昨年12月、ニッセンの「Facebookページ」が忽然と消えた。ソーシャルメディアへの取り組みで積極的な1社として知られる同社が、活用の限界を感じてのことなのか。答えは否。消えた背景を探っていくと、同社の新たなソーシャルメディア戦略が浮かび上がる。通信販売を生業とし、パーソナルマーケティングを標榜する同社だからこそ、より“売り”につなげるためのソーシャルメディア戦略に舵を切った。

2週間の告知で売れたのは3点

 「そもそも、Facebookページ運用は昨年の1年間を通して“凍結”していたんです」

 そう、ニッセンの柿丸繁氏は言う。彼が所属するマーケティング本部CRM推進部CRMソリューションTソーシャルメディアGは、ニッセンのソーシャルメディアを統括する部隊だ。昨年1月に発足した。閉鎖したFacebookページは、この部隊ができる直前の2010年末に開設された。ちょうど、ユニクロや良品計画などがFacebookページを相次いで開設するなど、Facebookがようやく日本でも注目を集め始めた時期のことである。

 「とりあえず開設しなければ」。前任者がそんな焦りから、特に目的も定めずに立ち上げたFacebookページは、柿丸氏に言わせれば「何を投稿していいか分からない」場所になっていた。幸い、柿丸氏がソーシャルメディア担当となった当時のFacebookページのファン数はわずか約300人。ソーシャルメディア運用に関する戦略が固まるまでは、一切更新しないことを決め、まずは、既に一定数のフォロワーを獲得していたTwitterの活用方法を模索することから着手した。

 通販会社が持つ「Twitter」アカウントのフォロワーは、セールなどの情報を求めているはず。そう考えた柿丸氏は、お買い得情報を中心に投稿した。しかし、これがうまくいかない。試験的にTwitterのフォロワー限定で、通常より割引率が高いセール情報を告知したが、「(当時のフォロワー数)1万人に対して、2週間告知して売れたのはわずか3点」(柿丸氏)という有り様だった。

 なぜ購入に結びつかないのか。柿丸氏が出した答えは、「すべてのフォロワーに同じ情報を届けようとしていたことが要因だった」。

 ニッセンは広範囲に渡るカテゴリーで商品を展開している。それだけに顧客の嗜好(しこう)は多様だ。だからこそ、顧客のデータを基に興味の高い商品を勧めるワン・トゥー・ワンマーケティングの実践を心がけてきた。しかし、Twitterではそれがまったく実施できていなかった。すべてのフォロワーに、均一な情報を届けることしかできていなかったのだ。一方で一部ユーザーは、ニッセンの投稿をリツイート(再投稿)してくれるなど高い反応であることも分かってきた。

ニッセンのTwitterアカウントでは対話の中で商品を勧める

 そこで、昨年3月からはフォロワーとの対話を重視するようにTwitterの運用方針を改めた。もちろん、ただ会話をするだけでなく、セール情報も適度に織り交ぜていく。

 Twitterで趣味嗜好まで精緻に分析して、そのフォロワーにあった商品を勧めるのは難しくとも、対話の中で商品を紹介すれば、少なくとも「あなたに見てもらいたい」という意思とともに情報を伝えられる。また、フォロワー全員に向けて投稿してもTwitterのタイムラインに埋もれてしまうかもしれないが、直接情報を伝えれば、閲覧してもらえる可能性は高まる。気に入ってもらえれば購入してもらえる可能性も高まる。

 幅広い商品を抱えているから、会話のネタには事欠かない。家庭用五右衛門風呂、ミイラ型の寝袋…。アパレル企業として見られることも多いニッセンだが、実はこんな商品も扱っている。これら商品を、会話にあわせてうまく紹介することで、フォロワーを楽しませる。

 例えば「眠れないんですけど」といった問いかけに対して、ミイラ型の寝袋を紹介するといった感じだ。対話の中でユーザーに意外な商品を薦めて、気付きを与える。するとニッセンにこんな面白い商品があるんだと、そのユーザー自身がTwitterで紹介してくれる。そうした取り組みが次第に話題を呼び、方針転換以降フォロワー数は徐々に増えていった。

 一方で、「メルマガで流すような、『冬物大処分一斉セール』といった押し付けがましいセール情報を流すと、一気にリムーブ(フォローを解除)される。一気に数十人からリムーブされたこともある」(柿丸氏)。こうしたことから、Twitterの利用者は一方的なセール情報ではなく発見や面白さを求めている、と柿丸氏は確信するようになる。

 運営方針を変更して以降、ユーザーの問いかけに対しては徹底的に返信をしている。今年1月のある1週間で見た場合のツイート数は、ソーシャルメディアで積極的にユーザーと対話する「無印良品」ですら142件だったのに対し、ニッセンでは800を超えている。そのほとんどが対話だ。

 こうした取り組みを続けたことで、「ほかの会社とニッセンの商品で迷った時に、ニッセンのツイートを見てその商品を購入することに決めた」「ニッセンのツイートが面白いので、洋服を買ってみる」といった態度変容の声や、「ニッセンに対する意識が変わった、Webの使い方がうまい」といったブランド価値向上につながる投稿が見られるようになってきたと柿丸氏は言う。

 このようにTwitterを1年間運営した経験から、柿丸氏はソーシャルメディアでもターゲットを絞って情報を発信しなければ見てもらえないことを知った。これが、冒頭紹介したFacebookページ閉鎖の背景だ。

次の課題は売上貢献度の測定

 Facebookページは、Twitterのように1人のユーザーと直接対話をしながら商品を勧めることは難しい。ターゲットを絞って情報発信する方法を考えあぐねた末、柿丸氏が出した答えはページ自体をターゲットのセグメントごとに切り分ける、という方法だった。

今年1月に開設した「ニッセン for Men」

 前任者が作ったニッセンのFacebookページには、明確な顧客ターゲットが設定されていなかった。アパレル、家具、食器、生活雑貨といった幾多の商品情報が雑多に投稿される上に、見せ方も画一的。

 そこで、このFacebookページをいったん閉鎖した後、今年1月に新たなFacebookページを立ち上げた。その名も「ニッセン for Men」。男性向けアパレルに絞ったFacebookページだ。国内ではビジネス用途での利用が進んだため、男性向けというターゲットの設け方の相性が良いと考えた。一方、女性向けはというと、それがmixiページ「ニッセンGirlsBrunch」である。

 情報を届けるターゲットがはっきりすれば、同じ商品でも見せ方が明確になる。例えば、複数の色展開をしている収納ケースを勧める際にも、Facebookページでは黒、mixiページではピンク、といった具合だ。これなら関心を持ってもらいやすいと考えた。

 次なる課題は、ソーシャルメディアの売り上げ貢献度の測定だ。例えば、既存会員の中からアンケートなどで、ニッセンのソーシャルメディアを見ている人とそうでない人を抽出して、それぞれのグループを作る。そして、半期ごとに1人当たりの購入金額を比較する。この購入金額がソーシャルメディアを閲覧しているグループの方が1000円高かったとすれば、ソーシャルメディアが間接的にLTV(顧客障害価値)を高めていると分析できる。

 こうした結果が出た時に、仮に会員のうち2万人がソーシャルメディアに登録していたとすれば、2000万円の利益貢献があったことになる。そこまで算出できれば、担当者をもう1人増やそうか、といった人事も進めやすくなる。Facebookページの閉鎖で一時身をかがめたニッセンは、次に大きく飛躍することができるのだろうか。

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