「あ、そういえばこのサイト、使ったことあるなぁ。そうか、ゴルフダイジェスト・オンラインか…」

 昨年12月、ゴルフダイジェスト・オンライン(GDO)が実施したユーザビリティテスト被験者の1人が、ポツリとこうつぶやいた。GDOマーケティング部の中澤伸也部長は「あれは本当に胃が痛くなった…」と振り返る。

 GDOの利用者と非利用者を合わせて24人ほど集めたこのテストでは、被験者がゴルフ用品を購入する過程を観察した。GDO利用者の1人はまず検索サイトにアクセスし、商品名と「価格」と入れて検索して、表示された商品販売ページを上から順に見比べていった。

 お気に入り、もしくは検索エンジンからGDOにアクセスして、そこで商品を探してくれる人もいるのではないか。中澤部長が抱いていたほのかな期待はあっさりと裏切られた。その被験者はサイトをしばらく見ても、GDOであることさえ気づかなかったのだ。

 「お客様を囲い込むなんて不可能、ナンセンスだ」

 このテストを見て、中澤部長はそう再認識したと言う。

GDOのユニークビジター数の推移

 GDOはゴルフ場の予約による送客手数料、ゴルフ用品の販売、メディア運営による広告が事業の3本柱だ。ネット広告で新規の顧客を獲得し、会員化して囲い込み、ポイントプログラムやメールによるダイレクトマーケティングでLTV(顧客生涯価値)の最大化を図ってきた。メールなど低コストのマーケティング策で、会員に複数のサービス利用を促すことが収益最大化の肝となる。

 ただ中澤部長は、ユーザーテストの前から、囲い込みの限界を感じていた。1人当たりの受信メール通数は増加の一途と以前からいわれていたが、ソーシャルメディアの普及でメールのコミュニケーション手法としての存在感自体も落ちており、メールマーケティングの効果が低下している。

 また、ゴルフ場予約や買い物でたまる「GDOポイント」を提供しているが、共通ポイントが普及したことでサイト独自のポイントの魅力が低下するのは必然だ。同社が過去に実施したグループインタビューやアンケートからも、顧客は常にサイトを使い分けていることは分かっていた。

 マス広告で「ゴルフといえばGDO」と、よほど強いブランディングができればよいが、費用面を考えればそうもいかない。となると、囲い込めない前提で新たな策を打ち出さなければならない。

 そこでGDOは、「囲い込みからユーザーに寄り添うことへシフトする」(中澤部長)というマーケティング方針を掲げた。ゴルフ場を予約しよう、ゴルフ用品を購入しようと思った瞬間に、GDOの存在が目につくようにするのだ。

リターゲティング広告に注力

 その1つの策として、サイト訪問経験がある人に限定して外部サイトで広告を見せるリターゲティング広告に力を入れ始めた。かねてから出稿してきたグーグルの「リマーケティング」広告に加えて、3月からは博報堂系のプラットフォーム・ワンのDSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)「MarketOne」を使ったリターゲティング広告を出稿している。

 6月には仏クリテオのリターゲティング広告にも出稿する。クリテオは広告主のサイトを訪問した人の商品閲覧履歴から、その人が購入する確率が高いと推測される商品の画像をバナー広告に表示して再来訪を促す。今後もGDOは、主要なリターゲティング広告を試して自社に合うサービスを探っていく。

 ただ、GDOにとっても経験が浅いだけに戸惑いながら活用を進めているのが実情だ。プラットフォーム・ワンのリターゲティング広告を出稿した際には、新規会員獲得キャンペーンのコンバージョン率(CVR)が1桁の前半と、ほぼ同時期に出稿したグーグルのリマーケティングの約10%を大きく下回り、顧客獲得単価(CPA)が悪化してしまった。

 GDOが後に原因を分析したところ、プラットフォーム・ワンのシステムを入れて間もなくリターゲティング広告を始めたため、広告を見せるユーザーのサイト訪問履歴や会員登録の状況が正確に把握できておらず、適切なメッセージを表示できていなかったようだ。出稿実績があるグーグルは1年以上前に会員としてログインしたような人の情報も保持しており、精度の高いリターゲティングが実施できていた。

GDOのトップページ

 こうした経験からGDOは、リターゲティング広告の効果を高めるには、自社の事情にあった様々な条件を設定していくことが大事と考えている。例えば、「ゴルフ場予約はしたことがあるけど、ゴルフ用品の購入はしたことがない会員」などの条件に応じてクリエーティブを出し分ける考えだ。予約のためにクレジットカード情報をGDOに登録していれば、ゴルフ用品購入までのハードルは低い。会員登録しただけの人とは広告クリエーティブは分けるべき、となる。

 一般的なリターゲティング広告では、トップページ、商品カテゴリーのぺージ、商品詳細のページなど、購入の意欲や可能性に応じてサイト訪問者をグループ分けできる。しかしこうした分類だけでは、GDOが求める水準にはなかなか達しなかったという。

 ネット広告は新規顧客の獲得に使うもの。GDOはそんな常識にとらわれず、既存顧客の複数サービス利用促進、LTV最大化にリターゲティング広告を活用する。顧客はGDOだけでなく様々なサイトを利用する。ゴルフ用品の購入などを考えた瞬間に接するには、様々なサイトにリターゲティング広告を出稿することは欠かせない。

広告頼りの費用対効果悪化から脱却へ

 しかし、既存顧客の活性化に広告を使うと費用対効果が悪化するのも事実だ。いまや検索連動型広告やアフィリエイトで獲得した売り上げでさえ、6~7割は既存顧客によるものだという。

 そこでGDOは今後、マーケティングの費用対効果の改善策を強化する。広告をクリックしなくても見たことで記憶に残り、後日キーワード検索をしてサイトを訪問するといった、ネット広告のクリック以外の効果を測って、広告出稿を最適化するアトリビューションマネジメントの導入も検討中だ。

 様々な出し分けが可能なリターゲティング広告のノウハウがたまれば、検索語に応じて一律で表示する検索連動型広告より費用対効果が高まることも期待できる。アフィリエイトによる認知拡大への貢献など、今まで把握できていなかった各手法の効果を発見し、役割分担を見直していく。

 マーケティングプラン全体を再構築しなくても、部分的な改善を実現する「必殺技」(中澤氏)をいくつか発見できれば、費用対効果は大きく改善できるはずと見込む。また、ゴルフ場を予約して3日後の会員にゴルフ用品の購入を勧めるといったワントゥワンメールの配信や、ソーシャルメディアやスマートフォンアプリの積極活用など、広告以外の顧客獲得手段も開始しており、これらを強化していく。

 GDOの取り組みはネット広告の活用にも、ダイレクトマーケティング、ワントゥワンマーケティングと同様の発想を取り入れることの重要性を示している。

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