キヤノンチームに入って北京国際マラソンを走ろう──。
昨年10月、キヤノン中国はこんなキャンペーンを展開した。ユニークなのは、その応募方法。中国版「Facebook」ともいえるSNS「人人網(レンレンワン)」に開設されたキャンペーンページでマラソンゲームをスマートフォンにダウンロードする。するとスマホが歩数計となり、それを利用したゲームをクリアすることで、北京国際マラソンに参加する抽選権を得られるというものだ。

当日は同社の小澤秀樹社長がチームを率いて自身も走った。中国では大企業の社長は「雲の上の人」で、こうした試みはなかなか珍しい。600人の募集枠に対し応募は3万人にも上った。
「人口の多い中国では、露出を増やすと同時に、いろいろな人に幅広くアプローチしてもらう仕掛けが必要だ」
キヤノン中国でカメラ部門を担当する影像信息産品中国営銷部の千田俊一ディレクターはそう話す。世界的企業がこぞって中国市場へ参入しており、広告量で圧倒して存在感を高めるのは容易ではない。同社が選んだのが「参加する広告」への挑戦だ。そこにネットは欠かせない存在となっている。
2009年には、コンパクトカメラのテレビCMに出演するダンサーをネットで公募し、オーディションをテレビとネットで放映したこともあった。
「キヤノンは高性能というイメージがある半面、親しみやすさやスタイリッシュさでやや劣っていた。そこで、『ニーハオ、色彩』というキャッチフレーズで、カラーバリエーションが豊富なコンパクトカメラ『IXUS(日本名:IXY)』のキャンペーンを打ち出した」と千田氏。上述のオーディションはその1つだ。
「2010年以降は、堅いイメージがかなり和らぎ、自社の調査では中国のデジカメ部門のトップ・オブ・マインド(純粋想起率1位)になった」

千田氏がこう誇るように、「参加する広告」は一定の成果を収めている。中国のオンライン調査機関ZDC(互聨網消費調研中心)によれば、2011年の中国デジカメ市場におけるユーザーからの注目率トップはキヤノンで33%、2位のニコン(19%)、3位のソニー(18%)を引き離した。
キヤノン中国は今年、設立から15周年を迎える。小澤氏が社長に就任した2005年以来、年率30%成長を目標に掲げてきた。中国のネットメディア「捜狐財経」のインタビューで、小澤社長はリーマンショックの影響が出た2009年と東日本大震災の昨年以外、目標を達成してきたと話している。2016年までに、中国市場での売上高は100億ドル(8000億円)を目指すという。同取材の中で、小澤社長は「中国で各メーカーが販売してきたデジタルカメラは累計約7000万台、まだ発展の可能性はある」と意欲を見せている。
巨大市場、だから「ターゲティング」
中国市場のパイを得るには、露出量と多方面から消費者へアプローチすることが必要だ。ただ中国ではテレビだけでも数百のチャンネルがあり、新聞は地方紙が無数に存在し、それぞれに視聴者や購読者がいる。全国をあまねくカバーすることは容易ではない。
さらに、「ネットでもウェブサイト以外のメディアを取り込んでいかないと、13億人にはとても発信できない」と語るのは、同社Eコミュニケーションズ部の古山佳子ディレクターだ。
「商品のターゲット層に合うメディアを使う必要があるし、地方都市へ広めていく上で、どこにどう打てばブランド認知度が上がり、売り上げにつながるか、最適なメディアを探さなくてはいけない」(古山氏)。
その点、今の中国で最もホットなネットメディアはミニブログ「微博(ウェイボー)」といえるだろう。昨年の下半期からユーザー数が急増した。スマートフォンからの書き込みが主流となっている。利用法は自分のアピールが中心だ。情報収集にはあまり利用されないが、クチコミツールとしては威力を発揮する。
「中国はクチコミの力が強く、下手な広告より効くことがある。特に一眼レフのような高価なカメラは見栄の世界もあるからウェイボーは使えるし、使っていかなければならないと思う」と千田氏は言う。
一方、Facebook風のSNSでのプロモーションはそれほど進んでいないようだと、Eコミュニケーションズ部の古山氏は感じている。「日本のようにSNSでプレスリリースを配信するようにはなっていないと思う。けれどこの国は変化が速いから、様子を見ながら取り組んでいきたい」。
その試みの1つが、冒頭の北京国際マラソンとレンレンワンを利用したキャンペーンだ。
もっとも、評価が確立されていない流行のメディアばかりに頼るのはリスクでもある。例えばウェイボーは政府によって遮断されるリスクがゼロではなく、「どこまで重きを置いてよいか」との戸惑いもある。
また、中国では検索エンジン「百度(バイドゥ)」の力が圧倒的に強く、そのユーザーを自社のコンテンツに確実に導く仕掛けが欠かせない。バナー広告も、中国では大きなリアクションを得られると古山氏は指摘する。
「13億人もいるので、古典的な方法でも、それに反応する人の母数が大きいのだろう。やってみれば、効果が上がるものもある」
こうしたネット上の取り組みも「リアルありき」だと、千田氏と古山氏は口をそろえる。魅力的な店舗づくりは重要な課題の1つだ。
「中国には商品はあふれていても、専門知識や接客サービスなどはまだまだ。そうした教育をして魅力ある店舗を作っていく必要がある」(千田氏)。
10月のクリスマスキャンペーン
そして何よりも、「キヤノン製品を直接、肌で感じてもらうことが重要」と、古山氏は話す。それが、変化が速い中国でも変わらぬ軸となる。
「ウェブでの取り組みでも、リアルを巻き込んだ活動をいつも念頭に置く。実際にキヤノンに触れて好感を持ってもらうことを心がけている」

時に奇抜な仕掛けで、世間をあっと言わせることも必要だ。昨年10月には、2カ月早く「クリスマスキャンペーン」を展開した。「サンタクロースが待ちきれなくて出てきた」というストーリーで、全国43都市166店舗で実施。コンパクトカメラ購入者にミニスピーカーなどをプレゼントした。どこもまだクリスマスなど意識していない中で、赤と緑の店舗はとても目立った。市場が若くピュアな消費者も多い中国では、日本では受け入れられにくいような試みでも、盛り上がる素地がある。
「こうしてリアルで注目を集めておけば、ネットでの施策が効果的になる」と古山氏は語る。キヤノン中国のキャッチフレーズは「感動常在」。さまざまな面で新旧が同居するこの国では、リアルを軸に多面的に「感動」を作り出す仕掛けが、成功へのカギの1つとなりそうだ。