「ソーシャルメディアで何かできないか」という淡い期待からアカウントを開設し、「こんな投稿をしたらエンゲージメント率が高まった」といった成功例に惑わされ、目的も曖昧なまま数字に一喜一憂する――。そうしたソーシャルメディア運営をしている企業は少なくないだろう。
多くの「いいね!」やコメントがついたり、ファン数が増加した実例は、それぞれに納得感はある。しかしながらそれらは、その企業・ブランドのもともとの知名度やシェア、市場動向など一定の競争環境の下で成立した結果であって、単純にまねすれば同等の成果を得られるかといえば再現性は低いと言わざるを得ない。
自社ブランドの立ち位置を分析して課題を抽出し、一方通行型のマス広告ではなし得ない、ネットが得意とする領分で、ソーシャルメディアを課題解決のために有効活用するのが順番であり本筋だ。その点で、ソーシャルメディア利用の目的と設計を明確に運営している例として、蘭フィリップスの日本法人、フィリップスエレクトロニクスジャパン(東京都港区)の取り組みを紹介しよう。
ヒゲと肌、情報発信にFacebook
同社は、電気シェーバーが主力製品の「メンズグルーミング」と、電動歯ブラシブランド「ソニッケアー」の2つの製品群でFacebookページを運営している。開設は昨秋。同じ会社の一般消費者向け製品だが、Facebookページが担う役割は異なる。
メンズグルーミングのFacebookページは、「情報発信型」「提案型」を志向している。電気シェーバーの国内市場は「ラムダッシュ」を擁するパナソニックがシェアトップで、次いで米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)の「ブラウン」シリーズ。フィリップスの「センソタッチ」をはじめとするシェーバー群は3番手に位置している。
フィリップスのシェーバーが浸透しているのは60代以上と高齢だ。同社カントリーインターネットマネージャーの高橋淑恵氏は、「主顧客層に続く50代、40代を狙ってこれまで広告展開してきたが、シェーバーは問題がない限り同じメーカーの製品を使い続ける傾向が非常に強く、他社からの乗り換えは進まなかった」と言う。

そのため方針を転換。ターゲットを20~30代の若い男性に切り替え、テレビCMには昨夏から俳優の成宮寛貴さんを起用している。若い男性は「まだそれほどヒゲが濃くないから」といった理由で「カミソリ派」の割合が年配層より多い。その分、シェーバーブランドにもこだわりがない。そこで、カミソリからの乗り換えを狙った。
一方、職場でのヒゲを許容する風潮が高まり、それにあわせて「ヒゲスタイリング」への関心も高まりつつある。おしゃれ感度の高い男性に向けて、「今日も、ジブン出していこう」をコンセプトに、ファッションとしてのヒゲをフィリップスのシェーバーで楽しむことも併せて訴求していくことにした。
ヒゲと肌にまつわる話題には事欠かない。メンズの肌ケアやおしゃれヒゲのポイントといった情報のほか、同社社員のヒゲ自慢なども織り交ぜて投稿している。豆知識の定期的な情報発信とスタイル提案は、マス広告では手がけにくく、Facebookページには適したコンテンツである。

ブランドを浸透させるため、ファンを増やすキャンペーンにも取り組んだ。6月11日から、ネット上で21種類のヒゲスタイルを疑似体験できる「ヒゲシミュレーター」の公開にあわせ、ヒゲをつけた自身の画像を投稿・応募してもらうヒゲスタイルコンテストを開催。選考の結果選ばれた10人に、メンズグルーミング製品をプレゼントするというものだ。アイドルグループAeLL.(エール)をキャンペーンの宣伝部長に起用し、メンバーの“ヒゲづら”写真も投稿して盛り上げた。
このキャンペーンはWebニュース媒体で多数取り上げられ、また作成した画像を自身のFacebookやTwitterのアイコンに利用する人も現れたことで、シミュレーションの利用回数や応募数を増やすことに成功した。
結果、Facebookページのファン数も、キャンペーン開始前の千数百人から約7000人へ一気に伸ばした。Facebook普及初期と違ってファン数の自然増が見込みにくくなっているだけに、キャンペーンは有効だったと言えるだろう。
それでも高橋氏は、「ファン数は合格ラインだが、いいね!やコメント数など、エンゲージメント系の数字は期待したほどには伸びなかった」と言う。「パーソナルブランディングツールとして“外向きの自分”を見せる傾向が強まっているFacebookでは、ヒゲを生やしたアイドルの写真は、面白いと思ってくれてもアクションを起こしにくかったかもしれない」と分析する。
同社はこの8月中に、同社製品特有の丸いヘッドの回転式ではなく、パナソニックやブラウンが採用する往復式の新製品を発売する。これまでの反省点も踏まえながら、今後はキャンペーン設計を見直し、ファン数増加につながる施策を展開する予定だ。
利用者の声集めにFacebook
一方の電動歯ブラシ「ソニッケアー」のFacebookページは、利用者の声が集まる「コミュニティ型」を目指している。こちらでは、メンズグルーミングのFacebookページでは許可していないユーザーのタイムラインへの書き込みを許可している。

電動歯ブラシも電気シェーバーと同様、競合はパナソニックとブラウンだが、ソニッケアーは、2万円前後の高価格帯製品の市場ではトップブランド。「価格.com」の人気売れ筋ランキングでも、ソニッケアーブランドの製品が1、2、4、5位と上位を独占している(8月8日時点)。かねて歯科医の間で評判が高く、歯科医院でも販売されており、量販店などの小売りルートでも「歯科医が推奨」がキラー販促メッセージになっていた。
課題は利用者の声があまりネット上に飛び交っていないことだった。製品レビューサイトでも、家電・AV(音響・映像)機器に比べると、やはり書き込みは少ない。自ら利用者の声が集まる場をつくり、ファンが新たなファンを呼び込んでいく形を作りたいと考えた結果、Facebookページの立ち上げに至った。
「歯科医に勧められて購入。高いかなと思ったけれど、軽く歯に当てるだけなので手磨きよりラクです。歯茎の状態がだいぶ改善しました」といった体験記が時折書き込まれている。また通常の投稿では、虫歯にまつわるニュースの転載や、ユーザーから質問を受け付けて歯科医が回答する「歯間ケアQ&A」の連載など、利用者に役立つ情報、未購入者の購入意欲が高まる情報を発信している。
自社ブランドが抱える課題と、ソーシャルメディアを通じてできることを徹底的に考え、すり合わせることで、ソーシャルメディアの有効な活用が見えてくる。フィリップスの取り組みがそれを物語っている。