第1回 資生堂のネット直販 、構想3年その知られざる裏側
第2回 要不要の店舗、ネット直販きっかけにさらなる選別へ
第4回 「資生堂のネット直販は、我々の存在価値を否定する恐れがある」
第5回 「直販サイトとネットからの店舗集客で国内市場を再び成長路線に乗せる」

 「Beauty & Co.」--。  このポータルサイトに、どうやって資生堂の化粧品を使ったこともない人を集めるのか。そこに凝らした資生堂の工夫は、有力店舗をつなぎとめると同時に、資生堂自身の大いなる悩みを解決するためのものでもある。

メディアを作って集客に使う

 メーカー発の情報をテレビCMなどを使って広く伝えれば、その商品に興味を持った人が店舗にやってきた時代もあった。資生堂であれば、広い販売網を活用して商品を全国に行き渡らせて、店舗に来た顧客に美容部員が商品を勧めることで、消費者の行動に直接的に関与できていた。

 現在はどうか。資生堂が出した新商品に興味を持ったとしても、その消費者はすぐに店舗に足を運ばない。まず訪れるのは、「Yahoo!ビューティー」などの美容情報サイト、あるいは化粧品のクチコミサイト「@cosme」などではなかろうか。

 それらのサイトで、専門家の評価を見たり、商品を利用した人のクチコミを見たりして、本当に良い商品かどうかを見極める。もしかしたら、商品を初めて知るきっかけすら、@cosmeのランキングなどに移り変わっているのかもしれない。

直販サイトとポータルサイトの関係

 高森は、こうした購買行動の変化に着目した。美容情報サイトに人が集まるのであれば、いっそ資生堂が自ら美容と健康に特化したポータルサイトを持ってしまおう。

 そして、美容と健康に関係する企業や、以前から付き合いのある美容の専門家に広く参加を呼びかける。さらに、参加企業同士でバナー広告を張り合うことで相互に送客をして、会員を交換していく。美容に関する多彩な商品紹介や、専門家のコラムなどが集まれば、これまで資生堂と接触したことがない人でも美容と健康に興味があれば訪れてくれるはず。

 こうして集めた会員を直販サイトに誘導していく。そうすれば、新規の顧客化が見込める。そんな絵を高森は描いた。

 このポータルサイトにおいては資生堂色をできるだけ排除して、中立的なポジションを取る。資生堂も商品サプライヤーの1社という位置付けだ。

 このポータルサイトのトップページには、美容・健康関連の記事が読めるエリアと、参画する企業の商品情報が並ぶエリアという2つのエリアへの入り口が用意される。記事は、資生堂の社員や外部ライターが執筆した商品紹介などを掲載していく。

 一方、商品情報が並ぶエリアは、いわゆるアフィリエイトサイトとなる。参画する企業ごとにページが作られて、約20の商品を並べることができる。

 商品情報から、出店する企業のEC(電子商取引)サイトに誘導して、売れた場合には資生堂が手数料をもらうほか、出店には固定費用もかかるようだ。サイトの利用者は、このポータルサイトを経由して出店企業の商品を購入すると、ポータルサイト独自のポイントを取得できて、そのポイントを使って美容エステの体験サービスなどを利用できる。

 なお、ポータルサイトで得られるポイントは店舗や直販サイトで取得できるポイントとは別物だが、相互に交換することも可能だ。

 このようなサイトの骨子が決まったのは、「昨年の2~3月」(ある関係者)。構想発表が昨年4月のことだったから、その直前に固まったことになる。

 担当となった国内化粧品事業部デジタルビジネス開発部長の笹間靖彦は、「美容」「リラクゼーション」「メディカル」といった6つのカテゴリーを決めて、各カテゴリーごとに参加を呼びかける企業をリストアップして、直接出店依頼に出向いていった。

 こうして決まったのが、JTBやパナソニック、星野リゾートなど20社を超える企業群の参加だった。

 有力企業がそろい、あとはサイトの開設を待つばかり。一見、順調に事は進んだようにも見えるが、やや構造的な問題も内包してしまった。

 設計上は、これらの企業のサイトと資生堂のポータルサイトの間で、それぞれリンクを張り合って集客し合うことになっている。しかし、主要企業の1社によれば、「(資生堂のポータルサイトは)アフィリエイトサイトなので、基本的にはウチから誘導することはありません」。

 理由は簡単。アフィリエイトサイトの性格を考えれば容易に分かる。

 ある消費者が、参加企業のECサイトを訪れたとする。商品を買おうとしたその時、たまたまポータルサイトのバナー広告が目に入ったとしよう。

 そのバナー広告が気になった消費者は、購入するのをやめて、いったんポータルサイトを訪れる。そこを経由して先のECサイトに戻って商品を購入する。するとそのECサイトを運営する企業は、本来なら払う必要のなかった資生堂への手数料という負担がかかってくることになる。

 これでは、企業のサイト間の導線を確保することは難しい。異業種間で会員を交換し合うという目論みが崩壊してしまう恐れもある。

 「Beauty & Co.」を、これまでにない美容関連のポータルサイトとして成功に導くためには、もう一段、資生堂には工夫が必要にもなってこよう。ただ仮に、それがうまくいかなかったとしても、資生堂は既に大きな果実を手にしているとも考えられる。

 このポータルサイト、そもそもの起こりは悲願の直販サイトをスタートさせる潤滑油のような役割だった。またスタートによって、放っておけば「負の遺産」になりかねない既存販路にメスを入れる。既にこの2つについては達成する道筋を描きつつある。従って、もはや果実は手に入れた。

パナソニックとの意外な共通点

 果たして、4月から始まる資生堂の直販サイトは成功を収めることができるのだろうか。

 それを知るには、資生堂のポータルサイトの参画企業で最有力とも目されるパナソニックの足跡が参考になるかもしれない。パナソニックもまた、かつて成長をともに謳歌した販路にメスを入れたことがある。

 2001~2003年、当時社長だった中村邦夫が、系列店の「ナショナルショップ」(現パナソニックショップ)の改革を断行した。強い系列店を選別するのが狙いだった。

 2003年4月には、「スーパープロショップ制度」(現スーパーパナソニックショップ制度)を導入した。「平等から公平へ」を合言葉に、販売力のある有力店舗を、より手厚く支援する制度である。

 これらの改革によって同社の業績がV字回復したのは、よく知られたところである。優良店舗の選別という意味で、資生堂をパナソニックになぞらえれば、資生堂は国内市場で回復する可能性はあると考えられよう。

 ただパナソニックはその後、プラズマテレビなどのコモディティ化が進む中、価格競争に巻き込まれたことなどが原因で、過去最大の赤字へと転落してしまう。

 化粧品業界では異業種の参入や、韓流人気と価格の安さから韓国コスメが人気を集めるなど、競争は一層激しさを増している。それに対抗するには資生堂らしさを磨き切ることだろう。

 資生堂は、昨春に社長となった末川久幸の下、新製品の点数を絞り既存品を育てる戦略へ舵を切った。化粧に関する深い専門知識を持つ美容部員によるカウンセリングが同社の強みとすれば、ネットと店舗の両方でこの強みを生かしてブランド価値を高めていく。

 そして、ネットと店舗から得た顧客データを使ったパーソナルマーケティングを展開して、顧客基盤を強固にしていく。これら実現の可否が、右肩下がりの国内ビジネスに歯止めをかけられるかどうかの成否を分けそうだ。

 資生堂のチェーンストア制度とパナソニックのナショナルショップ。同じ時代にスタートし、そして戦後、これら店舗網の大きさが両者の成長を支え、そして一部足かせにもなった。重荷となった一因は、ネットという新たな販売チャネルの急拡大だった。

 その新たなチャネルを舞台に、今度は2社が協力関係を築く。そんな姿を見るにつけ、ネットの魅力を取り込んだ我が国製造業の新しい強さを示すことが両社には求められている気がしてならない。苦労の末、形ができ上がりつつある資生堂の新サイトが間もなくオープンを迎える。

■修正履歴
記事掲載当初タイトルの一部に誤字がありました。タイトルは修正済みです。[2012/3/27 14:40]
第1回 資生堂のネット直販 、構想3年その知られざる裏側
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