資産運用ゲームの1位は女子高生--。投資信託の運用会社である日興アセットマネジメント(日興AM)が運営する資産運用シミュレーションゲーム「世界の投信王」の2011年大会において、約8500人の参加者の中で最も高いパフォーマンスを出したのが宮城県在住の高校3年生、ハンドルネーム「ネイビーA」さんだった。多数の投資経験者を打ち破る意外な敏腕ファンドマネージャーの誕生に、表彰会場には驚きが広がった。
日興AMのような投信運用会社は、消費者向けの広告宣伝以上に証券会社や銀行のような販売チャネルへのマーケティング施策が重要であり、収益にも直結する。実際の顧客ニーズをくみ取って、最適と思われる金融商品を勧めるのは彼らだからだ。同社も、教育プログラム「日興AMファンドアカデミー」を作り、社内の研修会場で証券会社や銀行の社員教育を支援するなど、手厚く待遇してきた。
その一方で、消費者向けのデジタルマーケティングにも積極的だ。世界の投信王もその1つとなる。

世界の投信王は、35カ国・地域の株式インデックスと同じ値動きをする架空インデックスファンドに投資をして、その運用成績を競うものだ。投資したい国を選び、投資の配分比率を決めて、その値動きを見ながら比率を変えていく。季節ごとに運用成績を競う大会があり、1年の最後に年間王者を決める。
開始したのは2009年10月。日興AMはマス広告やネット広告などで集客して、累計登録者は2010年に4000人、昨年は8500人、現在は1万2000人と順調に増加している。英語版、中国語版も展開しており、昨年は中国の検索エンジン最大手の百度(バイドゥ)へ広告出稿した結果、中国人の参加者も1万2000人中で3000人に達しているという。
ゲーム提供の狙いは「投信の仕組みを理解してもらうこと」(マーケティング本部マーケットコミュニケーション部の平山かなえマネージャー)に尽きる。一般向けに販売されている「公募投資信託」の2011年12月の純資産額は57兆3274億円に達するが、間に増減はあれど1989年とほぼ同じ規模だ。また、個人金融資産に占める投信の比率は米国が11.5%、欧州が6.8%であるのに対し、日本は2.6%にとどまっている(日本銀行調査統計局「資金循環の日米欧比較」より)。

投信の顧客の大半は60歳以上の高齢者で、給与所得がない人が多いため毎月分配型の投信が人気だ。競合企業からシェアを奪うより、投信への理解を広げて新たな市場を開拓することが自社の業績向上につながる。日興AMはそう判断した。
協賛や内定者研修へと業界が注目
世界の投信王に1万2000人の参加者を集めたのは1つの成果といえよう。ただ、「1万2000人は誤差の範囲。100万円ずつ購入しても(業績に)大きなインパクトがあるとは言えない」(平山氏)のも事実。総運用資産が約12兆円の同社において収益面での直接的なインパクトを出すのは難しい。
しかし、成果は意外なところに表れ始めた。銀行や証券会社の間で注目が高まったのだ。2010年にはマネックス証券が世界の投信王のオフィシャルサポーターとなり、優秀者へ賞品を提供した。同様の話は他社でも進んでいるという。また、住友信託銀行(現三井住友信託銀行)は2010年、2011年と続けて就職内定者向けの研修の一環として世界の投信王を採用した。
本来は消費者向けのマーケティング施策が販売会社からの評価にもつながる。汐見拓哉マーケットコミュニケーション部長は「残高面では効果はないが、こうした評価や反応は手応え」と評価する。
こうした反響に後押しされるように、同社は消費者向け施策をさらに積極化させている。昨年からは、分かりにくい存在である投信運用会社の業務内容を、自動車や家電と同様に投信のメーカーであると位置づけて、“投信製作所”を標榜。ユニークなコンテンツを続々と投入している。
昨年3月にはダイヤブロックを製造・販売する河田と業務提携して、日興AMが株式や債券などを積み上げて投信の商品を作っていることを示すブロックを提供した。8月には取扱説明書の作成を得意とする東芝ドキュメンツ(現・東芝ビジネス&ライフサービス)と組み、収入に占める生活費と資産形成の振り分け比率や、資産運用の基本などをまとめたサイト「お金のトリセツ(取扱説明書)」を公開した。
昨年1年間を通じてそろえたサイト内のコンテンツに対して、投信に強い関心を持つ人が検索や広告などを通じて利用することが多かった。「リーチすべきなのは、貯金では老後は不安だけど問題を十分認知していない、先送りしている、解決方法を調べる方法がない人」(平山氏)。そこで、利用者層を広げる手段として今年2月に公式Facebookページ、Twitter、YouTubeを開始した。今後1年くらいかけて、潜在的なニーズを持つ層までファンを広げていきたい考えだ。
食品や化粧品など消費者向けメーカーの一部では、ネット上のプロモーションやクチコミサイトの盛り上がりなど、ネットを通じて得た消費者の支持具合から、小売店の棚を確保する動きが広がっている。日興AMもゲームやソーシャルメディアを通じたファン拡大がさらに進めば、販売会社を動かし収益にまで影響を及ぼすことが期待できる。素材、部品メーカーのようなBtoB企業、医師との関係が重要な製薬会社など様々な業界にも通じる取り組みだといえるだろう。