セブン&アイグループの総合通販サイト「セブンネットショッピング」で売り上げ急上昇中の商品「パリパリこいわし」をご存じだろうか。このサイトでは、特別なプロモーションもしていないのに昨年夏からじわじわと売れ始め、11月からは5カ月連続で食品部門ベスト10入りを続けている。セブンネットを運営するセブンネットショッピングのイーコマース本部食品・衣料部の池田信之部長によれば「こうなると売れるんだよね」。その「こうなると」についての池田氏の説明を聞くと、ネットで売るための1つの法則が見えてくる。

井上食品の「パリパリこいわし」

 パリパリこいわしは、おつまみや水産加工品などを製造する井上食品(神戸市兵庫区)が製造・販売しているスナックだ。油で揚げていないためヘルシー感覚でいわしのカルシウムを摂取できると、2009年末の発売当初からドラッグストアを中心に売れ行きは好調だった。また、甘い味付けが多い「いわしせんべい」の類では珍しく塩味であり、ビールのおつまみとしても好評だ。

 とはいえ、単品でプロモーションを仕掛けるほどの商品ではない。メーカーも流通も「気づいたら売れていました」と口をそろえるこの商品は、その魅力から自然に広がったブログなどでのクチコミが売り上げ拡大に貢献したようだ。

 井上食品の営業二部、福山義朗部長が、ネットでの盛り上がりに気づいたのは2010年春のことだった。当時のブログ記事を見ると、「骨までバリバリ食べられて、結構イケル~。塩気もキツすぎないし、おやつにもつまみにも最高かも」「本当に『パリパリッ!』な食感がすんごくいい。特にノンフライで、しつこくないから後味もGOOD」などメーカーが訴求したい商品の特長が書き込まれたものが多く見られた。クチコミのポータルサイトの1つである「関心空間」で取り上げられたことも、話題の拡散に寄与したようだ。

 扱い店が少なかったため、井上食品のお客様相談窓口には販売している店舗に関する問い合わせも寄せられるようになった。そこで同社は、卸先や量販店への営業トークにも「ネットのクチコミで話題の商品」をうたって、販路を広げていった。

検索1ページ目で唯一の販売サイト

 一方、セブンネットがその人気に気づいたのは昨年半ばのことだった。

 同社サイトの食品分野で売れ筋となるのは通常、グループのプライベートブランド「セブンプレミアム」の商品や、特集企画で取り上げた商品が中心になる。そんな中、特に仕掛けもせずにいつもランキング上位に入っていたのがパリパリこいわしだった。150円と安価なこともあり、まとめ買いが多いのが特徴だった。

 なぜ、そんなに売れるのだろうか。商品名で検索をすると、その理由はすぐに分かる。1位にセブンネット上のパリパリこいわし販売ページがあり、2位以下はブログやYouTubeなどのソーシャルメディア上のクチコミが並ぶのだ。

 「楽天市場」や「Amazon.co.jp」ではこの商品を販売していない。クチコミなどでパリパリこいわしに興味を持った人は、自然と店頭やセブンネットのサイトを訪問することになる。当然ではあるが、これがセブンネットで売れる商品に共通する1つの法則だ。

 この状況に気づいたセブンネットの池田氏は、実際に商品をまとめ買いして食品・衣料部内で試食を実施。自らも自社サイトのクチコミコーナーに実名で感想を書き込んだり、部員などに呼びかけて各人のTwitterやFacebookでもパリパリこいわしの感想を投稿してもらったりと、クチコミのさらなる拡大を目指した。同社ではほぼ全社員が実名でTwitterなどのソーシャルメディアを活用しており、個人的な販促活動もよく実施するという。

セブンネットショッピングの食品部門販売数ランキングにおけるパリパリこいわしの順位の推移

 週末には在庫量を増やして品切れによる機会損失を減らした。こうした活動も功を奏したのか、今年に入って販売数ランキングの順位はさらに上昇、2月と3月は食品分野で2位となった。3月の売り上げは昨年9月の2.5倍以上になっている。

 井上食品としても「単品でこれだけ(お客様から)反響がある商品はない」(福山氏)というヒット商品に育ち、2011年の売り上げは2010年の2倍になったという。今年はさらなる拡大を目指す。

 検索結果の1位を獲得しても、そのすぐ下に競合の通販サイトの販売ページが表示されては最終的には価格勝負に陥ってしまう。大手通販サイトの中ではセブンネットだけが扱う商品だったことが、売れ行きが急拡大するカギとなった。

 セブン&アイグループの本業はリアル店舗の運営。だからこそ、ネットの強みは「幅広い品ぞろえをするのが大前提」(池田氏)であることを強く意識している。イトーヨーカドー1店舗における取り扱い商品点数は5万~6万、セブン-イレブンでは約2万5000アイテムに対して、セブンネットに掲載されている商品情報は500万アイテムにも上る。

 同社は、売れるか売れないかの予見は持たず、どんな商品でも卸に商品情報の登録だけはしてもらいネット上の“店頭”に並べる。すると、パリパリこいわしのようなクチコミの盛り上がりや、テレビ番組での紹介からヒット商品が生まれつつある。例えばこの3月には、博多の調味料メーカー、ジョーキュウの「塩だれ」が福岡のテレビ番組で紹介されて、数百本が一気に売れたという。地方限定の定番商品が一夜にして、全国規模のヒット商品に育つのはネットならではの傾向だ。同社でもこうした事例に事欠かないという。

イトーヨーカドーの店舗でも取り扱い開始

 こうした状況についてセブンネットの池田氏は、「消費者が売れる商品を教えてくれる」と表現する。そこに、イトーヨーカドーのバイヤーたちも注目し始めた。

 パリパリこいわしについては、セブンネットでの好評を受けて、昨年12月初旬にまず東京・大森店で販売し、12月末は期間限定で首都圏120店舗において販売するまでに至った。今でも2店舗では販売を継続している。ネットでヒット商品を発掘し、本業であるリアル店舗へ広げる。これこそが流通大手の各社が今目指す姿といえる。パリパリこいわしはその先駆的な例となった。

 イトーヨーカドーとセブンネットの担当者間で売れ筋商品などについて情報交換する会議もあるが、今はイトーヨーカドーの担当者が独自にセブンネットの売れ筋をチェックすることが増えているという。それほどネットへの注目が高まっているわけだ。今後、ネット発のヒット商品発掘の取り組みをセブン&アイグループ全体に広げていく考えだ。

 爆発的に増え続けるコンピューターデータ「ビッグデータ」の分析による需要予測など最先端の取り組みに注目が集まるが、ソーシャルメディア上の情報を傾聴するための“アンテナ”さえしっかり持っていれば、ヒットの兆しは人の目でもキャッチできる。セブンネットでは、自社サイトの多様な品ぞろえがアンテナの役割を果たした。あなたの会社にとってのアンテナは何だろうか?