確かに、ソーシャルメディアを駆使したマーケティングの取り組みで、主戦場は消費者向けのBtoC企業群だ。ただ企業相手のBtoB企業群の方が、まだ取り組む企業が少ないだけに、他社に先んじれば得る果実も多い。

 この特集では、ほとんど語られることのなかったBtoB企業のソーシャルメディア戦略を紹介していく。企業ブランド認知へ活用する帝人、メーカー間で実施するのが一般的な新素材の用途開発で、ソーシャルメディアを絡めて一般消費者からアイデアを募集したクラレ、新規の取引先としてのリード(見込み客)獲得にソーシャルメディアを活用する村田製作所…。「果実」に気がついた企業は、もう動き始めている。

ゲームアプリで素材訴求

 「犬ゲーで検索!」─。帝人は昨年暮れから年明けにかけて、自社でリリースしたスマートフォン向けゲームアプリ「フレキシぶる大冒犬」をテレビCMや交通広告などで告知した。

帝人は透明導電性フィルムを訴求するゲームアプリを公開

 このゲームは、空や海に漂うフィルム状の動物の顔を目がけて、犬のボディを投げつけ様々な犬に変身させてコレクションしていく。犬は全104種類いて、その名も「ホットドッグ」「お茶ワン」「野球犬」「アキレス犬」など笑いの要素もたっぷり。すべてそろえると、特典の壁紙をダウンロードできる。

 「BtoB企業がゲームアプリとは唐突な…」と思う読者も少なくなかろう。だがこのゲームは、スマホが人気であるとか動物キャラクターはウケがいいといった安易な理由でリリースしたものではない。

 話は2007年にさかのぼる。企業イメージ調査で帝人は、社名の認知度こそ高いものの、どんな会社か「よく分からない」「繊維の会社」という回答が多かったという。確かにレーヨン製造が同社の起源だが、現在は繊維といってもアラミド繊維や炭素繊維など高機能化・多機能化し、応用分野も化成品、医療、ITなど多様化している。

 そこでケミカルカンパニーというコーポレートブランドを確立するために展開を始めたのが「テイジン未来動物図鑑」だ。帝人グループの高機能素材をモチーフとした架空の動物を通して各素材の特徴や用途を紹介するシリーズ広告である。

 例えば昨年10月に登場したのが、透明導電性フィルムを訴求する「フレキシブルドッグ」。このフィルムは、ゲーム機や券売機、カーナビなどのタッチパネルに使われている。またスマホやタブレット端末で使われるガラス素材の代替品の座を狙う素材でもある。曲げたり丸めたりできる「フレキシブルディスプレイ」として、近未来の電子書籍端末で使われる可能性も高い。

 これらスマホや端末への採用という願いも込め、スマホでのゲームアプリ化を通じて素材への理解、自社の認知・好感度の向上を目指した。

 また、TwitterやFacebookと連動して、フォロワーのアイコンがフレキシブルドッグの顔になったり、それを投稿できたりとソーシャルメディアで拡散させる仕組みも用意している。ダウンロード数などは非公表だが、ダウンロードサイト(Google Play)のユーザーレビューには、「予想外に楽しい」「良い出来」といった声が寄せられている。アプリは当初、3月20日までの公開予定だったが、好評につき6月末まで延長することになった。

 BtoB企業にして、スマホゲームとソーシャルメディアの連携に果敢に挑み、既に反響を得ているこの事例は、BtoB企業が手掛けるデジタルマーケティングを語る上で重要な出来事と言えるだろう。

新素材の用途アイデアを募集

 コーポレートイメージという点で、帝人と似た悩みを抱えていた企業に、クラレがある。

 こちらは一足先に繊維メーカーから化学メーカーに衣替えしたが、耐熱性樹脂や液晶ディスプレー向けフィルム素材といった産業用資材の開発・製造が中核事業になるにつれ、一般消費者には分かりにくい、なじみの薄い会社になっていった。業績は堅調なものの、一般消費者、特に若い層で知名度が低くなるとリクルーティングにも影響が出る。

 そこで2007年暮れから広報主導で企業ブランディングに取り組んだ、「未来に化ける新素材」をもじったキャッチコピー「ミラバケッソ」が大当たり。テレビCMに登場したアルパカとともにクラレの社名も一躍有名になった。

 こう書くと、CMの訴求力がすべてという印象を与えかねないが、実はネットの影響力が大きかった。まだTwitterもFacebookも普及していなかったが、ミラバケッソという不思議なフレーズが、格好のブログネタとなった。2008年のCM第2弾の放映時には、ミラバケッソ特設サイトのページビュー(PV)が前回比で5~6倍に伸び、新卒採用のエントリー数が倍増する成果を上げた。

 現在も「○○系ミラバケッソ」をキャッチコピーに企業ブランディングを継続中だ。食品包装材に使われる「エバール」は「バリア系」、ガラス強化膜の「PVBフィルム」は「接着系」などと特設サイトで説明し、アルパカ(クラレちゃん)のぬいぐるみが当たるクイズとしても出題。これがTwitterなどでクチコミを呼んでいる。

 ここまでお読みになった方は、1980年代末のバブル経済期にあったCI(コーポレート・アイデンティティ)ブームを、ソーシャルメディアで焼き直した程度と感じられるかもしれない。が、クラレの取り組みはここからがさらに興味深い。ソーシャルメディアを介したユーザーの発信力に、広報のみならず事業部サイドも関心を寄せるようになったのだ。

次世代不織布の用途アイデアを一般公募したクラレ

 実現したのが、新素材の用途アイデアを募集するキャンペーンだ。2010年11月から翌年2月まで、同社が次世代不織布として期待をかける「フレクスター」の用途アイデアを一般消費者から公募した。

 フレクスターは高温高圧の水蒸気を繊維に吹き付ける「スチームジェット工程」と呼ばれる技術を導入して開発した、伸縮性と接着性に優れたクッション性素材。夏は日差しを遮り冬は冷気を遮断する遮熱障子シートや、伸縮性に富んだ包帯といった用途で実用化されている。

 繊維カンパニーのフレクスター推進部と経営企画部門が共同で、募集サイト「アイデア満載!」の運営に携わった。不特定多数に対して用途開発という業務を、入賞した場合に賞金数万円レベルの安い報酬条件で委託するというものだ。

フレクスター推進部の技術者が、アイデア満“サイ”にちなんでサイのキャラクターで登場

 サイト上では、フレクスター推進部の技術者が、アイデア満“サイ”にちなんでサイのキャラクターで登場し、新素材の性質をかみ砕いて説明するYouTube動画を用意した。2010年11月から3カ月間、応募期間を3回に分けてアイデアを募った。すると1回目に90件、2回目は170件となり、3回目には370件へと尻上がりに応募が増え、計630件ものアイデアが寄せられた。

 「痔に悩む人が座る際に痛みを軽減できる保護パット」「簡易ギプス」「弾力性があり静かでパンクもしないエアーレスタイヤ」など。有望なアイデアが集まったが、3回とも優秀賞は該当者なし。厳しい審査だが、それだけ本気で商用化を目指すプロジェクトであることの証左でもある。

 おむすびの具材アイデアよりずっと難しいテーマに対してこの応募件数は、上々の出来と言っていいだろう。アイデア募集キャンペーンがBtoC企業だけのものではないことをこの事例は示している。

BtoBで恋愛シミュレーション

 恋愛シミュレーションや恋愛診断といえばゲームコンテンツの王道。BtoB企業や製品とは、どうにも相性が良くなさそうだ。そんな壁を軽々と飛び越えたのは東芝だった。

東芝、15分で急速充電可能な二次電池をゲーム化

 同社は今年2~3月、恋愛ゲームコンテンツ「FIFTEEN MINUTES LOVE」を公開した。名前と年齢を入力すると、タレントの矢部美穂さんら5人の美女からメールが送られてきて15分だけ映画「モテキ」さながらの体験ができる。

 美女からのメールに返信していくと、その内容次第で「八方美人」や「甘え上手」「癒し系」「亭主関白」など“モテ度”が判定される。2年前に富士重工業が「レガシィ B4」のプロモーションのためmixiアプリとしてリリースした、ドライブデートシミュレーション「ラブドラ」に似た雰囲気がある。診断結果はTwitter、Facebookに投稿でき、話題の拡散に一役買った。

 これは、三菱自動車の電気自動車i-MiEV「M」などに使われる二次電池「SCiB」のプロモーションが目的だ。SCiBが「15分で電池容量の80%が急速充電可能」であることをゲーム化し、15分間の「モテ期チャージ」体験コンテンツに仕上げた。

 ゲーム終了後に、二次電池の販売先である自動車メーカーではなく、電気自動車を購入する際に二次電池の性能が重要であることを一般消費者向けに訴求し、SCiB搭載車の拡大を目指す狙いがあった。企画を担当した同社広告部の荒井孝文氏によると、「飛び交ったメールは200万通。ゲームを開始したユーザーの3割が15分間最後まで滞在してくれた」という。

 一見しただけでは分かりにくい製品の機能説明や話題づくりにゲームを使う手法は、今後さらに一般化しそうだ。

 東芝のやや風変わりなコンテンツを先に紹介したが、同社が今、本腰を入れる社会インフラシステム関連ビジネスでもソーシャルメディアの積極活用に乗り出している。エネルギー、水、交通、医療、情報セキュリティなど社会インフラの最適化を目指すスマートコミュニティ事業である。

 アジアの新興国では、急速な経済成長と急激な人口増加によって社会インフラ整備のニーズが高まっている。このプロジェクトに食い込むために「グローバルメディアであるWeb、ソーシャルメディアを使った発信は必須」と東芝の荒井氏。

 そこで昨秋、YouTube公式ブランドチャンネル(英語版)のリニューアルに合わせて、Facebookと連携したゲーム「Play the Smart Community Game!」を公開した。海外市場に向けて、同社が描くスマートコミュニティへの理解を促すのが狙いだ。ソーシャルメディア連携を通じて情報の共有と拡散に期待している。

 国内ではBtoB企業のソーシャルメディア活用はまだまだ事例が少ないが、荒井氏は「グローバルではBtoB企業の従業員が当たり前のように利用しているので、自社サイトに誘導を図るために欠かせない。現在、東芝Smart Communityサイトへの流入元に占めるソーシャルメディア経由の比率は既に4割に達している」と言う。

 同社は明日4月19日から21日まで、ニューヨークで開催されるイベント「Earth Day NY 2012」でも、Facebook連動の参加型コンテンツ「SMART NINJA」を展示する。スマートコミュニティを創出する忍者をキャラクターに据え、来場者はKINECTセンサーを使って忍者アバターを作成、バーチャル忍者ワールドで太陽光や水力など自然エネルギーで発電したり電気自動車に乗ったりして、スマートなライフスタイルを体感・理解する仕掛けだ。アバター写真は「Toshiba Innovation」のFacebookページにも公開され、ダウンロードしたり友達と共有したりできる。

 ソーシャルメディアを通じて情報を拡散させ、ゲームでスマートコミュニティを疑似体験する人が増えることが、現地での東芝の知名度やブランド力の向上につながり、エンゲージメント(成約)に近づくという図式だ。世界で戦うグローバル企業にとって、「BtoB企業にソーシャルメディアは有効か?」という問いかけは既に愚問となっている。

「[検証2] 村田製作所、日本マイクロソフト-見込み客にアプローチする」へ続く。