日経BP社は7月26日、イベント「モバイル&ソーシャルWEEK 2012」の3日目を開催した。基調講演では、日本航空(JAL)会長の大西賢氏が「JALの経営を変えるウェブ戦略~ソーシャルで得られた共感とモバイルへの挑戦~」と題して、ソーシャルメディアとモバイル活用が日航のサービス価値向上に与える影響と、企業経営における重要性について語った。

日本航空会長の大西賢氏

 2010年1月の経営破綻から2年半あまり。業績をV字回復させ、この9月にも株式再上場を目指す日航が、この間取り組んできたのがWeb販売の強化だった。大西氏はその狙いについて次のように語った。

 「『顧客満足ナンバーワン』、そして『5年連続営業利益率10%以上』および『2016年度末自己資本比率50%以上』という経営目標を果たすため、旅客販売の『個人化』『Web化』という変化への対応を重点課題としている。再生途上ではあるが、環境の変化は待ってはくれない。Web販売の比率は現在、国内線が約50%、国際線が20%台で、まだ成長余地が大きい。Web販売の技術を着実に上げていきたい」

 この変化を乗り越えて競争を勝ち抜くために取り組んだのが、ソーシャルメディア活用とモバイル対応だった。

 日航のパソコンサイトには1日35万人の来訪があり、同社のマイレージプログラムである「JALマイレージバンク(JMB)」会員は2500万人を超える。これまでも会員の属性にあわせた会員向けメールなどカスタマイズした情報を配信することでリピート搭乗をうながしてきた。だが非アクティブ会員や、非会員である浮動層へのリーチは容易ではない。

 その開拓に有効と考えたのが、ソーシャルメディアだった。大西氏は、「ソーシャルメディア、およびスマートフォン・タブレット端末の普及で、お客様の情報入手や発信の手段が多様化し、お客様が情報を発信し、それが伝播する時代へと変化している。これまでのマス広告を通じた『認知』の形が、ネットを通じた『認知』×『共感』というコミュニケーションを通じて広がっていく」と語る。

「いま取り組むべきことなのか」を超えて

 ただし同社は、企業のソーシャルメディア活用ブームに安易に乗ったわけではない。経営破綻した際には、「もうJALには乗らない」「顔が見えない」といった厳しい声が寄せられ、JALブランドは大きく毀損した。こうした状況下でソーシャルメディアに手を出すのは、「リスクが高い」「いま取り組むべきことなのか」と社内に異論があったことを明かした。それでも同社は、ソーシャルネットワークのプロジェクトチームを結成した。

 「新生JALとしてブランドを再構築するに当たり、『働いてる社員の顔が見えない』というイメージを払拭し、真摯に信頼回復のためにお客様と向き合うことで再生に取り組む。それには今のJALを、社員の生の声で伝えたい」――そんな思いがあったと大西氏は説明する。SNSの運営体制やポリシー、マナー、(トラブル発生時の)想定問答まで綿密に準備をし、2011年4月にFacebookページを立ち上げた。

 Facebookの運用に当たっては3つの方針を開始当初に固めた。1つ目は、「顔が見えるJAL」を実現するために、社員が実名・顔出し・自分の言葉で投稿すること。内容も顧客が共感して知人に伝えたくなるものであるかを基準とした。そのため一方的な販促告知はしない方針だ。

 2つ目は「正面からお客様と向き合う姿勢」。昨年8月12日、1985年の御巣鷹山の事故から26年が経過したこの日、整備責任者が「全社員にとって忘れられない日であり、とりわけ整備に従事するもの全員が『安全』について今一度その思いを再確認するでもあります」との投稿を寄せた。日航がソーシャルメディアと向き合う真剣さを物語るエピソードであり、そのとき会場は水を打ったように静まり返った。

 3つ目は「タイムリーな情報発信」。先日の金環日食で、欠けた太陽のそばを機体が通過する奇跡的ともいえる写真の投稿には、過去最高となる3万人超の「いいね!」が寄せられた。大西氏は、「これはファンの20人に1人に相当する数字。こうした投稿を心掛けてエンゲージメント率を高めることで、新しいロイヤルカスタマーを作っていけるのではないか」とした。

 もう1つの注力ツールであるモバイルについては現在、10人に1人以上がモバイル経由で航空券やツアーを予約購入し、うちスマートフォンからが既に50%を超えて伸びている最中だという。同社のスマートフォンアプリのダウンロード数はこれまでに66万件に上る。

 「JALサイト来訪者のSNS利用率は高く、調査によると『毎日利用する人』が一般SNS利用者の3倍に上る結果も出ている。こうした利用者の期待に応えるサービスをさらに提供していく」(大西氏)。空港内施設をAR(拡張現実)技術を使って案内する「JAL AiRport ナビ」や「JAL沖縄アプリ(ちゅらナビ)」などのリリースはその一環だ。

 「ネットを単に航空券購入や空港でのチェックインの利便性や効率性のツールとしてだけではなく、(旅の予定がない)日常にもリーチしていく。Webは成長のための重要なキードライバー。お客さまが毎日JALサイトを訪れる環境をモバイルとSNSで作ることで、eコマースはもっと拡大できる」と大西氏は意気込みを語り講演を締めくくった。

広告かアプリか、そもそもモバイルとは何か

 続いて登壇したのが、カヤック(神奈川県鎌倉市)社長の柳澤大輔氏だ。「スマートフォン時代のモバイル広告~カンヌ国際広告祭に見る世界のトレンド~」とのタイトルで講演を始めた。

 広告関係の国際イベントとして広く知られたカンヌ国際広告祭。2011年から名称が「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」に変更され、今年はモバイル部門「モバイルライオンズ」が新設された。その選考委員の1人として柳澤氏は、特に印象に残った作品を紹介した。

カヤック社長の柳澤大輔氏

 「Backseat Driver」は、トヨタ自動車のスマートフォンアプリで、惜しくも1票差でグランプリを逃した作品。自動車の後部座席で楽しむドライブゲームで、実際に走行中の道やランドマークの場所がゲームの中に反映される。画面の前方には親が運転する車が示され、それを後から追うもう1台の車として子どもが操作して遊ぶ仕組みだ。

 柳澤氏は、高度な技術を使って実現されている点を評価し、さらに「実際の走行中のG(重力)を体感しながら楽しめる点がとても新しい」と語った。

 「PAIN SQUAD」は、がん患者の子どもを対象にしたスマートフォンアプリだ。子どもたちが日々受けている過酷な検査を、RPG(ロール・プレイング・ゲーム)的な表現に落とし込むことで、前向きに取り組めるようにするという作品である。最近注目されているゲーミフィケーションの手法とも言えるだろう。「世の中でよいこととされているテーマについて、クリエイティブで問題解決するような作品は評価が高い傾向がある」と説明した。

 AR技術を使った作品で高い評価を得たのが「BAND-AID MAGIC VISION」で、ばんそうこうがARマーカーになっているというものだ。本来、けがはネガティブな印象があり嫌なものだが、それをポジティブに楽しむことを狙った。

「自分でもやってみたい」と思えるかがポイント

 「ARを使った作品はこれまで数多く見てきたが、広告として効果的なものは少ない。動画で見るだけなら面白いと思うものもがあるが、実際に自分も試してみたくなるような、広がりのある作品は多くない。このバンドエイドの作品は、自分でやってみたくなる」と柳澤氏。

 続く「SUNNY SALE」も、この「やってみたい」と思わせられるかどうかが鍵となる。この作品は、来客が減るスーパーのランチタイムに集客するためのQRコード看板だ。ただの看板ではなく、立体造形になっており、ちょうど集客をしたい時簡帯(正午~13時)に、太陽の影でQRコードが浮かび上がる。QRコードは割引クーポンになっているので、話題性とクーポン欲しさからその時間帯にスーパーへ足を運んでもらうというわけだ。

 「確かに、QRコードをわざわざ店頭に撮りにいくかといわれると微妙。だが、アイデアは非常に面白い。自分としては実利も重視するが、選考の場ではアイデアの良さが高く評価された」と柳澤氏は語った。

 このほかにも、磁石つきの小さなボタン型デバイスで、それを押すことで、あらかじめ設定しておいたピザが自動的に注文できる「VIP FRIDGE MAGNET」、iPad向け雑誌の広告で読者を一瞬ドキッとさせる「FAKE AD」などを紹介。これらは、もはやモバイル広告といえるのかどうか、とてもあいまいな作品でもある。

 この点について柳澤氏も、「審査の過程では、果たしてこれはモバイルなのかという議論があった」と言い、「改めて思うのは、そもそもモバイルとは何かという定義をしておくべきだった」と選考を振り返る。

 従来のカンヌ国際広告祭は広告が中心だった。しかし、イベント名称から「広告」が外れたように、間口は広がり、モバイル部門ではゲームやサービスなど、必ずしも広告とは呼べない作品も対象となった。

 柳澤氏は、これついて「純粋に広告クリエイティブだけを評価するということが難しくなった。広告かアプリかという区別があいまいになりつつある」とし、さらに「広告アプリでも、数多く利用されるようになれば、そこに広告とは異なる新規事業が生まれる可能性がある。今後はエージェントが、広告だけでなくプロダクトの提案をしていくようになるかもしれない」とモバイル広告の展望について語った。