現在、この読者限定サイトで連載している資生堂の直販サイト戦略。既存販路からの反発を受けながらも実施へと踏み切った理由の1つに、「顧客と直接接点を持ることで、より多くの顧客関連情報を取得してマーケティングを進化させる」という狙いがある。
扱う商品こそ異なるが、同様な戦略を描くのがガス器具メーカーのリンナイだ。こちらは既に成果も出始めている。自社EC(電子商取引)サイトで顧客と直接つながることで、そのニーズを把握しヒット商品のヒントをつかみつつある。
リンナイが昨年12月に発売したテーブルコンロ「HOWARO」(ホワロ)の売れ行きが好調だ。ほうろう製の白い本体が特徴のテーブルコンロである。本体は白だが、つまみに差し色が入り、黄緑やオレンジなど5つのカラーバリエーションがある。これまでの累計販売台数は、計画比で60%増と順調な滑り出しだ。リンナイの顧客層とは縁遠かった20~30代の女性を中心に売れているという。

リンナイにとって、若い女性との接点強化は経営課題の1つだった。コンロはマンションなどに据え付けられていることが多く、自分で選んで購入するという感覚は一般に薄い。それでも壊れた時の買い替え需要はあり、リンナイでは年間200万台近くが売れるという。テーブルコンロをきっかけに若年層とブランドとの接点を作っておくことは、将来的に給湯器など広くリンナイ商品を選んでもらえる可能性を高めることにつながる。
ではどうすれば、若い女性にリンナイのコンロを選んでもらえるのか。その答えを導き出すためのヒントになったのが、リンナイの直販サイト「リンナイスタイル」で売った9色の「炊飯釜」だった。
社長の号令の下、直販サイト開設
リンナイでは、2005年に内藤弘康社長の就任を機に商品開発の方針を大きく変えている。従来は、他社の製品動向の分析に注力し、他社が新製品を出せばすぐそれに追随する開発方針だった。
方針の変更後は、他社製品を見るよりも、消費者が求める商品の分析に軸足を置いた。他社製品の動向に右往左往することがなくなったため、新商品の数は減った。その分、開発とプロモーションに経営資源を投入してヒット商品を生み出すことで売り上げ増を狙うようにした。これが奏功して、2010年度の純利益は内藤社長が就任した2005年度と比べて約3倍の155億円まで伸びている。
そうした改革の最中、直販サイトのリンナイスタイルも、内藤社長の号令によって2006年に開設した。内藤社長が重視した「消費者を見る」ことと、顧客と直接つながる直販サイトの開設は無関係ではないだろう。
直販サイトを始めるに当たって、そこで扱う商品は既存流通に十分配慮した。当初、直販サイトで売ったのは、リンナイ製品の交換部品のみ。単価が低く、手間となる部品の販売をリンナイが直接手がけることは、「既存流通からはむしろ歓迎された」(eビジネス推進室の福本啓史室長)。
ただ、交換部品を何度も購入する人は少ない。取り扱う商品としてコンロで使える炊飯釜や、コンロ専用の洗剤や掃除グッズなど周辺グッズを拡充していった。
直販、だからクチコミも真剣
それに伴い、徐々にリンナイスタイルの利用者も増えてくる。すると、商品レビューが目立つようになった。「購入した人の1割がレビューを書いてくれる」(福本氏)。例えば、コンロの部品の1つである焼き網に対して100件を超えるレビューがつくというから驚きだ。

たくさんのレビューは福本氏にとってありがたくもあったが、一方で不思議でもあった。なぜ、部品にまでレビューを書いてくれるのだろう。そのため、会員へのアンケートでその理由を尋ねたことがある。返ってきたのは「メーカーの直販サイトだから、直接意見が届くし、その意見を反映してくれるかもしれない」といった内容だった。企業と顧客のコミュニティーとして機能し始めた瞬間だった。
そうした商品レビューを分析している中で福本氏は、炊飯釜に対して「もっとかわいいのが欲しい」といった意見が、いくつか寄せられていることに気付く。当時販売していたのは、白の本体に黒いパーツの商品のみ。そこで、複数のカラーバリエーションを用意することを思いつく。
かねて内製にこだわってきたリンナイには、ほうろう関連の技術もある。そのため色違いを作るのは容易だった。リンナイの工場でも、パールの加工を施してきらびやかにしたほうろうを使った商品の生産に対する気運が高まっていた。
こうして9色の炊飯釜を開発して、直販サイトで販売し始めた。リンナイのメーン商材ではない炊飯釜、それも9色も店頭に並べてくれる量販店は恐らくないだろうが、直販サイトならいくらでも並べられる。
その結果、「以前の商品より1000円近く高額にもかかわらず、色のついた商品ばかりが売れて、白黒の商品はほとんど売れなくなった」(福本氏)。とくに、釜全体が黒と茶色が人気を集めたことから、新商品でも黒を採用した。
顧客は価格が2倍のコンロも買う
この成果を持って、新たに開発したのが冒頭紹介したHOWAROというわけだ。コンロといえば汚れが目立ちにくい黒やグレーの商品が中心だった。汚れが目立つ白いコンロは需要がない。以前はリンナイもそう考えていた。
しかし、直販サイトで9色の炊飯釜を販売した経験から、女性は無機質なデザインの商品よりも、かわいさや使う楽しさを重視することが見えてきた。念のため、20~30代を対象にコンロに関するアンケートを実施してみると、やはり「コンロを購入する際、買い物が楽しくないから、もっとかわいい商品が欲しい」といった意見が目立っていた。
ただし、「熱が直接加わることで変色するため、カラフルなコンロは難しい」(福本氏)ことから、白のコンロを開発した。販売方法では、これまでにない白い本体を採用した実験的な商品のため、製品サイトで注文を受けてから製造する受注生産とした。これなら、在庫リスクもほとんどない。
若い人がHOWAROを購入して、ネット上で会員登録までしてくれれば、直接のつながりも持てるから一石二鳥だ。狙いは的中した。「購入者の7割が20~30代。また、購入者の6割がリンナイスタイルに会員登録してくれている」(福本氏)。
HOWAROは実験的な商品とはいえ、リンナイのメーン商材の1つであるテーブルコンロだ。当然、既存流通からの反発も考えられた。そこで発売に当たっては、リンナイの営業担当者を通じて、あくまでテストモデルだと説明して回った。
価格面でも、既存流通への配慮が見られる。HOWAROの販売価格は2万9800円。リンナイが製造するガステーブルコンロは、量販店などで1万5000円前後で売られており、1万円以上高い。受注生産であることを差し引いても高額だ。それでも売れ行きが好調なのは、「かわいいコンロが欲しい」という若い女性のニーズを捉えた結果だろう。
お金を出して買った顧客だけに、商品に関するアンケートの回答内容も真剣そのもの。例えば「つまみを全色分欲しい」「鍋やフライパンを置く部分も白にしてほしい」「グリルは両面焼きが良い」といった具合だ。こうして得た意見を元に、商品に改良を加えていく。そして一定の販売規模が見込めれば、既存流通への展開も考えていくことになるだろう。
既に直販サイトという顧客と直接対話をできる“場”を持ったリンナイ。彼らの視野に、多くの企業が関心を寄せるソーシャルメディア活用という文字はない。
リンナイの純利益計上年度を修正しました。本文は修正済みです。[2012/4/11 22:55]