「そもそもブランディングとは何か?」

 こんな問いかけを交えながら講演したのが、アウディジャパン(東京都世田谷区)社長の大喜多寛氏だ。日経BP社主催のイベント「モバイル&ソーシャルWEEK 2012」でのことである。

アウディジャパン社長の大喜多寛氏

 「見込み顧客と共に考えるブランディング事例」をテーマに、講演の前半パートではアウディの経営戦略とビジョンを大喜多氏が紹介した。後半パートでは、その見込み顧客に慶応大学の学生を見立てながら、コラムニストのフェルディナント・ヤマグチ氏との連携によって約3カ月、日経ビジネスオンライン上で連載された「慶大生と『走りながら考える』」の最終プレゼンテーションを実施。それを受け、アウディジャパンによる審査結果が発表された。

それはスポーティか、洗練されているか、革新的か

 大喜多氏は、かつて約18年間、マツダに在籍していた経歴をもつ。その後、独BMWの日本法人(東京都千代田区)へと移り、同社の小型車「MINI」のディレクターを担当したことで、真の意味でのブランディングを知るようになった。

 「国産メーカーにいた頃はブランディングというものがよく分からなかった。MINIを担当したことで、ブランディングに優れた企業とは、こういうことをやっているのかと知った。全く違う世界でしたね。それがアウディへ転じたきっかけでもある」

 アウディは今年で102年目を迎えるドイツの自動車メーカーだ。社外向けに限らず、社内向けの資料であっても、そこに使う書体や色、ブランドロゴ、すべてがフォーマット化されている。すべてのタッチポイントにおいて、徹底したブランディング活動を実践しているのだ。

 同社の哲学を表す言葉として「Vorsprung」という独語がある。“先進”を意味するもので、Sporty(スポーティな)、Sophisticated(洗練された)、Progressive (先進・革新的な)という3つの柱によって構成されている。

 「少し極端な例かもしれないが、社内で飲み会をやるとする。そのとき、ごく普通の居酒屋には行かない。なぜなら社内行事であっても常にその3つを問うのです。その店はスポーティか、洗練されているか、革新的か、というように」

 同社に入社した全世界の社員に対し、その哲学に基づいた教育が実践される。「常識を疑い、失敗を恐れず、常に挑戦し、一歩前進せよ」と。

 アウディジャパンはいまサッカー日本代表チームのサポーティングカンパニーとしても活動している。大喜多氏は言う。

 「サッカー日本代表は若い人からお年寄りまで本当にファン層が広い。そこでスポンサーとなりながら、様々な活動ができるのでは、と始めたものだ。独本社からは、日本がやれば世界各国で同様な声が挙がると最初は反対されたが、何とか交渉した結果、いま成果を上げられるようになってきた」

 今後は、敢えて日本でモータースポーツに力を入れようとしている。「いま日本企業は経済性や環境性に力を入れ過ぎているように思う。我々は、これからもっとクルマの本来の魅力である、わくわくどきどき感を伝えていきたい」と大喜多氏。

 今年10月には富士スピードウェイにFIA世界耐久選手権がやって来る。日本にもルマン24時間レースで優勝した、アウディ製ディーゼルハイブリッドマシン「R18 e-tron クワトロ」が上陸するのだ。そこへ子供たちを呼ぶため、地道な活動をしている途上にある。

 「我々にとってのマーケティング、それすなわちブランディング」

 徹底したブランディング強化の結果、アウディの世界販売台数は130万台を超え、ここ10年でほぼ倍増した。これはプレミアムセグメントにおいてライバル、「メルセデス・ベンツ」を抜いて2位となったことを意味する。日本市場でも昨年の販売台数は過去最高の2万台を超え、BMW、メルセデス・ベンツの牙城へと迫っている。

 ますます拡大をとげるSNS市場への対応については、まずチャールズ・ダーウィンの言葉を引用しながら説明した。最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。環境の変化へ対応できるものだけが生き残るのだ――。

 「環境変化を捉えようとしても、もはや予測不可能。それよりも、起こったことに対して迅速に対応できる体制を整えようと心がけている。SNSなどの双方向のコミュニケーションに我々はどう取り組んでいくべきなのか。もちろんすでに色んな施策は試みていますが、正直に言うとまだ正解は分からない」

 自動車ビジネスは、販売やアフターサービスなど、リアルな現場を切り離しては考えることはできない。

 「双方向のコミュニケーションは重要だが、我々の商売はインターネットの仮想空間だけで完結するものではない。いかに対話をしていくか。例えば新型モデルの導入であれば、ローンチ前、ローンチ時、ローンチ後、と包括的なアプローチで戦略を立てていかなければならない」

 もう1つの変化、それは日本における高齢化社会への移行だ。2020年には、現在の30代がコアな購買層になる。こうした若い世代の人口が減り、価値観はさらに多様化し、1つの戦略では対応できなくなる。

 「今の若い世代にアンケートをすれば、クルマを必需品と捉える意識の低下は明らか。まだアウディを知らない、興味のない人たちにどうアプローチしていくのか。SNSなどの双方向のコミュニケーションは、どんな場で、いかに有効なのか、そこでバーチャルとリアルをどう結びつければ良いのか。それが一番の課題だ。そんな中、日経BP社から提案をもらい今日の企画に至った」

慶大生と「走りながら考える」

 大喜多氏がそう語る企画が、冒頭で紹介した連載企画「慶大生と『走りながら考える』」だ。若者のクルマ離れが叫ばれる昨今、アウディジャパンから次のような課題が提示されたことから始まった。

 「クルマへの興味・関心が低い、かつオンラインメディアを身近に捉え精通する、将来的な潜在顧客である20~30代の若年層に、どのようにすればアウディに興味を抱かせることができ、かつブランディングできるか」

 この課題に対して、慶應大学大学院政策・メディア研究科特任准教授のジョン・キム氏のゼミ生、約40人が3つのチームに分かれ、最適なプランを提案。それにフェルディナント・ヤマグチ氏が講評を加える形で、日経ビジネスオンライン上で展開されてきた。

慶応大生は3チームに分かれてアウディにプレゼン

 「d’ora」「domino」「彼ご班」。個性的なチーム名をつけた3班は、大喜多氏に続く後半パートで、それぞれ「もし慶大生がアウディに乗って修学旅行に出かけたら」、慶応大学内で行う「大学カーシェアリング」、世界一周の旅へ出る「Audi World」を発表した。

 いずれもSNSを利用した拡散プランが盛り込まれている。最新のアニメーション技術を駆使したプレゼンテーション資料や、アナウンサーと見紛うばかりの卓越したスピーチには、約150人の聴講者もただ驚くばかりだった。

 これを審査するのは、大喜多氏ほか、同社マーケティングコミュニケーション部長のドナート ロマニエッロ氏、代表取締役付プロジェクトマネージャーの藤井隆行氏、広報部長の小島誠氏の4人だ。

 審査のポイントとなったのは、企画の実現性や収益性、アウディブランドとしての受容性、そして同社スローガンである“先進的”なアイデアか。これら評価項目に照らした結果優勝に輝いたのは、「彼ご班」の、もし慶大生がアウディに乗って修学旅行に出かけたら、に決まった。そして2位「d’ora」、3位「domino」となった。

大賞となった「彼ご班」チームを表彰

 審査を総括し、大喜多氏はこう締めくくった。

 「これらアイデアをアウディが採用するかどうかと問われたら、3つとも採用、合格です。ただ、結果を検討しながら検証している時間はないと思っています。アウディのDNAに従って、少しアレンジを加える必要はありますが、いいものはどんどんトライしたい。いいヒントをもらいました。近いうち、アウディが若い世代に向けて何かやり出したぞという時は、ぜひ注目してください。今日のものが、アイデアの種になったプランかもしれません」

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