まったことが最大の成果だ。
成功のポイントは、ソーシャルメディア上の話題や自社サイトで人気記事になったかどうかなどの事前調査を踏まえて、日本人が特に関心を持つ「食」をテーマにしたことだ。機内食のレシピという話題をきっかけに、普段は英国やヴァージンに関心がない人とつながりを持つことができた。
そして、一般公募のレシピを機内食に採用するというほかの航空会社にはない斬新な企画であったことだろう。普段ヴァージンとは関係が薄い生活情報系サイトでも記事になり、「YouTube」で公開する料理レシピなどの動画再生回数が合計100万回に達するインフルエンサーからも応募が寄せられた。そうした応募者を起点にさらにクチコミが広がり、多くのいいね!やシェアを誘発した。
ソーシャルメディア活用で認知度を向上させたい…。そう思う企業は少なくないが、いいね!やシェアを1件でも獲得することの難しさは、ソーシャルメディア活用経験が深い企業ほどよく知ることだろう。クチコミを起こすには、どんな応募があるか分からない時点で機内食への採用を約束するヴァージンのようなチャレンジ精神も必要なのだろう。