自社でサイトの大きな改革をして、それが知己の同業者から不評でも、経営戦略上の誤りだったとは限らない。むしろ、収支改善という結果を導き出すこともある。近江牛販売の専門EC(電子商取引)サイト「近江牛.com」のサカエヤ(滋賀県草津市)の事例からは、そんなことが言えそうだ。

昨年10月、サカエヤは自社サイトの全面刷新に踏み切った。上図のような感じだ。すると、同社の新保吉伸社長の元には、ネットショップを運営する仲間たちから次々と批判が寄せられた。こんな内容だった。
「近江牛への情熱を失ってしまったように見えます」
「このサイト刷新は改悪ですよ」
「これでは売り上げが落ちてしまいますよ」
新保氏によれば、「(意見を寄せた人が)100人いたとすれば、98人が否定的だった」。
ところが、サイトの売り上げは、寄せられた意見とは全く逆の反応をした。刷新前、毎月の売り上げが前年同月を下回る状況だったが、刷新を機にV字回復。例えば、刷新翌月の11月は前年同月比で23%増、今年1月には106%増という結果を弾きだした。

近江牛.comは、2000年に産声を上げた比較的老舗のECサイトだ。ネットショップ界では知る人も多く、新保氏はEC関連団体などから、年間に大小合わせて30~40件の講演を頼まれるほど。
そんな新保氏は、牛肉に対して強い思い入れ、そしてこだわりを持ってきた。情熱を、そのままぶつけたのが、かつてのサイトだった。トップページには、生産者の声や牛肉の等級、さらには牛に食べさせている飼料など、こだわりを伝えるコンテンツが縦横無尽に並んでいた。
ところが売れ行きがパッとしなくなっていた。サイト改善のため、コンテンツの継ぎ足しを続けた結果、サイトの構造が複雑になり、慣れたユーザーでなければ商品の購入すら難しい。そんな袋小路に入り込んでいた。
「一度、白紙に戻して、戦略を立て直さなければ抜本的な改善は望めない」。そう考えた新保氏は、デジタルマーケティングのコンサルティング会社、ゴンウェブコンサルティング(東京都北区)に協力を仰いだ。
アクセス解析で分かった新たな需要
サイト刷新に当たって最初に取り組んだのが、キーワードごとの月間検索回数を基にした市場規模の推定だ。まず自社サイトのアクセス解析から、購入に結びついた検索キーワードを割り出す。すると、「近江牛 通販」「牛肉 通販」「近江牛 ギフト」といったキーワードが浮かび上がった。それらのキーワードを「自分用」「ギフト用」といった目的別にグループ分けをしていく。
次に、米グーグルの広告サービス「Google AdWords」にある「キーワード ツール」を活用する。これにより、調べたいキーワードごとに「Google」における月間検索回数が把握できた。月間検索回数が多いキーワードほど、サイトへ多くのアクセスが見込めるため、市場が大きいと予測できる。
こうしてキーワードごとの月間検索回数を割り出した後に、それぞれのキーワードごとのアクセス数とサイトでの成約率をそれぞれ掛け合わせれば、サイトの課題が見えてくる。
例えば、月間検索回数は多いがサイトへのアクセス数は低い。しかし成約率は高い。こんなキーワードがあれば、SEO(検索エンジン最適化)対策で検索順位を上げたり、検索連動型広告を出稿して誘導すれば売り上げ増加が見込める。あるいは、月間検索回数が多くサイトへのアクセス数が多いにも関わらず成約率が低い場合には、商品の価格やサイトの構造に問題がある、といった仮説が立てられる。
これに基づき近江牛.comを分析すると、ギフト需要に売り上げを伸ばすヒントが見つかった。「牛肉 ギフト」といったキーワードで一定数がサイトを訪れていたのだ。
ギフト用だけに購入金額も高い。ただ近江牛.comは、個人で買ってもらうことを想定して作ったサイトだったため、ギフトに特化したコンテンツは目立たせていなかった。そのため来訪者が商品を見つけられず、成約率は低かった。サイト構造の見直せば、売り上げが伸びる可能性が見えてきた。
一方、本命であるはずの「近江牛」に関するキーワードに関する強化は見送った。近江牛の専門サイトとして老舗のため、既に「近江牛」というキーワード検索ではECサイトで1位に表示されていた。当然、アクセス数も多い。「近江牛」での検索における近江牛.comのシェアを調べると5.7%もあった。
「過去の経験から、近江牛に限らずどれだけ頑張っても1つのキーワードで月間検索回数の10%分を確保するのが精一杯」(ゴンウェブの村上佐央里ウェブコンサルタント)。既にシェアが高いキーワードを使ったサイトの売り上げや流入を検索連動型広告などで無理矢理伸ばすより、ギフトなど全く異なる需要を見つけ出す方が得策だ。
こだわりコンテンツのPV、わずか1%
もう1つ、意外な事実も浮かび上がった。サイト最大の強みと信じてきた生産者情報など、こだわりを伝えるコンテンツのPV(ページビュー)が全体の1%しかなかったのだ。
「さすがにショックだった」とサカエヤの新保氏。だがそれによって、サイト来訪者が求める本当の目的を改めて見つめ直すことができた。サイト来訪者は近江牛について知りたいわけではない。商品を買いに訪れているのだ。
新しいサイトでは、来訪者の目的に合わせて、情報を明確に切り分けた。例えば、商品への入り口は自宅用とギフト用で分けている。
こだわりを伝えるコンテンツはページ下部に移動して「サカエヤのこだわり」という欄を設けて、そこに集約した。また、生産者に関する情報は別サイトに移管した。近江牛について知りたい、あるいは生産現場のことを知りたい人は、それらのページでじっくり見てもらう。全体的には「コンテンツを半分ぐらいに減らした」(ゴンウェブの村上氏)。
商品ページにも、それぞれの内容が分かりやすいように改善を加えた。かつて近江牛.comでは牛肉を霜降り度合いなどで、「吟撰赤身&ロース」「サーロイン&カルビ」として紹介していたが、名称だけではイメージが伝わりにくい。
新しいサイトでは、まず「焼き肉用」「しゃぶしゃぶ用」といったカテゴリーページで、各商品について「あっさり度」「霜降り度」といった4項目について一目で比較できる表を用意した。そこから、商品詳細ページへと誘導している。
サカエヤの新保氏は言う。「いくら(こだわりを伝える)テキストを一生懸命書いても、それは自己満足でしかなかった」。伝わったとしても、せいぜい同業者に過ぎなかった。もっとも意識すべきは、顧客の意向。そんな原点に、ようやく新保氏はたどり着いた。果たして、あなたのサイトは、本当に顧客の求める姿になっていますか。